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【ヒトちがい】

「俳優の佐々木良平さん…ですよね!」
「いえ…違います」
良平は、こんな狭い街場の定食屋で声をかけられたことを、ウザく感じていた。
「いやいや良平さんですよね、いまのドラマも良く拝見してますし!そのメガネも…」
別段、ファンと言う感じでもない。サインや握手を求めている訳でもなく、私解っています!をアピールしているように、グイグイと近づいて来た。
「良く間違えられるんですよ、ほら、その辺にいる顔ですし…」
「そうですか?…ま…いいや、お隣いいですか?」
内心、カウンターだけの定食屋とはいえ、奥の男性ひとり客の他は、入口前に座る良平以外はいないガランとした店内、どこでも好きな席に座れば良いのに、と思ったが、その言葉は呑み込んだ。

「え~と、それ何を食べているんですか?」
しつこく話しかけてくる新規の客。
「日替りです」
「じゃ、私も同じ物で!」
連れでもないのに、馴れ馴れしい。
「良くこの店に来るんですか?」と、どこまでもレポーター気取りで質問を続ける客を曖昧にさばきながら、一刻も早く食事を終えて退散しようと急いで食べることにした。

11時20分。まだ昼前とは言え客は三人。なのにカウンターに入る店員も三人。ひとりはセッセと料理を作り、もう一人は入店からずっとキャベツを刻み、さらにもうひとりは、なんたることか、イヤホンをしながら、競馬中継でも聞いているのか、ずっと皿を洗い続けていた。
狭い店にこの人数は不釣合いだと思いながら、それでもランチは大人気の定食屋なのではないか、と期待をしたものの、まあ予想通りの、どこにでもあるような定食屋の味だった。

「あれ…あの奥のお客さん…」
隣のミーハー客が、今度はカウンターの奥に座るひとり客に照準を合わせたようだ。
「どっかで見たことが…なんかのポスター」
「ヘイ!日替り!」イヤホン店員がミーハー客の思考を切断するがごとく、料理をドンと置く。店員がカウンターに戻ると80's女性アイドルが唄う甲高い有線の曲のボリュームが大きくなった気がする。
「さっき通って来た商店街のどっかのポスターで見たような…」
店員の妨害工作にもめげずに、記憶との答え合わせに勤しむミーハー客。日替り定食をムシャムシャ食べながらブツブツと喋っている。

カウンターでキャベツばかりを切っていた店員が、包丁を置いて、裏へと行った。トイレだろうか。と同時に、料理をしていた男性が入口から出て行く。
看板を片付け始めた…
空気が動いて…何かある!

「ヤマザキ!」イヤホンの男性が叫ぶ。
奥のカウンターに座る客がビクリとして腰を浮かせる。
さきほどのキャベツがそのヤマザキなる男を背後から羽交い締め。
「あ!さっき通った交番の張り紙の!…」

「指名手配犯でしてね、この店周辺での目撃情報と、こちらの店主の通報で…」
「張り込みをしていた訳ですか…」
「お騒がせをいたしました…本人は人違いだと言い張っていますが…時間の問題かと」
「あの~佐々木良平さん、ですよね俳優の」
先ほどまで料理を作っていた男性が声をかける。
「娘が大ファンでして、サインを頂けると」
「わかりました。ご主人も大活躍で…」
「ほらやっぱり本物じゃないですか!」
舞台の店主とミーハー客にサインをする。
「でも何でしょう、刑事ドラマのエキストラにでもなった気分でしたね」
「刑事役が多い、佐々木良平さんが、お客A役なんて、贅沢なドラマですね…」
「本物の刑事さんは、役者以上に役者ですね」

     「つづく」 作:スエナガ

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