見出し画像

【き・ごと・はな・ごと(第9回)】カイロ紀行―曼陀羅花木録(1)

10月の末から11月の半ばまでエジプトの首都カイロに滞在していた。帰国したばかりで体内時計がまだ現地時間から醒めきらないうちに、ルクソールのテロ事件が起きた。

ホテル予約などを頼んだある旅行社によると、あれ以来、全てのエジプトツアーはストップ、個人旅行もほとんどがキャンセル。ビジネスなどで稀にどうしてもという人には、何があっても責任は問わないという一筆を書いて貰っているそうだ。そんな真っ只中、大和古流の友常氏がエジプトに出向いたと「いろいろおもい草」で知った。こんなご時世に、当紙面がにわかにエジプト憑いているのも何だか不思議な感がする。ともかくも無事帰ってきた感謝の意も込めて、2回にわたってのカイロ花木録です。

※      ※

エジプトを象徴する植物といえば、まずパピルスが筆頭に上げられるだろう。アシの一種のカヤツリグサ科の植物で、紀元前3000年頃に世界最古の紙材として使われるようになったものだ。古代はナイル川一帯にごくあたりまえに繁茂していたというが、現在では野生ものを見ることはなくなった。(但し、最近、ほんのわずかの自生が認められたとも聞く)。

パピルスが英語のペーパーの語源であるのはいうまでもないことだが、このことばの本来は「王に属するもの」を意味するエジプト語「パ・エヌ・ペルアア」から来ているのだそうだ。つまり古代ではパピルスは王家の専売物であり、国の重要な輸出品であった。

そんな貴重なパピルスも、新しい製紙法の登場と共にその実用価値が一挙に失墜し、と同時に植物そのものも減少していく。4000年もの製紙の歴史にピリオドを打ち、以来およそ一千年間幻となってしまっていたパピルスを、その栽培から製紙まで15年以上の研究を経て蘇らせることに成功したのがハッサン・ラガブ博士である。氏の創設したパピルス研究所がナイルの西岸にある。請えばパピルス紙を作る工程の実演をして貰えるが、表目には壁画の絵を描いたパピルス絵を売る展示場となんら変わりなく、いささかがっかりした。

現地の人に、パピルスを見たいと言うと、誰もが嬉しそうにパピルス絵を売る専門店に連れていこうとする。「違う、繊維のパピルスだ。植わっている植物のパピルスだ!!」と喚くと、何でそんなものに興味があるのか?と真意を分かって貰えずに往生した。ようやく連れていって貰えたのが、やはりこれもラガブ博士が作ったというファラオニック・ビレッジというレジャーランドだった。ナイルの中洲を船で約一時間巡りながら、古代エジプト時代の農作業風景や人々の暮らしぶりを見学するというもの。ここのパピルスは自生に必要な条件を満たした湿地帯を人工的に整えて栽培したものとかで、植物園や考古学博物館の庭先などにチマチマと植えてあるものとは全くの別物。全長5メートルもあろうかという見事なものが広域に渡り鬱蒼と茂っていた。ちなみに、ここの繊維で作った紙に施されたパピルス絵はドクター・ラガブのパパイアス(パピルス)として売られている。

壁画や古代の絵巻物などを再現したパピルスはエジプト土産として最もポピュラーだが、実はバナナの繊維で作ったものが相当量紛れているというのも初耳だった。

※      ※

パピルスと同様、古代エジプトのシンボルとして遺跡のモチーフなどに見られる植物が、次第に姿を消していく中で、ナツメヤシは未だに現役としてその存在をアピールし続けている。ナイル河畔、ピラミッドを望むオアシス、神殿、モスク、田園・・・どの景観の中にあってもスンナリと伸びた幹の先に両手のひらを広げたように葉を茂らせるナツメヤシのシルエットは、エジプトらしさに欠かせない。

古代においてナツメヤシは穀物の豊作を意味した。太陽神ラーに捧げられた神聖な樹木である。糖分の豊富な果実は甘味料や菓子などの食用として、葉は籠などの編み細工に、幹の材は木工材など、あらゆる部分を活用できる実に有益な植物でもある。また太陽光線が高い幹に射す様からそうイメージしたのか、神の降りるものとも見なされたという。

現代でもエジプト人はこのナツメヤシの枝を春の祝祭などに持ち出すのだという。豊穣を願い太陽の恵みを戴くイミでだとしたら、祭りや神事の際、依り代の笹竹などを持つ日本の風習とどこか重なり合う。

運河沿いの長閑な村で、刈り取ったヤシの葉をうず高く積んでいるロバの荷車に出会った。何に使うのかと気に掛かった。籠の材料になるのか、はたまた屋根にでも葺くのだろうか? その答えの幾分かが判明できたのは、カイロ中心の南東に位置するカラーファー区といわれる広大な墓地地域であった。家を求める貧しい人々が居着いてしまい「死者の町」とも呼ばれる処だ。その路地の一角で、黒い民族衣装の女が地べたにヤシの葉を広げて売っていた。埋葬用だという。柩の下にヤシの葉を敷き、さらに上にも被せるのだそうだ。なぜなら・・・・人間は大地から生まれ、死んでまた大地に戻るからなのだと教えてくれた。

ファラオニック・ビレッジのパピルス
青々としたパピルスの群れ
博物館にはパピルス紙に書かれた古代資料が並ぶ
運河沿いで出会った少女
ナツメヤシが茂る田園風景
遠くに望むピラミッドとナツメヤシ
ナイル支流で漁をする人たち

文・写真:菅野節子
出典:日本女性新聞—平成9年(1997年)12月15日(月曜日)号

き・ごと・はな・ごと 全48回目録

当サイトからの無断転載を禁じます。
Copyright © Setsuko Kanno

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?