後悔ってあるよね 前編
この記事は有料設定してますが、全文無料で読めます。気に入ったら投げ銭感覚で購入してください。
はじめまして
つねです。
私の人生が迷子になっている気がして筆を執ってみることにしました。
最初に結論を述べてしまえば、親の圧力に屈して社会人としてキャリアを始めたことに半ば後悔に近い感情があるという話です。
2009年に一浪して東大理科一類に合格し上京しました。上京時親と揉めて、必修語学だけ落として留年。
2010年は大手予備校で数学の模試やテキストの校正、質問対応のバイトに明け暮れました。扶養から外れないようにするのが大変でした。このアルバイトは2015年の修士修了までお世話になりました。
ここでの経験で高校生や浪人生が数学に詰まってるときどう誘導すればいいかがおぼろげながらも掴めてきました。人生に躓いたら授業の修業さえすればこれで食えるなという確信めいたものがありました。
一旦は研究者を目指し理論物理で修士まで行きましたが長く続けてもとても食えそうにないと悟り2016年3月に東大の修士を出ました。
問題は修士のときの就活です。
最初金融機関中心に応募し、ことごとくダメでした。どうも年齢フィルターにやられたような気がします。たしかに博士をストレートで出た人のひとつ下。
時期も秋口だったのでとにかく職歴を付けようと、ITの零細企業、今で言うSESに応募し一旦内定は得ました。
しかしながら当時は今と違ってITは激務で多重下請けの問題もあり不人気職。これならまずは塾講師でいいのではととある大手塾の講師職に応募しました。
その塾は東大対策の特別クラスを設置して、通信添削なども行い合格者数を荒稼ぎしていました。
面接という名の授業練習を重ね、塾講師になってから、予備校講師を目指すキャリアのほうがいいかもというように傾きつつありました。
また論理回路設計の零細の受託会社を就活エージェントに勧められて受け、内定を得ていました。
そんな中どんなキャリアを選ぶかという段です。実家の母親に就職のことを聞かれ、前述の選択肢があるがこれなら塾かなあと話したところ、態度が急変し、「塾なんかやめときなさい。」と言われます。
IT業界や電機業界の多重下請けとそれに伴う激務や薄給の話をしても「ITや半導体は将来性があるからそっちを選べ!塾なんかいつでも行ける」と父も母も喚くばかりで聞く耳持ちません。
実際には働く側の大半は将来の展望を持てない業界だったというのに。父も母も情報系や電機系のことなどまるで知らないのです。まして母はわずかな期間OLを経験しただけの専業主婦です。社会の実情などわかっちゃいなかったのです。
たとえ親といえど社会人の先輩と言えど、いやむしろだからこそその言葉は表面的で本質を射ない代物だったということかもしれません。
私は「26歳だと塾業界でのキャリアスタートとしては最終チャンスのようなものだし、IT業界は間口が広いから、まず塾講師のほうが予備校講師に転身したときの収入考えたらいいんじゃない?それに今業界入りしないと学力が落ちてしまってせっかくのこれまでの積み重ねが無駄になる」と伝えました。
親は激昂し、「そんなに行きたきゃ××に行け」と居直りました。「じゃあ行くわ」と応えると、「人にモノを教えるには人生経験や社会経験が必要だ」と丸め込もうとしてきます。
最終的には経済的に自活できてないことを突かれ、渋々LSI設計をやることになりました。
続く
ここから先は
¥ 300
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?