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おひめさまの指

リビングで一人、食い入るようにニュース番組を見ていた祥子は、娘のまなみが部屋に入って来る気配に、テレビを消した。

「お母さん」
まなみが絵本を差し出した。
「またこのご本なの」
まなみはこくんと頷いた。
幼い娘が差し出した絵本の表紙には、ドレスを着た蛙の絵が描かれている。
『かえるのおひめさま』
祥子は、絵本をまなみに見えるようにして、読み始めた。

「昔々、蛙の国に、とてもししゅうの上手なおひめさまがいました。
みな、おひめさまのししゅうをみると、感心してほめてくれます。
けれど、おひめさまは、こう思うのでした。
『どんなにししゅうが得意でも、こんなゆびでは、みっともないわ。緑色ででこぼこだもの。いつか絵本で見た、人間というもののゆびは、とてもきれいだったわ。あんなゆびになりたいわ』
ある日、おひめさまは、沼の奥に住んでいる、魔法使いの家を訪ねました。
魔法の力で、自分のゆびを、人間のゆびのようにしてもらおうと思ったのです。
おひめさまの話を聞くと、魔法使いは言いました。
『姫の指を人間の指に変えることはできます。でも、そうすると、姫は二度とししゅうが出来なくなりますよ。それでもいいのですか?』
『いいわ』
とおひめさまは答えました。
『わたしはししゅうがすきだからしているわけではないの。みながじょうずだと言ってくれるからしているだけよ。二度とできなくてもかまわないわ』
魔法使いがくれた薬を飲むと、おひめさまのゆびは、もえるように熱くなりました。
そして、しばらくすると、緑色ででこぼこしたゆびの代わりに、すらりとしたまっすぐな白いゆびがあらわれました」

まなみは絵本のページを見ながら、一心に聞き入っている。
祥子は絵本を読み続けた。
かえるのおひめさまは、美しくなった自分の指が嬉しくてたまらない。
毎日毎日、指を見ながら暮らしていたが、ある日、とうとう指ばかり見ているのも退屈になって、得意の刺繍をしようとした。
ところが、どうしても刺繍針に刺繍糸が通らない。
おひめさまは、そこで、魔法使いの言葉を思い出した。

「おひめさまは、言いました。
『もう、わたしは死ぬまでししゅうができないのね』
おひめさまの目から、涙がぽろりとひとつぶ、ころげおちました」

祥子はまなみを子ども部屋まで連れていくと、ベッドに寝かしつけた。

その晩、帰宅した夫に、祥子はかつての上司から届いたメールを見せた。

「新番組にキャスターとして復帰する気はないか、と書いてあるじゃないか」

まなみは疾患を持って生まれてきたため、祥子はアナウンサーの仕事を辞めざるを得なかった。
だが、新薬の発明もあり、まなみは今では健常児とほぼ変わらない日常を送れるようになっている。

「まなみが生まれた時には、もう一生、ニュース原稿を読めなくてもかまわないと思っていたの」
「誰もそんなこと、望んじゃいないよ。僕もまなみも」
夫の言葉に祥子は微笑み、蛙の姫がしたように、自分の指を見た。            

(1199字)

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ぱんだごろごろ
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