【えいごコラムBN(45)】レモンをもらったら・・・
息子の英語の教科書に、アレックス・スコット(Alexandra “Alex” Scott)というアメリカの女の子のことが出ていました。
彼女は小児がんにかかっていましたが、自宅前にレモネード・スタンドを開いて、同じ病気で苦しむ子どもたちのためにお金を集めました。
彼女の活動は国を越えて波及し、 Alex’s Lemonade Stand 運動として引き継がれています。
アレックスが好きだった “When life gives you lemons, just make lemonade.” という言葉が、この運動の標語になっています。
これは「辛いことがあってもくじけず、それをよいものに変えよう」という意味のことわざだそうです。
しかし、この英文は直訳すれば「人生がレモンをくれたら、レモネードを作ればいい」です。
なぜこれが上のような意味になるのでしょう。
これには英語の lemon がもつ語感が関わっています。
じつはピクサー社のアニメ『カーズ2』でも lemonが同様の意味で使われています。
冒頭でレッカー車のメーターは、しょっちゅう故障するオーティスという車を迎えに行きますが、オーティスは自分のことを lemon だと言っています。
後にメーターが次のように述べる場面があります。
文法的誤りには目をつぶるとして、メーターのセリフを訳すとこんな感じです。
この lemon は日本語版では「コショウ」となってます。うまいこと訳したもんですね~。
このように lemon は、よくないもの、うまくいかないこと、などを表すことがあります。
ですから最初に引用した英文は、「人生がレモンという試練を与えたなら、それに砂糖を加えて、レモネードといういいものにしよう」ということなのです。
どうしてこんな使い方をするようになったのでしょうか。
久々に英語辞典の親玉、OED(Oxford English Dictionary)に登場してもらいましょう。
これによると、アメリカ起源の俗語として、「望ましくないもの、期待はずれのもの」という意味があるとのことです。
最初の例として出ているのは1909年2月20日の『サタデー・イブニング・ポスト』誌の次のような記述です。
文脈が分かりませんが、ルーレットか何かについて述べているのでしょう。
回転する車のどこに矢印が止まるかによって、得られるのが賞品であるか「レモン」であるかが決まるというわけです。
さらに “hand ~ a lemon” という成句について次のような記述があります。
“pass off” は贋物などを「つかませる」という意味、 “swindle” と “do ~ down” はともに「だます」という表現です。
高品質であるかのように偽って品質のよくないものを人に渡すことをこう言うようです。
こちらは1906年のアメリカの小説が初出となっています。
これで見ると、この意味の lemon は20世紀はじめごろのアメリカで使われ始めたようです。
なぜこういう使い方をするのかについてはOEDにも書いてありませんが、上の「人をだまして品質の悪いものを渡す」という説明が手がかりになるように思います。
レモンは、オレンジなどと同様、見た目はあざやかな黄色で、形もふっくらしてとてもおいしそうです。
しかし実際にかじってみるとひどく酸っぱいので、「見かけはいいのに中身は期待はずれ」というイメージを与えられたのではないでしょうか。
これは、ユズやスダチなどもっと酸味のきつい果実を珍重する日本人としては、ちょっと理解しがたい感覚です。
レモンをレモネードに変えるのはたしかに素晴らしいことですが、レモンにはレモンそれ自体の価値がある、ということわざがあってもいいですよね。
英語なら、たとえば・・・
Life has given me a lemon, and I love it.
(N. Hishida)
【引用文献】
Queen, Ben. “Cars 2.” The Internet Movie Script Database (IMSDb).:
http://www.imsdb.com/scripts/Cars-2.html
(タイトルのBNはバックナンバーの略で、この記事は2014年1月に川村学園女子大学公式サイトに掲載された「えいごコラム」を再掲しています。)