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私、悪役令嬢でしたの? 侯爵令嬢、冒険者になる ~何故か婚約破棄されてしまった令嬢は冒険者への道を選んだようです、目指すは世界最強!魔王討伐! スキルは回復と支援しかないけれど……~

はじめての方はコチラ→ ◆あらすじ◆目次◆世界観と設定◆

SS ダックブルーは惹かれ合う

 ルンザの冒険者ギルドの一階、カウンターの奥にあるギルドマスターの執務室にノックの音が響いた。

「ん、入れ」

 入って来たのは夜番のサブマスター、シルビア女史である。

「夜番に交代の時間でしてよ、マスターガンズ」

 下がっていた眼鏡を掛け直しながら返事をするギルドマスターのガンズであった。

「もうそんな時間か…… しまったな、引き継ぎ資料が……」

「もう慣れっこですから構いませんよ、簡単に口頭で仰って下されば結構ですわ」

「そ、そうか、すまんな、まず最優先で処理して欲しい事なんだが――――」

 それから五分程言葉を交わしていたシルビアとガンズであったが、壁に掛けられた時計にガンズが何度目かの視線を送った所で、シルビア女史が笑顔で言ったのである。

「大丈夫ですよ、後は私が調べ直してやっておきますので、早く行ってあげてください、彼女待ってるんでしょう?」

「お、おう、悪いな! 今日は俺が飯当番なんだよ、すまない、頼んだぞ!」

 バツが悪そうに執務室を後にしたガンズは二段飛ばしでギルド併設の宿に続く階段を駆け上がって行くのであった。

 ロビーを通り抜ける時、チラリと確認したフロントカウンターには日中に客室係として働いている、住み込みの少年ベルが、こちらを可笑しそうに眺めていたのでガンズは恥ずかしそうに顔を伏せ、そのままこの階の廊下の奥である自分の部屋へと向かうのであった。

 ノックも無しに部屋の扉を開けると、目の前のリビング兼ダイニングには誰の姿も見当たらず、左隣のキッチンから肉でも焼いているのであろう、香ばしい匂いが漂って来ていた。

 頭を掻きながらキッチンに向かったガンズは申し訳なさそうに言うのであった。

「すまん、今日は俺の当番だったのに…… 悪かった、お前も疲れているだろうに、明日は今日の代わりに俺が夕食の準備をするよ、許してくれないか? ミランダ?」

 眼鏡の奥の大きな青い目を殊更ことさらジトっとさせながら、ミランダはガンズに答えた。

「いいえ、謝る必要は有りませんよご主人様、私は貴方の奴隷なのですから、堂々としていて下さらないと」

 言いながら焼き上がった肉料理を乗せた皿を両手に、ダイニングへと運ぶミランダ。

 別に用意されていたスープ皿を持ち上げたガンズは、彼女の後を追うようにダイニングに向かいながら声を掛けた。

「ほら怒ってるじゃないかミランダ、もう何年もそんな言い方していなかっただろう? ご主人様とか、奴隷とか……」

「そうでしたっけ?」

「そ、そうだよ! ほら、こうして謝ってるじゃないかー、許してくれよ!」

 全くいつも口ばっかり、そう言いながらも笑顔を浮かべるミランダは、実の所、言葉程怒っている様には見えなかった。


 六年前、ルンザの西隣、ナセラの街の南に位置するラブレの街をガンズは一人歩いていた。

 ここラブレはラブレ子爵領内唯一の街である。

 普段王国内の北方を拠点にしていたゴールドランク冒険者のガンズが、この街にいる理由を一言で言えば就職の為であった。

 『冷たい瞳』、その異名通り、剣士ガンズの生まれ持ったスキルは、見つめた相手を凍らせると言う非常に強力な物であった。

 どんなに強力なモンスターであっても、魔力が続く限り凍らせることが出来るのだ、仮に体の一部だけだとしても敵対した相手にとっては驚愕に他ならない。

 出来た隙を突く形で振るわれる切っ先は、これまで容易たやすく獲物をほふり続けて来たのである。

 二か月前、北方のダンジョンでいつもの通り、一人で狩りをしている最中に思わぬ不覚を取ったガンズは、左目に重傷を負いながらもモンスターの群れを殲滅せんめつさせ、帰り着いた街の治療院でヒーリングを受けたのだが、視力自体は取り戻した物の、それ以来『冷たい瞳』が発動できなくなってしまっていたのであった。

