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私、悪役令嬢でしたの? 侯爵令嬢、冒険者になる ~何故か婚約破棄されてしまった令嬢は冒険者への道を選んだようです、目指すは世界最強!魔王討伐! スキルは回復と支援しかないけれど……~

はじめての方はコチラ→ ◆あらすじ◆目次◆世界観と設定◆

SS 伯爵令嬢は栗っぽい

「以前から伝えていた通り、明日からこの学園にバーミリオン侯爵家のご長女、レディーアメリアが通われる事となる」

 ある日の昼食前、食堂に勢ぞろいした王立学園の生徒たちを前に、式部卿しきぶきょうでありこの学園の校長でもあるバース公爵は言った。
 事前に知らされていた生徒たちであったが、僅かわずかにざわめいてしまっているのは、やはり過去に例がない事態だったからだろう。

 バース校長は生徒たちにてのひらを上げて制し言葉を続けた。

「同じ生徒同士、変に垣根を作ったりせぬよういつも通りの学園生活を心掛ければ良い、ただし、前述した通り彼女の家は侯爵家である…… くれぐれも礼を失する事が無いように…… いいね? 」

 生徒たちが静かになり、面持ちに僅かわずかな緊張を浮かべた事を確認したバース校長は、満足気な頷きを残して食堂を後にするのである。
 配膳済みだった食事を摂りながら隣席の子爵令嬢が話し掛けて来た。

「ねえシンシア、どんな子が来るのかしらね? 楽しみですわね! 」

シンシアと呼ばれた少女は答える。

「まあ、先程校長先生が仰っていましたでしょう? 侯爵様のご令嬢でしてよ? 子だなんて失礼でしてよ、お立場から察するに王女殿下や公女様の様な気高いお姫様では無くって? きっとそうでしてよ」

夢を見る様に視線を上げてうっとりしたシンシアに向かいの席に座った少年が話し掛けた。

「シンシアは話しやすいだろうね、伯爵令嬢だし御父上は軍務省のお偉いさんだしね、僕なんて声も掛けられ無いよ、商人なんかが馴れ馴れしくしたら不敬だっ! なんてお付きの人から怒られちゃったりして? 」

 シンシアはゆったりと肩に垂らし掛けてから胸の前で左右に纏めまとめた栗色の髪を揺らしながら答える。

「クリス、それも校長先生が言っていたでは無いですの、変に垣根を作ってはいけませんわ、仲良くすれば良いのでしてよ」

 シンシアの言葉を聞いたクリスは何やら悪そうな顔を浮かべて独り言を呟いている。

「なるほど…… そうか、そうだな…… 貴族派の旗頭であるバーミリオン家と繋がりが出来れば…… うふふふ、こりゃ面白くなりそうだぞ♪ 王家にまくりの兄上より儲かっちゃったりして……」

 儲かる、そのキーワードを口にした後のクリスは自分の世界に浸って中々いつも通りに戻ってこない事を、入学以来三年目の付き合いになるシンシアは知っていたので、自分の食事に意識を戻しながら明日会う事が出来る侯爵家のお姫様に思いをせる事にしたのであった。

────御伽噺おとぎばなしのお姫様の様な方なのかしら? 仲良くなったら大きなお屋敷に招かれてしまったりしてしまったりして? ワキャー! どういたしましょう! 私興奮してしまっていますわね? 落ち着くのですシンシア、過度の期待は落胆の元! お父様の教えでしてよ! ああ、でも、明日が待ち切れ無いのですわぁ、侯爵令嬢様、雲の上の存在が私達の学び舎にぃ、っっっ!

「ガハッ! グアッハッ! ゴホゴホゴホゴホ、ゴッホンッ! 」

「シンシア! もう食べている時は食べる事に集中しないからぁ~」

 考え事をしながら食べていたせいで気管に何かを詰まらせてしまったシンシアは隣席の令嬢に背中を叩いて貰いながら思ったのである。

────死ぬかと思ったのですわ…… んでも、私決めましたわ、何としてもレディー・アメリアとお友達になって見せましてよ! そして、っっっ!

