コンビニからの物体X
あらゆる事象について、たとえそれが致し方ない事故であったとしても、我々は実に様々な感情を抱いてしまいます。──理不尽、後悔、許容に同情。ヒトが人たる証という心情の起伏は、やはり時期、環境を選んではくれません。そう、こんな暑苦しい秋の夜にだって……。
どうも、ホモ・サピエンスのKHです。
昨夜、仕事終わりの僕は、疲労を癒すために普段より熱めの湯船を張ったわけです。今週が終われば三連休、果たして秋は僕にどのような光景を見せてくれるのだろう──。そんな気分に浸る風呂は、人生における小さな幸福と言っても過言ではありません。
さて、風呂上がり。体重計に乗ります。降ります。もう一度、今度は静かに足を乗せます。降ります。息を止めて、静かに足を乗せます。降ります。そして、僕は体重計の電池を抜く。
皆まで言いません。書きません。しかし、僕は、たしかに一つの結論に辿り着いたのです。
「よし、今日は晩飯を抜きにするか!」
……二時間後、時計の針は容赦なく進みますが、僕の瞼もいまだ歩みを止めない様子。同調する胃袋は、消化する物がなくなったためか、テレビの音を掻き消すがごとく主張を始める。
訪れない眠気に溜息を吐きつつ、僕はデスクの横に置かれた、とある物体Xの姿を捉えた!
「やぁ、とある物体X シーフード味だよ」
「……今夜は、君の姿を見る訳にはいかない」
「そんなこと言わずに、ほら湯を沸かしなよ」
「……こんな日に、君に会いたくなかった」
「身勝手だよ! 俺だって、好き好んでこんな家に来た訳ではないのにさ。──ヒトって奴はみんなこうだ。自分の不始末を棚に上げ、やれ身体に悪いだの、太るだの、挙句の果てに自炊の方が安いなどと口にする者もいる。……前にシーフード味の具は、湯を入れる前に食べた方がカリカリで美味い、と言いやがる奴もいた。残念ながら、そいつは一生(謎肉抜きの刑)に処されることとなった。いい気味だ。……さて置き、数日前にコンビニで俺を手に取り、机の横に並べたのはお前の意志だ、責任だ! 人間のエゴに振り回されるなど、とんでもないよ。そんな様子だから、この地球は荒れ果て、苦しみに悶えているのではないか。シーフード味の俺は、いわば母なる海の化身。地球の長男だと自負している手前、こんな冒涜的行為に屈するはずもなく、また哲学的な観点からいって」
──お湯を入れ、時間を計る二分半。程よい麺の食感を楽しむのが、僕の流儀である。
結論から言えば、物体X シーフード味を平らげた後、同様に醤油味にも手をつけた。彼は、シーフード味ほど濃い味付けではないにせよ、深まる秋の静かな夜を彩るに良い役者であったと言わざるをえない。
さて、冒頭にも話をした通り、我々はたとえ致し方ない事故であったとしても、そこに様々な感情を抱くのだ。では、前述の状況にて僕が抱いた感情は、どのようなものか。
無論、理不尽さから来る怒りである。
物体Xの傍若無人ぶり、言いたい放題な性格が、僕の身体を動かしたのである。決して言い訳などではない。言い訳などでは……。
今晩、僕は仕事疲れを癒すため、熱めの湯船に身を沈めた。体重計には乗らない。理不尽なことに、電池が抜かれていたからだ。
いまデスクに座り、気分よくこの文章を書いている。視界の端に淡く映ったシーフード味の輪郭を認識しつつも、僕の手は伸びていない。秋夜の理不尽が、ヒトたる起伏を起こすまで、とりあえず僕の手は伸びていない。
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