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【風物詩】

11時55分。
そろそろお昼どきということもあり、窓の外の通りは活気づいていた。

隣には、朝から本の同じページを何度も読み返しては頭を抱えている私の相棒がいる。
「一度昼ご飯でも食べてリセットした方が良いんじゃないか」
「もう少しなんだよ・・・もう少しで答えが分かりそうなんだ・・・」
「1時間前にも同じことを言っていたじゃないか。そういう時は一旦休憩するのが一番なんだよ」
「そういう君は終わったのかい?」

私の前には白紙のノートが広がっている。
分かった上で聞いてきているところに、コイツの意地の悪さを感じる。

「ほら、君もまだなんじゃないか。もうリミットは迫っているんだ。私たちには一刻の猶予もないんだよ」
「なら後ろの方のページの答えを見たらいいじゃないか。アンタもその方が効率が良いだろう」
「そんなズルはすぐバレるだろ!それに問題に向き合うことこそが大切なんだ」
「そんなに真面目なら、何故もっと早く手を付けなかったんだ・・・」
「君がそれを言うか」
「・・・」

ぐうの音も出ない。
もっと早く手を付けていれば、こんな思いをすることも無かった、そんなことは百も承知である。思えば子供のころから何一つ変わっていない。
毎年同じ過ちを繰り返し続けているのだ。大きくため息をつく。と、同時に大きな咳が出る

「・・・大丈夫かい?君だけでも先に休憩すれば良いじゃないか」
「大丈夫。少しむせただけだ。それよりも進めなくては。俺の方はアンタと違って答えが無い物だからな」
「・・・まさか80歳を超えてもこんなことをするなんて、子供のころには思いもしなかったな」
「そうだな。『三つ子の魂百まで』とはよく言ったモノだ・・・結局のところ、子供のころから俺たちは何も変わらないんだな」
「変わらないどころか、むしろ出来ないことが増えてくるんだからな。あの頃は大人になれば何でもできると思っていたんだが・・・こんな簡単な問題も昔ならあっという間だったのに・・・」
「俺の方だって、こんな絵日記、10分もあればでっち上げの内容なんていくらでも描けたんだがな・・・こうもベットの上で毎日過ごすだけだと、何にも思いつかない」

重い空気がお互いの間に漂う。

「・・・やっぱり私も少しだけ休むよ。1時間経ったら起こしてくれないか?」
「良いけど、必ず目を覚ましてくれよ」
「縁起でもない事を言わないでくれ。いや、案外このまま深い眠りにつくのも悪くないか。そうしたらもう問題を解かなくて済む」
「下らない事言ってないで、休むならさっさと休め。俺はもう少し絵日記を進める」
「あぁ、すまないな。起きたら9月1日だった、なんてことだけは勘弁だな」

そういうとコイツはあっという間に寝息をかき始めた。俺ももうひと踏ん張りしたら少しだけ眠ろう、少しだけ、少しだけ・・・

「お父さん、おじいちゃんは宿題終わったの?」
「どうだろうな。きっとおじいちゃんの事だから、最後まで絵日記をでっち上げてたかもな」
「ふ~ん。でも終わって無いと良いね!そうしたら天国でも夏休みのままだね」
「そうか・・・そうかもな。お前と一緒で、おじいちゃんも宿題終わってないだろうな」
「お父さんだって、最終日までやってたじゃん!」

20xx年、我が国では「大人にも夏休みを」運動が盛んに行われた結果、ついに小学生と同じ期間の夏休みが与えられる法案が可決した。それと同時に年齢に比例した量の「宿題」が全国民に課せられた。
8月31日は宿題の終わらない国民が後を絶たず、老人に至っては最期のときまで宿題と向き合うこととなってしまうケースが多発した。
その結果、この法案は僅か数年で廃止となった。

     「つづく」 作:オナイ

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