【街で見かけた看板で】#07
「いま“求められる広告”ってなんだと思います?」
競合のプレゼン中。クライアントの会議室で企画案の説明をするクリエイティブディレクター。
「近年実は、“広告に見えない広告”が多いと感じませんか?」
「広告に見えない広告?」
「ステルスマーケティングに代表されるネット世界でぼーっと見ていると実は広告だったみたいな」
「ああ、ありますね。個人が投稿したSNSのように見えて、それが広告だったとか…」
「例えばです。狙いではないにせよ、“読めそうで読めない立て看板”ってあるじゃないですか。歳月が経ち色あせていたり、雨風にさらされてサビが蔓延してしまったような、本当に読めそうで読めない看板です」
「ありますね」
「案外そうした看板の方が気になって、ついつい文章を読んでしまう、なんてことありませんか?」
「確かに。何が書いてあるんだろう?みたいなことはありますね」
「そうなんです。下世話なことを言えば、昔は良く雑誌に袋とじがありましたよね。人は見えないことでの欲求が高まり、興味を示す。だから最近のCMでは、なんの広告なんだろう?と思うような表現のものが多く作られているんです」
「何を伝えたいのか理解できなくて、どう見ても若者ターゲットの商品なんだろうな…というのが多く感じられますね…」
「あれもあえて見せない広告で話題性を煽っており、本当の広告はその先にあるWEBなんですね。そこを主戦場として、しっかりと説明をする。そもそも15秒という短い時間では1メッセージしか伝わりません。だからメディアミックスが今の時代では効果的なんです!」
テレビというマスメディアでじっくり番組を見る文化が下火になって久しい。番組がつまらないのではない。視聴者の忍耐力が低下し、想像力が欠如して来たのだ。マスメディアの影響力は大きい。視聴者が減ったとは言え、全国で何万人もの人が見ていれば迂闊なことはできない。声の大きい一部のクレームにも対応しなければ成り立たない時代となり、想像力と心の無い言葉によって、マスメディアの役割を果たせなくなってしまったのだ。
「とにかく興味を持って頂くこと。それが今回のご提案になります」
「具体的には?」
「“ム”という文字だけで広告を作ります」
「“ム”ですか?」
「“ム”です!」
「なんの“ム”ですか?」
会社名も商品名も、“ム”は付かない。
「“ム”です!」
「ですからなんの“ム”ですか?」
「どうですか?今、とても気になりましたよね!」
「気にはなりましたけど、意味は無いんですか?」
「興味を惹かせるための仕掛けです」
「それだけでは、ウチの社長には説明できませんよ!」
「もちろんです」
「意味があるんですね?」
「逆に視聴者に委ねるんです!このCMを打ち、WEBで“ム”の理由を募集するんです。何故この商品で“ム”のCMを打ったのか、その理由を当てさせる」
「答えはあるんですか?」
「それこそが正解です。視聴者は会社のこと、社長や様々な情報を調べます。商品の材料やコンセプトから“ム”を探します。“ムムム!?”と唸るからなど、マインドの回答もあるでしょう。結論から言えば、何の“ム”でも良いんです。回答者の中から一番しっくり来た答えを正解としても良いでしょう。言わいるコンテストですよ、“ム”コンテスト…」
「そんな乱暴な広告展開は…」
「いまの若者はそんな感じなんですよ、思考回路が。面白ければそれでイイ。意味なんて意味が無い的な…」
「確かにそうかも知れませんが…」
後日、もちろんそんな広告提案にGOがかかることもなく、お断りの連絡が入った。しかしその後、まったく違う業種の大型看板の提案で出した同様の案が採用となり、様々な場所で話題を呼んだ。
「ご存知ですか?あのマツモトキヨシ浅草店の看板。ただ一言“マ”と書いてあるんですよ…」
読めない、というのは武器である。興味を持たせ、商品を売る。それが広告の役割なのだから。
「つづく」 作:スエナガ
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