 噂を聞きつけた旧知の友がガンズに紹介してくれた新たな仕事、知り合い自身がギルドマスターを務めているラブレの冒険者ギルドのサブマスターという地位であった。

 仕事内容や待遇の説明もそこそこに働く事を快諾したガンズは、この日取っていた宿へと戻る最中であったのだ。

 町中の喧噪から不意に聞こえてきた話声に、何故か興味を惹かれたガンズは歩みを止めてそちらに意識を集中させた。

「ん? 金貨六枚で売れたんだぞ? 金貨二枚で買った子なんだから金貨四枚儲かったじゃないか?」

「違いますよ! 彼を買ってから今日までに掛かった経費は計算したんですか? 恐らく金貨二枚くらいは掛かっているでしょう? 単純に考えてはだめですよ! 今残っている子たちにもこれからお金は掛かるんですからね、買値や経費を全体の維持費としてまとめて考えないといけないのです、それに今後の商いの規模拡張や、どこかに奴隷商会を開くのか、今の流しの奴隷商を続けて行くのか? 今使っている馬車の耐用年数はあとどれくらい持つのか? 買い替える際の予算は幾らにするのか…… それらを網羅したしっかりとしたプランを立てて、今後の売り込み、買い付けの行動予定を決定し、その上で買い付け金額に適切な経費を計上し、貴方のプランを実現できる適正な利鞘りざやを乗せて販売価格を決めなければいつまで経っても今のままですよ? わかります? わかりますよね?」

「む、むーん、そうなのか? 分かったような気もするが…… はて? どうすれば良いんだ」

「まずは貴方が描く将来像をハッキリさせる事からですね、良いですか、何にせよ商いというヤツは現状維持とか何となく、そんな姿勢で成功する事なんか皆無ですからね! 明確な目標を持って予定を立て、それを確実に消化する事で着実にステップを踏んでいてこそ勝利を掴めるのです、良く考えてみる事ですね」

「お、おう…… お前売り物の奴隷の癖に、なんか凄いな……」

 会話から察するに流しの奴隷商の男と売り物である少女のやりとりらしい。

 これまで奴隷という立場の人間に、興味を持ったことが無かったガンズであったが、この少女の事はメチャクチャ気になってしまい二人に声を掛けてしまったのである。

「失礼、会話が耳に入ったんだが、察する所彼女は奴隷、売り物なのかな?」

「ええ、そうですが…… 旦那、えへへ、奴隷をお探しで?」

 笑顔を向けて揉み手を始めた男の横で少女は頭を下げてお辞儀をしている。

 ガンズは二人に向けて話を返した。

「そう言う訳ではないが、お薦めの奴隷はいるか?」

「えへへへ、選りすぐりの奴隷を揃えておりますよ、価格的にお得なのは――――」

「それはお客様がどんな用途を想定しているかをお聞きしなければ答えられませんよ」

「は? お前、勝手に何を言って――――」

「なるほど、それはそうだな! ところで君は何が出来るのかな?」

「読み書きと算術、後は死んだ両親が村々を回って行商をしていたので、帳簿付けや大概の事務仕事なら出来ます」

「ほう、そうか、私は事務仕事が苦手なのだが今度ギルドの職員になる事になってね、君が居れば助かるだろうな、えっと、幾らなんだろうか? その、君の値段は?」

「えへへへ、旦那お目が高いですねー、この娘はお買い得ですよー、今なら金貨八枚で――――」

「私の販売価格は金貨十一枚と銀貨三枚が適正だと思います、どうされますか?」

「ふむ、ではその額を払わせて頂くとしようか、勿論君が嫌でなければだがね、どうかな?」

「…………嫌では、無いです」

「良かった、ではこれを、書類を頼むよ」

「は、はい、こちらになります…… ありがとうございました」

「じゃあ行こうか、付いて来てくれ、えっと名前は?」

「ミランダです」

「そうか私はガンズだ、よろしくなミランダ」

「よろしくお願いします、ご主人様」

 そのまま取っていた宿の女将に頼んでミランダの部屋も追加して貰ったガンズは、翌日から彼女を連れてラブレの街を歩き回り、服装を整えたり必要そうな物を買い与えたりしてギルドへの初出勤の日を迎えるのだった。

 事前に話して了承を得ていた為に、ミランダは容易に受け入れられる事が出来、それに感謝するかのように彼女も至極真面目に与えられた仕事に取り組むのであった。

 そんな彼女は仲間達にも受け入れられ、彼女の労働に対する給金が、主人であるガンズに対して支払われる事以外は他の職員と一切変わらない待遇を受けていた。

 最初の給金が支払われた日にガンズはミランダに言った。

 この金を使って冒険者登録をすれば身分を手に入れる事が出来る、だから奴隷契約を解除するよ、と。

 てっきり喜ぶだろうと思っていたガンズの予想は裏切られた。

 寂しそうに俯いたミランダは、暫く黙った後に奴隷を続けたい、そう彼に返したのであった。

 驚いて理由を確認するガンズに対して、もう少しの間奴隷として近くに置いて欲しいと懇願し続けたミランダの言葉に、そこまで言うのなら、と、このままの関係を受け入れたガンズであった。

 月日は流れ、四年後新興の街、ルンザのギルドマスターとして着任したガンズの横には、相変わらず彼の奴隷兼腕利きのギルド職員としてミランダの姿があった。

 それから更に二年余り、この日まで二人は奴隷と主人の立場のままで過ごして来たのである。

 