「ゴボァ! ゲフゲフゲフッ! くあっ! ゲェーホッ! ゲホゲホゲホッォォォ! 」

シンシアはこの日二回目の臨死体験をしたのであった。


 翌日朝、学園が貴族街と一部の商会街を周らせている送迎馬車から降りたシンシアは、普段ガランとしている馬車置き場に止められた豪奢ごうしゃなカブリオレの存在に目を見張る事になる。

 馬車の周りで何やら作業しているフットマンは六人、シンシアの家であるタギルセ家のカブリオレに付いて走るフットマンは父アーロンの御出ましであっても三人である、それなのに六人……
 なるほど、これが辺境伯以上の力、王侯貴族の正しい姿なのだろう、否が応でも思い知らされてしまうのであった。

 そもそも、侯爵と言う身分の人間が立場の境無く学びを求めて通う学園、王立学園に来るという事が異常な出来事なのである。

 学園は王国の歴史と武術や魔法の基礎、後は一般的な教養のたぐいを学ぶ場所である。
 市井しせいの教育機関である教会と比すれば教育のレベルは当然高い、しかし高級貴族のそれと比べればあくまでも、被支配層の範疇はんちゅうの内である。

 無論、官僚としての役目が期待される子爵以下の下級貴族と違い、領地の運営と内政の中心にも関わる伯爵位であっても高級貴族と同様に家督かとくを継ぐ子息を学園に通わせることはあり得ない。
 先日シンシアとの婚約が決定したダキア伯爵家の次男、ストラスも学園では無く自領のやしきでガヴァネスや配下の専門家たちを合わせた教師団による授業を受けている。
 王子や王女、公子と公女も同様に王宮や公爵家で専門性の高い教育を受けている為に学園で学ぶことは無い。
 広大な領地を有する侯爵家や辺境伯家は自領内に個別の教育機関を有している事も有るが、基本的には王家や公爵家と同様である。

 理由は簡単、王家や公爵家では帝王学や王国の正史、加えて社稷しゃしょくまつり、時に人々からある種の信仰対象となり得る言動と立ち居振る舞いを学ばなければならず、侯爵家や辺境伯家では自分の領地の特産、習俗、気候、人々の気質に沿った学問を習得する必要があるからだ。

 海に面していない領を継ぐ者には漁獲の知識は不要であり、鉱山を有していない土地の領主に採掘に係る教育は無駄とは言わないが余剰な教養の域を出ないだろう。
 王国内とは言え、所謂いわゆるカルチャーギャップが存在しているのだから、自然求められる知識も違ってくるのである。
 カルチャーの元々の意、『農耕』そのものが違っているのだから当然だ。
 つまり、国内最大の領地を有するバーミリオン侯爵家の令嬢が学園に来る、それは破格の珍事だったのである。

 シンシアは豪華な馬車をチラチラ振り返りながら、その事を改めて感じてしまうのであった。


 その朝の教室内は何とも言えない静けさに包まれていた。
 昨日は噂や軽口で編入生の事を話題にして来た物の、シンシア同様あの馬車に度肝を抜かれてしまったのだろう。
 静寂のまま教授が登壇し、バーミリオン侯爵令嬢に入室を促すと、全身朱色で統一した美しい少女が生徒たちの前に進み出る。

「皆さんごきげんよう、私はアメリア・バーミリオンですわ、バーミリオン侯爵家の娘でしてよ、どうぞ仲良くなさって下さいませ」

 ローブのすそ僅かわずかに摘まみ上げ、まるで大人の淑女しゅくじょの様な美しい礼をして見せた美少女にシンシアの目は奪われたのである。

────す、素敵っ! 想像していた何倍も素敵なのですわ! 絶対お友達にして頂かなくては…… いいえ立派な取り巻き、腰ぎんちゃくを目指すのですわ!

パチパチパチパチパチ

 廊下から数人の打ち鳴らす拍手が鳴り響く。
 ちらりと見るとアメリア嬢のお付きだろう、ナース服の少女とフットマンの少年、執事見習いっぽい男性と同い年位のメイドの四人が涙ぐみながら猛烈な勢いで手を叩いている姿が見えた。
 つられて手を叩いて迎える生徒たちの中で、シンシアは一人立ち上がって目一杯上に腕を伸ばし、スタンディングオベーションでアメリアを歓迎したのである。


 三年が過ぎ、シンシアは十三歳になった。
 この三年間のシンシアは正しく、『アメリアの腰ぎんちゃく』であった。
 どこに行くにも後ろを付いて回り、馴れ馴れしくアメリアに話し掛ける者が居ようものならば、その身をていして庇いかばい防ぎ口汚くののしって撃退し彼女に近寄ろうとする不埒ふらちやからの試みの全てを打倒して来ていたのである。
 故にアメリア嬢の友人と呼べるのはシンシアのみ、唯一の例外が父親と一緒にバーミリオン家に出入りしていたクリス・ポンダーだけであった。

