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【アシスタントの憂鬱】

「あんたサ、先生のアシスタントについて何年になる?」
「もう3年です」
明日撮影の衣装を準備している時にアシスタントの先輩に声をかけられた。
「いまいくつだっけ?」
「24歳…ですけど」
ふ~ん、と何か言いたげに部屋を出ていった先輩のことを気にかけながらも、準備に追われる私は、手を動かしていた。

「カオリさん、ちょっとイイかしら?」
「あ、はい!」
先生に呼ばれたのは、それから30分もしない頃だった。
「カオリさん、明日の現場、来なくてイイから」
「え…あ、あの…」
「うん、ほら、次の衣装を集めて欲しいの」
「でも先生、次の撮影まではまだ時間ありますし…」
「そうね。でも明日は来なくてイイから、もうひとりの若い子を連れて行くから…」
準備も終わり、家路につく。しかし釈然としなかった。急に来なくて良い、と言われる場合、考えられるとしたら、先方に何か言われたか。準備中に入った変更の連絡で、口ごたえをしたのがまずかったのか…
「何かやな感じ…」暗い夜道で愚痴が出る。

仕事が悪い。
先生が悪い。
時代が悪い。
世の中が悪い。

私は、何も悪くない…そうは思いたくなかった。負けたくなかった。
なんでよ!
「私が悪いんだな、きっと…」

翌日、スカッと晴れた撮影日和の朝。オフィスに向かう足取りは重かった。
「あれ、カオリさん、今日撮影じゃ?」
「あ、はい…先生に今日はイイって…」
「あ~…そう…なんだ…」
「先輩、何か聞いていませんか?」
「ん?んん…」
口ごもっている。何か知っている。
「何があったんですか?私のせいですか?」
「や、カオリさん、次回の衣装集めがあるでしょ…」
「先生もそう言ってましたけど…まだ日にちありますし…」
「うん、や、私が言っちゃうとなぁ…」
「何ですか!何か知ってるんじゃないですか?」
「次の現場ね…カオリさんひとりに任せられるかしら?って相談されたのね」
「私ひとりに?」
「そろそろ責任感を持ってひとりでどうか…って。…もう…私だって4年ちょっと、かかったのよ!ひとりで任されるまでに!」
先輩が言うには、また先生の現場に行ってしまうと、皆がアシスタントとしか見てくれないから、今回は、後輩を連れて行ったとのこと。
「だから次の現場は責任を持って、衣装の選択から現場までをひとりでやらせようってことじゃないの…まだ分からないわよ、その現場が上手く回らなかったら、いつでもアシスタント逆戻りかも知れないし!」

夜、オフィスに先生と後輩が戻って来た。後輩が半べそをかいたような表情でいる。きっと現場がてんやわんやだったのだろう。
「あらカオリさん、まだいたの?」
「先生、次回の衣装、見て頂けますか?」
「ん、次回の衣装はカオリさんに任せる」
「いいんですか?」
「うん、先方もね、カオリさんを信頼しているし、そろそろ任せても、ってね」
「いや、私なんてまだまだ…」
「カオリさん、何年になる?」
「あ、もう3年です」
「まだ3年か…優秀よね、3年で信頼を手に入れられるなんて」
「いや、そんな…」
「10年やったって20年やったって、信頼がなければ仕事は成り立たない。1年目だって3年目だって、真面目に実直に頑張っている姿は皆見てるのよ」
「ありがとうございます」
「そうだ…できればこのあと、あなたのかわいい後輩を食事に連れて行ってくれないかな。今日はアナタがいないから現場はバタバタでね、きっと愚痴も沢山あると思うから…」
「あ、わかりました…」
「お願い。ちゃんと領収書もらっておいてね、お酒も飲んでいいから」
「わかりました!」
先生とふたりで声を出して笑っていた。

仕事は悪くない。
先生も悪くない。
時代だって思ったよりは悪くない。
世の中だって捨てたもんじゃない。

そう、すべては自分の心持ちひとつなんだ。
「お疲れ!今日の反省会、行こうか!」
後輩に声をかける。
「カオリ先輩、良くあの現場仕切れますね」
「そりゃ厳しい先生の元に3年もいればね」
3年という月日が長くもあり短くもある。
大事なのは、時間ではない。
どう過ごしたか、何を思って動いたか。
後輩に、そのことを教えてあげよう…
焼酎お湯割り梅入りを片手に(笑)

     「つづく」 作:スエナガ

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