見出し画像

私、悪役令嬢でしたの? 侯爵令嬢、冒険者になる ~何故か婚約破棄されてしまった令嬢は冒険者への道を選んだようです、目指すは世界最強!魔王討伐! スキルは回復と支援しかないけれど……~

はじめての方はコチラ→ ◆あらすじ◆目次◆世界観と設定◆

SS 少年は英雄に憧れる

  ブレイブニア王国の西部、王都と辺境伯領の中間に位置した数多あまたの領地の中で、最も美しいと人々が称賛するダキアの街。

 白き領都は古来から変わらぬダキア伯爵家の本領の中心地であった。

 ダキア家は建国より古くからこの地を治める一族である。

 故に寄り子や騎士団、家臣の多くが世襲に頼っている数少ない家族型の伯爵家であった。

 その意識は下々の領民にまで染み渡り、町全体が親子兄弟のような気持ちで接し合う、共助社会を形成していたのである。

 ストラス・ダキアはダキア伯爵家の次男坊だ。

 他の領地では決して見られない景色だろうが、そこはダキアの街である、今日も一人で自らの父が治める町の大通りを散策中であった。

 農業が産業の基盤になっている領だけに、通りを行き来する馬車の多くが荷車、カートであり沢山の農産物が満載されている。

 十歳のストラス少年は、大きな馬車の間を器用にすり抜けて、あちらの店からこちらの店へと通りを縫うように、目新しい物を探して売り物の見学を楽しんでいたのだ。

 一軒の雑貨屋の店先で足を止めたストラスは店番の女性に声を掛けたのである。

「ねえ、この絵は先週までは無かったよね? 一体誰の姿を描いた物なのかな?」

 中年の女性店員は満面の笑顔で答える。

「まあストラス様! またいらしてくれたんですねぇ、この絵は南方戦線を勝利に導いたバーミリオン辺境伯軍の将軍達や有名な騎士達でしてよ、今、国中で流行っているらしくて、ウチも置く事にしたんですよ」

「へぇー、バーミリオン家の英雄達か……」

 キラキラした瞳で平積みされた二十数種類の姿絵を見つめるストラス少年である。

――――うん、どの絵もみんな格好良いぞ! バーミリオン家の鎧は無骨なフルプレートメイルなんだなぁ、ウチの白一色の軽鎧とは全然違うけど、ごっつくてイカしてるなぁ! 『疾風のモエシア』に『撃拳げきけんのヘザル』、おお、朱一色の騎士団の隊旗を掲げているこれは? 『鉄槌てっついの旗手カラメンダール』か…… あれれ? この二人は?

「この二人だけは鎧じゃないんだね? 黒尽くめの人は執事みたいな格好だし、赤い貴族服の人が寄りかかっている柱は何だろう? 神殿か何かなのかな?」

「? どれどれ、見てみましょうね、よいしょ」

 鎧を着た一目で判る騎士や軍人たちに混ざって、非戦闘員らしい二人が目についたストラスは女性店員に聞き、女性店員は姿絵を確認する為に手に取って覗き込んでいた。

 執事服の男は手に何も持っていないし、貴族服の男は床の巨大な台座から伸びた細い柱に背を預けてほほ笑んでいるのだ、二枚だけあからさまに場違いな感じがした。

 女性の店員は姿絵の裏書を見てそのまま読むのであった。

「執事服の殿方は『バーミリオンの影』またの名を『王家の守護者』ですって、『バーミリオンの影に狙われた者は、その痕跡さえ残さず消失するのである』、んまあ恐ろしい! こちらの方は…… ? 『バーミリオンの鉄槌てっつい』と書いてありますわよぉ、説明は有りませんねぇー、ストラス様、お屋敷に帰って領主様、ゼトライア様かお兄様のパリセス様に聞いてご覧になった方が御詳しいかも知れませんねぇ」

「ちょ、ちょっと見せてぇ! 赤い貴族服の人の方、貸して貸してっ!」

「? はいどうぞ」

 赤い男性、『バーミリオンの鉄槌』の姿絵を再び覗き込んだストラスは目を見開くのであった。

――――こ、これって柱じゃなくて柄、ヒルトだったのか…… 下の台座みたいなデカいのが、て、鉄槌、ハンマー? こんなの、も、持てるの? しかもこんなに若くて細身なのに……