 同級生との友誼ゆうぎを阻止され続けていたアメリア嬢であったが、して気にする風でもなく、シンシアだけと語り合い楽しそうに学園生活を送っていたのである。

 アメリア嬢は勉強もその他の事も抜きんでて優秀であった。
 そもそもが武闘派のバーミリオン家の血を継いでいる上に、物心ついたばかりの頃から厳しい教育を受けて来ているのだから当然の事である。

 シンシアは自分の特別な友人が、能力も特別なのだと思うと何故だかとても誇らしく感じていた。
 そのせいだろうか、いつしか言葉遣いも態度や所作も、どこか卑屈ひくつな感じに変化して行ったシンシアは、知らない者が見ればアメリア嬢の小間使いなのだろうか? そう思う程の変貌へんぼうを遂げて行ったのである。

「アメリア様、お誕生日おめでとうございますわ、あの、これなんですけど、その、良かったらお使いになって下さいませんか? お気にいらない場合は捨ててしまって構いませんので…… い、如何いかがかしら? 」

「まあ、誕生日を覚えていてくれたのですか、シンシア、私とっても嬉しくてよ! それに、なんて素敵な髪飾りですの! 早速使わせて頂きましてよ! どうかしら、似合って? 」

「ぐすっ! 有り難うございますアメリア様、もう何も思い残す事はございません…… ぐすっ! 我が人生に悔いなしっ! さようなら」

「っ! なんでですの? シンシア? これって使ってはいけなかったんですの? ええ! どうすれば……」

 こんな調子であった。

ちなみにアメリアからのお返しのプレゼントはバーミリオン領の特産品であるルビーのであった。
 朱色のリボンが巻かれた、拳ほどもあるごつごつした石を渡されたシンシアは思った物だ。

────でかいですわ、しかし原石で来るとは…… やはり私達とは感覚自体が違ってらっしゃるのですわね、素敵!

「その原石から採れたルビーで左右の髪留めが沢山出来ますわ! シンシアの髪型は栗っぽくて可愛らしいから、お好きなデザインに加工出来るように、原石の方が使い勝手が良い、そう思ったのですわ! 」

「え、か、可愛い、ですの? 」

 シンシアは赤面しながら左右に分かれ幾重にも纏めまとめられて提げている自分の栗色の髪に触れるのであった。

 数週間後、登校して来たシンシアの格好はグリーンのストマッカーに渋皮のようなジューブ、ローブは鮮やかな黄色、所謂いわゆる栗の実色でまんま、栗人間の様であった。
 自家の紋章に似た色構成という事も有り、父アーロンがシンシアの我儘わがままを聞いてくれて仕立ててくれたのであった。
 アメリアの物に比べるとやや控えめではあるがパニエで膨らませた大人用のドレスをついに手に入れたシンシアは有頂天であった。

 クラスを見渡しても本式のドレスに身を包んでいるのは、憧れのアメリアと自分の二人だけなのである。
 周囲の令嬢たちの羨ましそうな視線がやけに心地よく感じた物だ。
 いい気分のままシンシアはアメリアに話し掛けた。

「アメリア様、週末に私のやしきで誕生日のお祝いを催しもよおしますのよ、是非ご出席頂きたいのですけど? 」

「まあ、お祝いですのね、それならば喜んで────」

晩餐ばんさんの後は舞踏ぶとうの場も用意してありますの! 他家のご子息ご令嬢も沢山集まりますのよ」

「…………残念ですけど、シンシア、私は出席できませんの…… ごめんあそばせ……」

「えっ……」

「……」


 誕生祝い当日、会話の通りアメリアはやって来てはくれなかった。
 一縷いちるの期待を込めて招待状を送ったシンシアの望みが叶えられることは無かったのだ。

 シンシアは元気が出なかった。
 大好きなアメリアが来なくてガッカリしていた事は間違いなかったが、原因はそれだけでは無かった。
 普段病一つしたことが無かったシンシアが、この日は朝からどこか熱っぽくて風邪らしい症状に襲われていたのである。
 原因は不明であった。

訪問客達の祝いの言葉に笑顔で返礼をしながらも、どこか放心していた彼女の耳に二人の男性の声が入って来たのだ。

「レディー・シンシア、お誕生日おめでとう、エマの話の通り可憐な令嬢だ、なあ、トム」

「本日はお招き頂きありがとうございます、確かにお美しい、エマが友達に選ぶはずだね、カティ」

 シンシアは二人の男性、赤の髪と黒の髪を持った大男達を交互に見ながら言った。

「エマ? って、まさかアメリア様の事ですの? お二方は一体? 」

赤い長髪を後ろでまとめている貴族然とした男性が答えた。

「名乗りが遅れましたな、無骨者故お許しください、私はスコット・バーミリオン伯爵です、エマ、アメリアの叔父と言った方がお判りかな? こっちは同じく伯爵のトマス・スカウト、我が家の家令ですよ、レディー・シンシア」