 モンスター肉のローストと野菜のスープを食べ終えたガンズは、いつも通りミランダが淹れた緑茶を飲みながら言った。

「ミランダ、えっと、大事な話があるんだが…… いいか?」

 緑茶に砂糖を加えていたミランダは、いつに無く歯切れが悪いガンズの物言いに首を傾げて答える。

「どうしたんですか? 勿論構いませんけれど…… 変ですよ?」

 ガンズは真面目な顔をして声に緊張を含ませて言った。

「今まで何回も断られてきた話だが、いよいよ契約を解除して貰わなければならなくなった」

「え……」

 言葉を失っていつも通りやや俯いてしまうミランダの態度を無視する様にガンズは続けた。

「先程正式に辞令が来たんだ、来月から王都の冒険者ギルド総本部で、グランドマスターの元で彼の指導を受ける事になったんだよ」

「そ、それなら今まで通り一緒に――――」

「王都の職員寮には奴隷の部屋は借りられないだろう? その上ここやラブレと違ってベッドルームは一つ切りだそうだ」

「だったら私はソファーか、床に毛布でも敷いて眠ります」

「そんな真似させられる訳が無いだろう? それこそ俺が床で寝る事になっても良いのか、ミランダ?」

「ぐっ……」

 ミランダは考えるのであった。

 ――――グランドマスターの指導を受けるという事は暗に次のグランドマスター候補だと言っているのと同じ…… マスターにとって人生の一大事よね…… 奴隷を連れている事は兎も角、同じベッドに寝ているなんて評判が立ってしまったらマスターに汚点が…… 死んでしまった父にどこか似通った雰囲気と、私や父と同じ濃青の瞳ダックブルーに惹かれて何年も我儘を言って来てしまったけれど、流石に今回は受け入れるしか無いか…… 

 両親と死に別れ、実の兄に逃げられて天涯孤独の身の上になり、三人が残した借金を詰め切れずに自ら奴隷になったミランダにとって、奴隷と主人としてガンズと交わした契約が唯一の絆、繋がりのように感じられていたらしい。

 これは然程さほど珍しい事では無く、奴隷制度が許容されている世界では、契約を解除され自由になった奴隷が、喜ぶ所か逆に役立たずだと判断され捨てられたのだ、と悲観して自死を選んでしまう事も珍しくは無いのである。

 暫くしばらくしてからミランダは俯いたまま答えたのである。

「分かりました、今までありがとうございました、マスター……」

「良かった! じゃあ気が変わらない内に早速」

 ミランダの気持ちなど考えも及ばないのかガンズは嬉しそうにあの日奴隷商から委譲された所有者が持つ書類の中から『解放』の魔法紋が書き記された羊皮紙を取り出して自らの魔力を込めながらミランダに向けて言うのであった。

「さ、さぁ、ミランダ受け入れてくれよ! これで晴れて自由の身だぞぉ!」

「は、はあ、はい! これで良いですか……」

 ミランダが魔力を帯びた手を羊皮紙にかざすとパアァッ、そんな擬音が響きそうな感じで彼女を光の奔流が包み込んだ後、契約書と委譲書がガンズの手元から消え失せたのであった。

「良し、良し良し! これを待っていたんだぁ! 良かったぁー!」

 一人喜んでいる無神経なガンズの前から、席を立ったミランダは頭を深く垂れたままで、言葉を捻り出したのである。

「今日まで私の我儘にお付き合い頂いて誠、感謝に堪えません…… どうかご健勝で…… ご主人様…… 私、ミランダは貴方、ガンズ様をお慕いしていました…… ですが、捨てられてしまった今となっては、既に、何も申し上げる事は叶いません、これからは遠く離れた場所で、只々貴方様の成功を祈り続けて参ります、これだけは覚えていて下さいませ、貴方こそ私の――――」

「ここからが大事な話なんだっ! なあ、ミランダ! 私の妻になってくれないだろうか? 愛しているんだっ! ずっと前、いいや、出会った日に君を好きになってしまったんだよ! どうだろうか? ミランダ、自由に選択できるようになった君の判断は? 俺の奥さんになるのは嫌かい? 無論君が嫌だというのならば無理強いはしないと決めているのだが…… どうだい? 嫌かな? ミランダ?」

 ミランダは溢れ出した涙が眼鏡のレンズを曇らせる事も気にせずに叫んだのである。

「い、嫌では無いですっぅ! も、もうっ! 本当に馬鹿なんですからっ! ご主人様ぁっ!」

 そう言いながら抱き着かれたガンズはややほっとした感じを残しながら、たった今自らの妻になる事を受け入れてくれた愛しい女性に答えたのである。

「おいおい? ご主人様じゃぁ締まらないだろう? これからは『ウチの旦那』、そう呼んでくれなきゃダメだろう?」

 その言葉に顔を上げたミランダと、見つめ返したガンズの瞳、揃って『濃青の瞳ダックブルー』の虹彩はお互い以外誰も映すことは無かったのであった。

 ジッと見つめ合った二人の瞳は静かに、ゆっくりと瞼の奥に隠れ、代りにその唇が深く慈しむ様に初めて重ねられたのであった。

 後に、王都のギルド総本部、グランドマスターとして永く活躍し多くの改革を成し遂げたガンズと、その妻であるミランダ、王妃アメリアの昔馴染みの顧問として、数々の物語作成に尽力したジト目の元奴隷だった才女が永遠の絆、結婚を約した日の二人だけの秘密の接吻、そこに至ったやり取りの一幕である。


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