 ジッと姿絵を見つめているストラスに対して、店員の女性は心配そうに声を掛けたのである。

「ストラス様、あの、大丈夫ですか?」

「あ、ああ、ありがとう、この二枚取って置いてくれ、父上にねだってみる、頼んだよ」

「はいっ、ありがとうございます」

 この日はもう街の散策所ではなく、まっすぐやしきに帰ったストラスは、兄パリセスの部屋を訪ねてバーミリオン家の話を聞く事にしたのであった。

「どうしたドリー? そんなに息を切らせて」

 いつも扉を開け放しているストラスの兄、ダキア伯爵家長男のパリセスは弟の姿を見てそう声を掛けた。

「兄上、お忙しくないですか? 今、お話しても良いでしょうか?」

「ああ、構わないよ、ソファにお座り、今、果実水とお菓子を持ってこさせよう、おい頼んだよ」

かしこまりました」

 パリセスの声に頷き静かに部屋を出て行く執事の姿を確認するとストラスはソファに腰を下ろして兄が着席するのを待つのであった。

「で? 何の話だい? 何か面白い事でも見つけたのかな? ドリー?」

「鉄槌です、鉄槌! 兄上は巨大な鉄槌をご存じですかっ?」

 興奮気味に言ったストラスは鼻息をフンスっとさせていたが残念な事に兄に真意を伝えるには主語が決定的に不足していた様である。

「巨大な鉄槌かい? まあ、攻城槌こうじょうつい破城槌はじょうついだったら我が家にも一応配備してあるけどね? それがどうかしたのかい? 見たいのかい?」

 兄の言葉に自分が思っている事が正確に伝わっていない事を悟ったストラスはブンブンと勢い良く首を左右に振ってから丁寧に言い直したのである。

「違います兄上! まあ、ウチの破城槌も見てみたい事は見てみたいんですけど…… そっちでは無くて朱色の方なのですっ! 兄上だったら知っているのでは無いのですか? 『バーミリオンの鉄槌』、あと『バーミリオンの影』ですが…… ねえ、兄上? 人間があれ程巨大なつちを振るえる物なのでしょうか? どうですぅ? ご存じですか?」

 ストラスのこの言葉を聞いた兄、パリセスは表情を緩め、ソファに深く身を沈めてから優しげな表情を浮かべて言うのであった。

「ああ、それか! 勿論聞き及んでいるよ? と言うか今や国中がその話で持ちきりだからね! 『バーミリオンの鉄槌』、スコット・バーミリオン伯爵と『バーミリオンの影』、トマス・スカウト伯爵の事だろう? ドリー、お前の耳にも届いたんだね? 流石だな、叶わないね!」

 優しい口調と裏腹に、ここ、割と武張った家柄のダキア家でも、内外から最強の武人と称される兄の言葉にストラスは複雑な心持で返したのであった。

「叶わない、のですか? 兄上程の御方でも、ですか? ふーん、僕ははなはだ疑問に思ってしまいますが…… 特にあのつちです…… 姿絵が盛っているんだろうとは理解出来ますが…… ねぇ、兄上? あんな物を振るえる人間が存在すると思いますか? 僕はいないと思うんですがね…… どうでしょうか?」

「彼なら容易たやすく振るう事だろうさ…… 彼はね、と言うかカティとトムは呪われているんだよ、いや、そうだねぇ、言ってみれば自ら望んでのろいを受け入れた、こっちの方が正確かな?」

「えっ?」

 兄の言葉の意味が分からない、それよりもっと気になるのは大好きで格好良い自分の兄が、絵姿に描かれる程の英雄の事を親し気に語り始めた事であった。

 身を乗り出したストラス少年に彼の兄は語り始めた。

 優しい面差しのまま、時折、楽しそうだったり時に嬉しそうな表情を浮かべて話してくれた兄の思い出話はこうである。


 王都の学園に入学した時、これまでの例として、辺境伯以上の家の子息が入って来る事は皆無だったが、その年は二人の異質な生徒が入学したそうであった。

 一人は南方に面した辺境伯家の次男坊、スコット・バーミリオンであり、もう一人は彼の乳兄弟ちきょうだいである幼くして既に伯爵位を与えられていたトマス・スカウト伯爵の存在である。

 無論、少年であったがバーミリオン辺境伯家寄り子筆頭でもあり、彼自身が王立学園に入学すること自体、はなはだ異例であったのである。

 教室に招かれた既に爵位を持った珍しすぎる少年、トマスは言った。

「全員! ひざまずくのだ! 恐れ多くもかしこくも、バーミリオンの御曹司の御出ましであるっ!」

 当然の様に歩を進めたスコット、バーミリオン家の次男坊は堂々と宣言したのである。

「苦しゅうない! 虫けらどもよ! その下賤げせんこうべを垂れよっ! 余が誉れ高く、最強のみぎり、バーミリオン家の次男、王国を守護する存在、民草たみくさの憧れ、望むべき未来の象徴っ! スコット・バーミリオンその人であるぞっ!」

