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【悪魔が来たりて】:#2000字のホラー

この世には悪魔が存在する。何故そう思うか、その理由は二つある。一つは、仕事が終わらず、帰宅後も深夜まで仕事をしている私の精神状態が、普通ではないせいだ。そしてもう一つは、先ほどから「悪魔だ」と名乗る男が私の目の前に座っているからである。

自宅のリビングでパソコンと対面してから何時間経った頃か分からないが、少なくとも妻と娘が寝静まって暫く経った後、彼は現れた。黒いマントを羽織った50代くらいのオジサンである。

初めはかなり驚いたが、それどころじゃない仕事の状況に加え、単純に疲れていて大きく取り乱すことは無く、今は件の悪魔(オジサン)に見守られながら、キーボードを叩いている。

「よぉ、いつまでやるつもりだい」
「ん、まぁ少なくとも後1時間はやるだろうね」
「何をそんなに頑張るのかね。仕事なんかさっさとやめて俺と一緒に酒でも飲もうや」
「うるさいなぁ、邪魔するなら帰ってくれよ」

こいつは十中八九幻覚だということは分かっている。無視すれば良いのだが、定期的にこんな感じで話しかけてくる。流石にうっとうしいので、逆に相手をしてみることにしよう。

「悪魔なんだったら、酒なんてありふれたものじゃなく、もっと非日常な誘いをしたらどうだよ」
「例えば?」
「例えば・・・世界を滅ぼす力が欲しくないか、とかさ」
「怖っ。そんなこと考えてんのかお前」
「良くあるだろ、仕事とか学校とかで切羽詰まってるときとか、
『あ~地球爆発しないかなぁ』て思うこと」
「お前ら人間はすぐそうやって一時の感情でモノを言いやがる。
どうすんだよ本当に爆発したら。
電車は遅延するわ、コンビニも休業だわ、大変だぞお前」
「スケール小さいなぁ。地球爆発してるんだから、みんな死んでるでしょうに」
「じゃあ死にたいってこと?」
「そんな訳ないだろう!娘もまだ小さいのに!」 
「でも地球が爆発したらガキも死ぬだろうよ」
「・・・例えだよ!例え!本当に爆発したら困るけど、それくらい大きな出来事で、自分の悩みの種が全部吹き飛んでしまえ、っていうことだよ」
「自分勝手だな」
「うるさいよ。勝手に人の家上がり込んで来て、自分勝手はどっちだよ!」

『ピロピロッピー』
ベビーモニターが寝室の異変を知らせる。
モニターには天使が映っていた。
どうやら天使が寝返りをしたのを感知しただけのようだ。
とはいえ、少し声のボリュームを落とそう。

「ていうか目的は何なんだよ」
「いやぁ暇だから何か願い事を叶えてやろうかなって思って。
地球爆発で良いんだろ?」
「待て待て!何だよそれ、暇だからって!というか本当に爆発させるのかよ!」
「お前が望んだんだろ?」
「望んでないって!例えだって言ってるだろ!」
「はぁ・・・じゃあどうしたいんだよ」
「え、え、本当に叶えてくれるのか?じゃあ金持ちにしてくれ!」
「あ~そういうのは無理だなぁ・・・オジサンそういうのはちょっと。パワー系専門だから」
「パワー系って?」
「バーンってやったり、ドカーンとしたり、
とにかく細かいこと考えない系」
「バイオレンスな感じ?」
「いや、そうとも限らない。漫画で背景に『バーン』とか『ドーン』って出る感じのことなら大体イケると考えてもらえれば」
「預金通帳に大金入ってたら『バーン』だろ!」
「いや、それは『チャリーン』だな」
「スケール小さいなぇ!じゃあもうバーンと仕事を終わらせてくれ!
それでいいから!」
「良いけど、オジサン、キーボード打つの遅いよ?」
「お前が打つのかよ!もっと魔法みたいな感じかと思ったわ!」

『ピロピロッピー』
ベビーモニターが寝室の異変を知らせる。
天使がもぞもぞと動いている

「もう分かった!娘がぐっすり寝ていられるようにしてくれ!
それだけで良いから!」
「えぇ~地味だなぁ。まぁパワー系ともちょっと違うけど、
『バーン』な感じで良ければ」
「寝かせるのに『バーン』って、ちょっとよく分からないけど、もうそれでお願いします!」
「はいはい、じゃあそういう事で、ホイッ」

掛け声とともに悪魔はスゥっと消えてしまった。
『ピロピロッピー』
ベビーモニターが寝室の異変を知らせる。
娘の鳴き声が聞こえてきた。
あの悪魔め、願いと真逆のことじゃないか・・・

急いで寝室の我が子を抱き上げ、泣き止ませようとする。
フワッと嫌な予感に胸がざわつく。いや正確には予感というより、『ニオイ』だが。
恐る恐る娘のオムツを外す――
今この瞬間がマンガの一コマならば、『バーン!』と文字が出ていることだろう。さっきまで天使に見えていた娘だが、今は悪魔となって
地獄のニオイをまき散らす。

その時、さっきの悪魔(オジサン)の声が脳内に響く。
「望みの対価として、今お前が一番必要と思ったものを貰って行く。
あばよ」

何だ、何を持って行かれた?
焦る私を気にも留めず、小さいほうの悪魔が泣き叫ぶ。
急いでお尻拭きを手に取る。その瞬間戦慄が走る。
空になっている――

その夜、我が家のお尻拭きと私の睡眠時間が消えていったのであった。

     「つづく」 作:オナイ

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