【ご褒美アイス】
今回の案件は自画自賛する訳ではないけれど、思っていたよりも上手に進められたと思う。会社に入って2年。先輩方に言われるより早く対応しお客様の信頼も高まっている。
「ということで…」
会社の帰り道、コンビニのアイスコーナーと対峙している。
「ご褒美だもの!」
いつ以来だろうか…すっかり忘れてしまったが、私にとっては高価でちょっぴり贅沢なカップアイス。その何味を買おうかと先程から悩んでいた。
いわゆる「ご褒美アイス」だ。
「せっかくだから…」
2種類買うことにした。1個は「安定の味」。もうひとつは「冒険の味」。
「大人買いって程じゃないけれど…」
ちょっと大人なビターなアイス。
今日のご褒美は、今回の「ひとりお疲れ会」だけじゃない。あと数日で迎える誕生日、自分への癒やしも兼ねている。
レジを通り、ひとりでそのフタを開けることをイメージしながらニヤニヤしていた。
コンビニの自動扉を出た所で、いきなりスマホが鳴った。嫌な予感がした。
「え、あ、はい。スミマセン、はいはい…あ、そうですね。ハイ…」
コンビニの駐車場で、みっちり直立不動で20分。今回の案件でミスが見つかり、お客様から先輩の所に、お叱りの連絡が入ったとのことだった。…「ひとりお疲れ会」の予定が、一気に「ひとり反省会」になってしまった。
「あ、アイス〜」
炎天下のコンビニ駐車場で、立ったまま電話をしていたから、当然のように、アイスは無残にも溶けてしまったに違いない。さっきまでのウキウキした足取りから一転、コンビニ自宅間たかだか5分の道のりが非常に遠く、足取りも重くなっていた。
そんな時に限って間が悪く、夜の電話連絡は続く。今度は実家からだった。
「うん、いま帰宅の途中。うん、いらないよ、誕生日祝いなんて!そう、生モノなんかすぐに傷んじゃうんだから!冷蔵庫だって大きくないし!もう大人なんだし、こっちもちゃんとお給料もらっているし…ちゃんと買えるから!もう家に着くの。ご近所迷惑になるから切るね、はい、はい、はい!」
泣きっ面に蜂である。ウルサイ母の声が一層惨めな気分にさせた。
「大人なんだから、か。…大人が、ご褒美アイスで凹むなんて…」
帰宅して電気を付ける。勇気を持って「冒険の方のアイス」のフタをそっと、中身がこぼれないように開けてみる。案の定、液体化していた。
「ビターが、“びた〜”ってなってるよ…」
誰もいない部屋で、自虐的で情けない冗句。
言葉だけが宙に浮く。
笑う余裕を失っている。
開けなくてもわかる。
もう一個の方もドロドロになっているであろう。ご褒美のつもりである、私的には多少なりとも高価なアイスだ。無駄にはしたくない。
「もう一回、凍らせれば…イイよね…」
独り言で自分を慰める。
軽くため息をつきながら、冷凍庫を開ける。氷の袋がガサガサと入っている。前に友達が来た時に買ったコンビニ氷だ。もう殆ど入っていない袋を、なに後生大事に取っておいたのだろう…その庫内を占領していた。イラッとして、その袋はそのままゴミ箱へ。
「あれ?」
その奥に、先程買ったのとは別の「安定の味」ご褒美アイスのカップが見えた。
前に買って帰ったものだ。
「そうだ、この時も家に着いてすぐ連絡があって…」
また嫌なことを思い出させる…
あの日は、付き合ったばかりの彼氏に「仕事が忙しい」という理由で別れ話を切り出されて、結果、ご褒美アイスではなく、お酒を飲んじゃったんだっけ。
「ご褒美アイスが再び凍って、お疲れアイスになっちゃったね」
前回食べ損ねたカップは、しっかりとカッチリと凍って、逆にカチンカチンだったから、スプーンが入らない程になっている。
「失敗しても、何度だってやり直せばイイんだよ、ね…」
ゆっくりと溶けて柔らかくなった部分だけを少しずつすくい、口に運ぶ。
甘いはずのアイスが、ほんのり涙の味がして、せっかくの贅沢感が薄まるような気がした。
「つづく」 作:スエナガ