 八歳児の言葉とは思えなかったが、言われた方も同じく八歳の子供である。

 クラスメイト達が慌ててひざまずく中、パリセスは棒立ちのままで答えるのであった。

「え? ええっ? その人とか言われても…… ってか、自分で言っても…… まあそうなの? って感じなんだけどね! 君たち変わっているね! それで結局何が言いたいの? 君はスコットでそっちの彼がトマス卿なんだろう?」

「ん、んんん?」

「面白いな、中々の胆力をしてるじゃないか、貴様の、いいや君の名を聞いても良いか?」

 パリセスは答えたのである、堂々とした声音こわねであった。

「私の名はパリセス、ダキア伯爵家を継ぐ者だよ? それで、君はバーミリオンの家を継ぐ子の一人なんだろ? スコット? ところで君の横で皆を威嚇いかくしているこの子の家名は何と言うんだい? 黒ずくめなこの子はバーミリオンの寄り子なんだろう? 教えておくれよぉ、なあ? 辺境ではみんな彼や君のように話すのかい? カティ?」

「か、カティ? そ、そうか、君が知りたいと言うのなら…… おい! 答えてやれよっ! トム! 答えてあげろ!」

 狼狽うろたえた様なスコット・バーミリオンの声に答えたトマスの声は落ち着き払っていた。

「僕、私はトマス…… トマス・スカウト…… バーミリオンの影であり、色を持たぬ者である…… 君、貴様はダキアか? 原初の存在…… ふむ、面白いな…… 問いに答えてやろう、僕たち、我らは高貴な一族だが何分王都に来るのは初めての事! 貴様ら国王派の貴族共に舐められぬ様に一所懸命に話し方を覚えて来たのである! ほれ見ろ、貴様以外の奴らはひざまずいているだろう? 大成功と言う訳だ、やったぜ! んで貴様は何故だか知らんが立っている、おい、何が望みで我々の前に立ち塞がる? バーミリオン家や我が命ともいえるスコットにあだ為すと言うのなら…… 許す事は出来ぬっ!」

 パリセスは答えた。

「へ? 友達になりたいなって思ったんだけど…… ダメかな? 俺もみんなと比べると…… ちょっと強すぎたみたいでさぁ? なあ、友達になろうよ? ダメか? トム、カティ?」

「むむむーん…… ダメ、なのかな?」

 うなりを上げるトマス・スカウトの横からスコットの大きな声が響いたのであった。

「へぇー、お前ダキアにしては変わってるじゃないか! 良いだろう、手下となるなら仲間にしてやるぞっ! トムっ! こいつは口だけじゃなく強そうだろ、三人目の仲間にしようぜ? パリス、どうだお前、俺のパーティーメンバーにならないか? おい、どうだっ?」

 パリセスはニヤリとしながら答えた。

「パーティーメンバー、かい? それは一体何をする為のパーティーなんだい?」

 スコット・バーミリオンはヤケに偉そうに反り返りながら答えた。

「モンスター狩りだぞ! 王都の近くには変わったモンスターがいると兄上に教えて貰ったのだ! そいつを狩るんだよ、楽しそうだろ? どうだ?」

「勿論楽しいに決まっているよカティ、おいパリスボーっとするな同意しろよ」

「あ、ああ、楽しそうだね、それじゃパーティーに入れて貰うとするよ、よろしくね」

「苦しゅうない」

「だそうだ、良かったなパリス」

「あははは」

 懐かしいのか遠い目をしながら『影』と『鉄槌』との出会いを語る兄パリセスであったが、肝心の二人の強さだとか、呪いのくだりに辿り着くまでがやたらと長くなりそうだったのでストラスは端折はしょってくれるように願いながら聞いたのである。

「それで兄上を加えた三人で王都の近くでモンスターを狩ったのですね」

 弟の言葉に兄は呆れた顔で答えるのであった。

「馬鹿な! 揃って八歳の子供だぞ? ゴブリン相手でも即死するじゃないか! 私達は仲良くなって王都のあちらこちらで共に様々な遊びに興じたんだよ」

「え? モンスターは?」

 パリセスは再び懐かしそうな顔に戻って言う。

「いつも吠えかけて来るバカ犬を揶揄からかったり、立ち読みを許さない本屋のジジイに追い掛け回されたり、公爵家の桑の実を盗んで食べてフットマンに叱られたり、そんな事を冒険に見立てて楽しんでいたんだよ」

