見出し画像

【メルカリ】

メルカリが好きだ。
買うのももちろんだが、何より出品するのが面白い。
初めはただ単にいらなくなった服を、面白半分で出品したことから始まった。
それが思いの外いい金額で売れたことで味を占め、そこからはありとあらゆる要らないものを出品しまくった。

金額設定一つで良い物でも売れ残ったり、反対にゴミ同然の物でも高値で売れることがある。値引き交渉にも応じるが、回数を重ねるごとに言葉巧みになっていく自分に、正直驚いている。
今までの累計売上金額は数百万にも上るが、低評価を付けられたこともない。このノウハウをまとめた本でも書いて、そっちでも一儲けしてやろうか、なんて考えてみたりしたこともあった。

しかしながら、ここ最近売る物がなくなってきた。
服類は必要最低限しか残しておらず、雑誌も本もDVDも家具も食器も、
必要最低限を除いて全て売り払った。

道に転がっていた石を売ったこともあったが、ほとんど詐欺まがいの手口で、危うくアカウントを停止されかけたので、この手口はもう使えない。

悩んだ結果、もう何年も帰っていない実家に帰ることにした。
流石に両親の物を売る訳には行かないが、実家にはまだまだ私の物たちが眠っている。
小学生のころ読んでいたマンガ、彼女と買ったペアリング、
友達とケンカした末に辞めてしまったカードゲーム、学校の授業で作った小さなイス、
初めて描いた親の似顔絵・・・
大したお宝は無いが、これらもまぁいくらかにはなるだろう
「意外と取っておいてくれてるもんだなぁ」
そう呟きながら、写真を撮って梱包する作業の手を止めることは無かった。

2ヶ月後――
大体の物が捌き終わった。
予想通り、一か月分の食費にもならない売上だった。
残された似顔絵をどう売るか考えながら、我が家唯一のコップに水道水を入れた。
そういえばこの絵は何で描いたんだっけか?
思い出そうにも大昔過ぎて、この絵の生い立ちは分からない。
多分特別な意味はなく、ただお絵描きをしているときに描いてみたのだと思う。

ぼんやりと眺めていると、一つだけ思い出せたことがあった。
これを渡した時の嬉しそうな両親の顔だ。
あの時はなぜこんなに喜んでいるのか分からなかったが、嬉しそうな両親の顔を見ると、自分も嬉しかった。そういえば、あの売ってしまったマンガ、あれはなぜ集め始めたのだろう、あのカードゲームをやめる原因になったケンカ、その発端は何だったのだろう。あの服も、あの家具も、あの本も、あの家電も、思い返せば全部に思い出があった。
私はその思い出をお金に変えてしまった。それも大した金額でもない。

突然虚しさが込み上げる。
今までの人生で積み上げてきた思い出が、手元から無くなってしまった。
頭の中にはまだあるが、それもどんどん薄れていく。
物を見れば思い出すこともできたかもしれないのに。
あの時の喜びも、あの友達とケンカした時の怒りも、あの受験に落ちた悔しさも、あの子と一緒に過ごした楽しい時間も。

1人涙ぐみながら、最後に思い出したのは、もう何年も前に別れた、私の人生の最初で最後の彼女の顔だった。
そういえば、あの子が出て行ってからだったか、メルカリにはまったのも。
あの時はあの子が残したものを見る度に胸が苦しくなり、その苦しさから逃げるためにどんどん物を売っていった。

今何をしているのだろう。
ヨリを戻したい、とまでは言わないが、少しでもあの子の顔を見て、楽しかった思い出に色をつけたい。
そんな気持ちで彼女の名前をSNSで検索してみた。
すぐに出てきた彼女は、髪型も変わり大人びた様子がうかがえるが、屈託のない笑顔はあの時と変わらない。
深追いはするつもりはなかったが、もっと知りたいと思い、彼女の投稿を見ていく。
2月23日 友達の家で鍋パーティ。
1月15日 職場の同僚の結婚式
12月29日 楽しそうな忘年会
12月25日 入籍報告

悲しさや寂しさよりも、彼女が幸せになってくれたことが何よりうれしい、心の底からそう思った。
あの時の楽しい思い出がよみがえるが、苦しさよりも暖かい気持ちになれた。ありがとう、という想いと共に、もう少しだけ投稿を見てみた。

――6年前の11月3日 
私と別れた翌週だ。
内容は「メルカリでの出来事へのボヤキ」
「貰ったアクセサリーとか全部売ったけど、3万にもならなっかった!
あの野郎安物ばっかよこしやがって!」
そこには付き合って2年記念日に買ったペアリングもきちんと映っていた。

ふと右手に目をやる。
未練たらしく人差し指にくっついているくすんだペアリングを
窓から投げ捨てた。
思い出なんかクソくらえ。

     「つづく」 作:オナイ

#ショートショート #物語 #短編小説 #言葉 #写真 #フィクション  

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?