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【金運とか開運とか】

「金運をアップするには、お財布は常にキレイにしてください。基本的にお財布にはお金と、お金にまつわるモノのみを入れて、整理しておくことです…」
壇上でマイクを使って語る占いの先生は、いかにもお金を持っているようで、華美で綺羅びやかな女性だった。
「風水でも唱えています通り、キッチンには料理にまつわるモノを。リビングには家族団らんのモノを。モノには本来居場所があります。リビングに仕事の道具、勉強道具、子供の玩具などを持ち込まないことが大事です。そして、運気は連鎖していることを忘れず、金運・開運はもとより家内安全・交通安全、すべての運気を正常に循環させるためにも、まずは日々の生活に直結している、“金運”を理解すべきなのです」

そのセミナーに集まっているシニア女性たちは頷いていた。占いの先生、そう紹介されたものの、見方を変えると、彼女はまるで教祖様ではないか、と思わせた。占いという名ですべてを見透かして、富と名声を司る女神…
「ケチな人には、ケチな人しか集まりません」
小さく笑う声も聞こえる。
「金運が自身の元に訪れるためには、みなさんも周りの人達に良い運を、お裾分けしましょう。お金は天下の回りものです。あなたの喜びは巡り巡って、そのお財布に戻って来ます」

寄付をしましょう。と言いたげなスタッフ男性が、天面に少しだけ隙間が開いた箱を持って、参加者、ひとりひとりの前で静かに待っている。

3つ前の座席に座る高齢女性が静かに声を出した。
「今日は体験だけということでしたし、
私には寄付をするお金がありません…」
小さな申し訳無さそうな声。
占いの先生がその人に近づき、ひざをつき、優しげに下から顔を近づけた。
「代わりに私が入れましょう。この行いも巡り巡って、また私に返って来るでしょう」
周囲がざわめいた。
では「私も」「私も」と、我先に寄付の箱にお金を入れ始めた。

私の前にスタッフが来た。一礼して箱の上に手をかざし、サッと手を引き、また一礼をした。折ったお札を入れた顔をして、お金は入れなかった。お札なら箱の音もしなければ重さも変わらない。罰当たりな…とは思わなかったし、この寄付で金運が上がる根拠もない。このセミナーに参加したのは、ご近所付き合いの一貫で友人に誘われて、社会勉強のつもりだった。昔からこうした類の集まりがあることは知っていたし、非現実的な光景が、映画やドラマでも見ているようで、こんな機会も滅多にないと思っていた。

セミナーが終わりロビーに出た。
「どうだった?先生の話、ためになったでしょ?毎日家にいるだけじゃ、運気も下がっちゃうわよ…」
興奮気味に語る友人は、口元の広角をあげているのに、目は笑っていなかった。この人は本当に、ためになったと思っているのだろうか。それとも、知人友人を紹介すると何らポイントでも、もらえるのだろうか。

物陰の人気のない所で、先ほどの静かな抵抗をした高齢女性が、スタッフから謝礼らしき封筒をもらっている姿が見えた。さくらだったのだろう。まるで目の前で手品を見せられているような気分だった。どこまでがリアルで、どこまでが演技なのか。実際にお金を入れた人たちは、操られてしまったのだろうか?あれも、もしかしたら、私以外全員が芝居をしていたのではないか?ああ、ちょっと前に流行ったフラッシュモブのような。プロポーズされる女性以外は、全員が仕掛けた側、みたいな。

奥の方からロビーを闊歩する人の姿。占いの先生が近づいて来た。何だろう、結婚指輪の箱でも開いて、あなたの残りの人生を私にください、とでも告白されるのだろうか?
「初めてお越しの方ですよね、いかがでしたか?」
突然話かけられた。参加者全員のことを把握しているのだろうか。
「ためになりました…」
「…フフ、ためになるって、不思議な言葉ですよね。私のため、あなたのため、世界平和のため…」
この先生は、広角もあげて、目も笑っているように見えた。
「どうですか、私のために、一緒に活動しませんか?きっとあなたは、
こちら側の人でしょうから」
なるほど、「1対全部」ではなくて「こちら側とあちら側」で別れているのか。
「考えてみます」
「…本当に面白い方ですね、益々気に入りました。ちゃんと、真剣に考えてみてくださいね」
そう言って、両手で左手を握りしめた。と、その間に紙があるのがわかるそう、四つ折りされたお札のような感触。
「あなたの未来のために、お役立てください」
スッと手を抜いた先生。同じように、友人の左手も両手で握って言った。
「お友達と美味しいお食事でも食べて帰ってください」
「先生、ありがとうございます。次回も是非宜しくお願い致します」
友人の手に握られたお札の片鱗が少しだけ見えた。やはり参加者を紹介することで少なからず謝礼がもらえるシステムなのだろう。

しかし私の左手に握られていたのは、お札では無かった。四つ折りのメモで「寄付されない方には、幸運をお戻しいたしません」と書かれている。箱にお金を入れなかったことが解っていたのか。だから「面白い人」と言いながら、こちらに来い、と。

しばらくして、私は「あちら側」の人間となった。
マジックのように思われた種明かしは、非常にアナログなモノだった。あの寄付の箱には、本当に小さなカメラが仕込まれていること、そして、このセミナーの1/3が「こちら側」の人で、残る2/3の人々が、いま私がいる「あちら側」の人間として、先生と、お金に愛される、いや、それ以上に世の中の摂理、矛盾、真実についての、ありがたいお話を聞いていると知ることとなった…。

正直、真理や真実などは良く分からない。

     「つづく」 作:スエナガ

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