 ストラスは大好きだった兄の事が少しだけ馬鹿に思えたが口にする事は無かった。

 それよりも話の核心を聞く為に先を促す事にしたのである。

「兄上! 呪いと言うのは一体何なのです? 呪いのアイテムを装備してしまったですとか、邪悪な存在と敵対したとか、そう言った冒険譚なんですよね?」

 パリセスはこれまでと変わらぬ気楽な感じで言った。

「いやそう言うのじゃないよ、バーミリオン一族は生まれつき回復とか支援魔法が得意なんだけどね、一つだけ決してやってはいけない、所謂いわゆるタブーが存在していてね…… 決して自分にバフ、支援魔法を掛けてはいけないって決まり事をね、カティ、スコットは破ってしまったんだよ……」

「え、その決まりを破るとどうなるんですか?」

「自分の魔力で自分を強化するわけだろう? 魔力が尽きる事も無く強化され続けたらどうなるか判るだろう?」

「…………際限なく強くなってしまうという事ですよね」

「そう、そうなればもう普通の人間として生活して行く事は出来ないだろう?」

 ストラスは戦慄していた…… 人々が口々に褒め称える英雄がそんな悲劇的な境遇にあったとは……

 パリセスは相変わらず気楽な感じで続けた。

「まあ、一晩寝れば治るんだそうだが、彼の場合強くなる事が楽しくなってしまった様でね…… 一種の依存症だね、あれは」

 なんだよ、たった一晩で治るのかよ…… ちぃっ!

 ストラスは先程した惻隠そくいんの情を返してくれ! その言葉を飲み込んで兄に問い掛けるのであった。

「トマス卿、『バーミリオンの影』の方は? 彼の方も呪いを、とかなんとか言っていましたよね、兄上」

「うん、スカウトの家の者たちも独特な『技』を使う事で知られていてね、気配を消したり短距離の転移だったり分身を産み出したりね…… でも彼、トマスは一族の限界を越えてしまったんだよ…… そうどれほど離れていても一瞬でイメージした相手の元に転移するあの技、『影移動』を手に入れた事によってね……」

 何やらこちらは凄そうなムードだと判断したストラス少年は身を乗り出して話の先を催促するのであった。

「学園を卒業する十五の歳にね、私たち三人は王都の近くの川で水浴びをしていたんだ、それはそれは暑い夏でね…… その時、トム、トマス・スカウトはテンションが上がり切っていてね、流された下流から私達二人の元に戻ろうとして転移を試みたんだが、なぜか故郷のバーミリオン領まで飛んで行ってしまったらしいんだよ、領都の目抜き通りの真ん中に現れたそうだよ…… 全裸でね……」

 そこで一瞬瞼を閉じたパリセスは吐き出すように言葉を続けたのである。

「少しすると私とカティの元に転移で戻って来たトムは首まで真っ赤にしながら両手で顔を覆って嘆いていたよ…… もうお婿に行けないってね…… スカウト家の長男だから婿にはいかないんだけどね…… ふっ、まあそれで気が付いてしまったんだよ、裸でいるという解放感によってどんなに遠くても転移可能なんだって事にね、でも転移して活躍すればするほど全裸をさらす事になる訳だ…… 先の戦争でも活躍したと聞いたけど、王家の人々には隅から隅まで見られてしまったのだろうね…… 本当に彼にとっては呪われた力、そう言うしかないよね」

「は、はあ……」

 口籠ったストラスに対して兄パリセスは元気付ける様な笑顔で言うのである。

「まあ、家毎の能力なんて使い方次第で呪いにも強さにもなるって事さっ! ほら、私達ダキア家の力だって使い様だろう?」

 言いながら壁に掛けてあった大剣ロンパイアを自分の手に引き寄せて握り、にっこりと笑顔を向けて来る兄パリセスの頬にはピッタリと金属製のペーパーウェイトが張り付いていてストラスは馬鹿みたいだと思った。


 翌日やしきに届いた姿絵をベッドの脇に飾り床に入ったストラスは考える。

――――国中から英雄とか持てはやされていても、元は僕と変わらない普通(?)の子供だったんだよね…… 頑張って鍛えたりしていれば僕もこの二人の様になれちゃったりするんだろうか? ようし、明日からもっと体を鍛え捲って…… いや、それより勉強の方を頑張るか…… そうだな、そっちが先だな! 兄上やこの二人の様にならない為にまずは勉強だ、良しそうしよう…… むにゃむにゃ

 未来で憧れのスコット・バーミリオン公爵から軍務卿の座を譲り受け、まともな方の軍務卿と呼ばれた王妃アメリア曰くお兄様、栄光のストラス・タギルセ侯爵となる少年は、今はスヤスヤと夢の中なのである。

***********************
拙作をお読みいただきありがとうございました!
スキ♡を頂けると大変励みになります❤(ӦvӦ。)

※この作品は『小説家になろう』様にて、完結している作品でございます。是非こちらからご覧くださいませ^^↓

この記事が参加している募集

スキしてみて

励みになります (*๓´╰╯`๓)♡