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堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~

第一章 悪魔たちの円舞曲(ロンド)
44.スススス 

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 善悪自身の中で、自分のジョブクラスは言うまでも無く勿論もちろん僧侶であった。
 但しただし、僧侶は僧侶でも『プリースト』や『モンク』では無く、『パラディン』であろうと決めていた。
 騎士、それも仏法を守り人々の盾となって戦う『護法騎士』であった。
 日々の厳しい修行によって、己の肉体、身体能力も若い頃と比べても、ケタ違いの力の充実を感じていた。

 更に言えば、善悪は別に格闘技の素人と言う訳では無い。

 僅かわずか数ヶ月で飽きて辞めてしまったが通信教育で空手を習った事もあるし、テレビやネットで格闘技の試合を好んで視聴していたし、子供の頃からアラフォーの今日まで、人のいない本堂などで戦隊ヒーロー物の戦いを孤独に模倣もほうしてみたり、バトルアクション物のキャラなども台詞付きで再現していたりもするのだ。

 少年の頃の憧れを抱き続け、今尚、己に厳しい鍛錬を課している男、それが善悪、その人であったのだ。

「よかろう、ならば少し揉んでやろう。 我が技巧ぎこうの極意、思う存分味合わうがよいっ」

「はい、宜しくお願いします」

 ペコリと頭を下げるコユキに容赦なく襲いかかる善悪の中段蹴り、顔を上げるのも待たずに見事な不意打ちであった。

 『してやったり』、内心で善悪はほくそ笑む。
 何故ならこのタイミングでは『寸』で避ける事は出来ないからだった。
 それは先程まで一メートルという至近距離から、コユキの回避能力を見続けていた善悪にとっては当然の帰結。確定済みの結果に過ぎなかった。

 その筈だった。

「ス! 」

 その声と同時に僅かに身を捻ったコユキが、半身になって中段蹴りをかわす。
 一瞬信じられぬ物を見た思いで固まる善悪だが、すぐさま意識を攻撃へと切り替える。

「オアタッ! シッ! 」

「ス! ス! 」

 次に繰り出したのは、フェイントを加えた虎爪こそうからの猿臂えんぴであったが、これもコユキの頬に触れる事も出来なかった。

 しかし最早、善悪が攻撃の手を止める事は無い。
 倒すことよりも当てる事を主においた怒涛どとうのラッシュがコユキを襲う。

「アタタタタ! アタ! オアタ! アタ! 」

「ススススス! ス!  ス! ス! 」

 速さを意識した孤拳こけんの連撃からの意表をついた巨大な腹への掌打しょうだ、それとほとんど同時に放った上段突きと戻り際の後頭部を容赦なく狙った肘打ちまで全て空を切ってしまった。

 その後も、

「アタタタ! ホア! アタタタタタタタタ! アタ! アタ! アタタタ! アタタタタ!  ホオォオアタ! 」

「スススス! ス!ススススススススス! ス! ス! スススス! ススススス!   ンンンス!」

 善悪の繰り出す、突きを蹴りを手刀しゅとうを頭突きを足刀を貫手ぬきてを、そのことごとくをさばく事も無く避け続けるコユキ。

 コユキからの反撃が無い事は、百も承知の善悪であったが、ここで一旦距離を取って目の前の肉をしげしげと見つめた。
 そして、自分自身の認識を改める事にしたのだった。

────どうやら単純な慢心などでは無いようだな。 肉よ、認めようそなたの力を。 今後は一人の戦士として、いや自分を凌駕りょうがするであろう実力者、強敵であると認めた上でお相手しよう。 確かに驚異的な回避能力ではある。 純粋な能力だけではこの拳や蹴りがそなたに触れる事は叶わぬかも知れん。 だが、戦いにいて能力差だけが全てでは無い。 勝敗を決するのは経験則による駆け引きや戦略、そして謀略ぼうりゃくの類も重要なファクターになりうるのだ。 如何に強敵と認めたとは言え、そなたに決定的に足りないのは戦闘経験であることは明白だ。 対してこちらは長年、それもこの生涯のほとんどを、暗い本堂の中で、自らの想像力の産物である『怪人』達との終わり無き戦いを繰り返してきた、いわゆる戦闘狂と呼ばれる部類の人間だ。 豊富な経験はあらゆる場面で劣勢を覆すくつがえす一手を導き出すのだ。このようになっ!

 次の瞬間、善悪は自分の足元の砂利を蹴りつけ、周囲の砂と一緒にコユキの周辺へと撒き散らせ、同時に距離を詰めた。

────経験豊富な熟練の知略の前には、付け焼刃の回避能力など!

「無駄だぁ────! 」

「ス! 」

 偶然だろうか、またもや避けられた、肉はその目に入った砂によって未だ視界を失っているのだ。
 苦し紛れまぎれの回避が偶々たまたま当たっただけだと善悪は判断した。
 ならば今まで以上のラッシュを叩きこむだけ、

「無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 」

「 ス!  ス!  ス!  ス!  ス!  ス!  ス!  ス!  ス!  ス!  ス! 」

 避けた。

 さらに、避けながら両目をゴシゴシやっていたコユキは、目を赤くしながらも視力の回復に成功してしまっていた。

 万事休す。

 しかし、ここからが本当の意味で善悪の知略が試される場面であった。
 激しくラッシュを繰り返しながらも、時折その深い知性によって生み出される智謀ちぼうを攻撃に折り込んで行く。

「無駄! 無駄! 無駄! あ、ユーフォーだ、無駄! 無駄! 無駄! 無駄! 」

「 ス!  ス!  ス!       チラっ ス!  ス!  ス!  ス! 」

「無駄! 無駄! 無駄!  あ、ちょっとタンマ、無駄! 無駄! 無駄! 」

「 ス!  ス!  ス!          ?   ス!  ス!  ス! 」

「無駄! 無駄! 無駄! 無駄! やべっ先生来たぞ! 無駄! 無駄! 無駄! 」

「 ス!  ス!  ス!  ス!      ビクっ!  ス!  ス!  ス! 」

 他にも、パンツ見えてるよ、人気芸人だ、一旦終了でーす、髪になんか付いてるよ、等々、繰り広げられる謀略ぼうりゃくの数々。
 時折、唾をペッと飛ばすなどの口撃コウゲキも交えた、その多彩な攻めをコユキは淡々とかわし続けていく。

 そして、

「無駄! 無駄! 無駄! 無駄! うおっ、百万円落ちてるっ! 無駄! 無駄! 無駄ぁ────!」

「ス!  ス!  ス!  ス!      っ! キョロキョロ  ス!  ス!  ス!」(怒)

 目まぐるしい攻防が途切れた時、そこには、膝に手を置いてその身を支え、激しく肩を上下させる酸欠状態の善悪の姿があった。
 対面には涼しい顔で直立するコユキ、誰の目にも勝敗は明らかであった。

 暫くの間、動くことも出来ずにいた善悪であったが、呼吸を整えると上体を起こしコユキに向き合った。

────化け物、か? こんな人外のモンスターに勝てる者など存在しないのでは無いか?

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拙作に目を通して頂き誠にありがとうございました。

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