赤い大男はアメリアの叔父と名乗り、黒い大男は優し気に頷いていた。
 シンシアが驚きの表情を浮かべているとスコット伯爵が言葉を続けて来た。

「一度お会いしてお礼を言いたいと思っていたんだ、エマと親しくしてくれてありがとう、家族以外では貴女はアメリアの初めての友達なんだよ」

「え」

「その通りです、家中の者の事以外でエマ様が楽しそうにお話になるのはシンシア様との事ばかりです、私からもお礼を…… 感謝いたします、シンシア様」

「わ、私の話を…… アメリア様が……」

 シンシアはビックリであった。
 腰ぎんちゃくとして、配下の様にアメリアに付いて回っていただけの自分の事を、友達だと家族に言ってくれているだけじゃなく、学園で自分と経験した話を楽しそうに話してくれているとは、完全に慮外りょがいの出来事である。
 驚き過ぎて返事も出来ずにいるとスコット伯爵が話し掛けて来る。

「これからもずっと友人で居てくれれば叔父として嬉しい事この上ない、どうかよろしくお願いします、なあトム」

トマス伯爵が答える。

「ああカティ、その通りだね、シンシア様、今後もエマ様の事をお願いします、仲良くしてくださいませ」

シンシアは無言のままコクコクと頷いてしまっていた。
 ややはした無かったがその事に気が付く事も出来ないまま、先程から感じていた疑問を目の前の二人に対して投げ掛けたのである。

「あの、お二人はご友人の様にお話されていますけれど…… 伺ったお話では主家と寄り子のご関係ではございませんの? 上下関係にあると思うのですが…… まるで、そんな様子には見えませんわ、何故ですの? 」

 この子供らしい質問には主家側に当たるスコットが満面の笑顔を浮かべて答えてくれた。

「ははは、確かに上下関係と言うより友達にしか見えないでしょうね、仕方が無いのです、長い年月一緒に過ごして来たのですからね、お互いの能力を認め合って居りますし、尊敬し合ってもいるので正しく友人と呼ぶのが正しいのでしょうな、でも良いんですよ、周りに奇異に見えたとしても、我々自身がこんな関係で良しとしているのですからね」

「まあ」

並んだトマスが笑顔で肩をすくめて同意を現していた。
 驚くシンシアにスコットは言葉を続けた。

「アメリアと貴女にも我々と同じような友情が続いてくれれば、そう願っていますよ、レディー・シンシア」

「っ! は、はいっ! 」


 その日から、シンシアの猛特訓の日々が始まったのである。
 勉強も運動も武術も魔法も、それだけでなくレディーとしての慎みや立ち居振る舞い迄、アメリアと比して見劣りしない、共に並び立って恥じない令嬢になる為に、一心不乱に取り組みだしたのである。

 父アーロンに無理を言って家庭教師を何人も雇ってもらい、手本とするアメリアの行動も熱心に観察し模倣を繰り返した。
 アメリアが試験でトップになる度に、人目もはばからずに自身の不甲斐なさに悔し涙を流して嘆くのであった。

 しかしどうやっても、どれ程の努力をしようが大好きな友達に並ぶ事は出来なかったのである。
 シンシア自身は知る由も無かったが、将来の為に、アメリア自身も彼女と同様かそれ以上の訓練を課されていたのだから当然なのだが……

 豪奢ごうしゃなカブリオレから主人であるアメリアの手を牽いて地面に導いた青髪のメイドが呟くのだった。

「今日も相変わらずお嬢様に絡んで来ていましたね、あの栗、だんだんヒキガエルに見えてきましたわっ! 」

アメリアは答えた。

「ええ、一体どうしてしまったのかしら? 以前はあんなに優しかったと言うのに…… もう昔の様に仲良くは出来ないのかしら……」

 こんな会話が為されている事など露ほども知らないシンシアは今日も必死の努力を繰り返すのであった。
 いつの間にか自分がアメリア以外の令息令嬢が決して届かない高みに有る事を気が付かないままで……
 腕力さえも……
 苦しい時にはアメリアがくれた原石を握りしめて勇気を振り絞るのである。

 後にアメリアの『陽光の令嬢』と対となる『月光の令嬢』と呼ばれる少女は、この夜の美しい月を愛でる事も無く、彼女が籠ったタギルセ伯爵家の一室には真夜中まで煌々こうこうと照明が灯され続けるのであった。

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