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堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~

第一章 悪魔たちの円舞曲(ロンド)
91.モラクスの囁き

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『お前の望みを叶えてやろう、漆黒の美しい獣よ』

『……誰? ……何処にいるの?』

『我はどこにでも存在する、待っているが良い、今すぐお前の所へ赴き助けてやろう…… 力を欲するのならば、我を受け入れるが良い』

 秋日影は誰とも分からないその声に、すがるように頷いて、声の主を受け入れる事に決めるのであった。  

 同意の意思を深層で受け取った悪魔、モラクスはゆっくりと秋日影の精神へ侵食を開始した。


 翌日、コユキが善悪に対して、偽メリーを気取っていた頃、秋日影は自我を保ちながらも、その内面は既にモラクスの魔力で満たされていた。

 組合の家畜運搬車が横付けされた牛舎の中、秋沢明と組合員の二人が秋日影を移動させるために、肥育ゲージのパネルを開けた時に変化は起こった。

 ヴァヴォォォォォ!

 とても牛の物とは思えない、身の毛もよだつ様な怒声をあげ、秋日影だった物は立ち上がった。

 四足では無く、後ろ足二本で人間の様に直立したのである。

 驚いて、立ちすくむ秋沢明の前で、徐々に姿を変化させて行く秋日影。

 左右に伸びていた角は前方に向き直り、より長く鋭く形状を変えたそれは、まるで御伽噺おとぎばなしに描かれる鬼の角の様だった。

 肉体は肥大化した筋肉に包まれ、漆黒の上半身は人型に近く、前脚は最早、腕と呼ぶのに相応ふさわしく、ひづめ強靭きょうじんな爪を持った五指へと変化していた。

 唯一牛のなごりが見て取れる所といえば、後ろ足のすねから先の部分、それ以外は尾を残すのみであった。

 顔つきも、牛のそれとは大きくかけ離れ、一見人間に似てもいたが、赤く光る瞳と鋭く伸びた牙の存在が、両者は全く異質な物だと見る者を納得させていた。

 何より人間とはサイズが違っていたのだ、優に三メートルを超えた巨体は、それだけで周囲に強烈な圧力を与え続けていた。

「秋沢さん、逃げんと!」

 その場で小刻みに震え、逃げる事も忘れて立ち尽くしている明に声を掛け、牛舎の外へと逃げ出す男。

 我に返った明もその後を追い、牛舎の扉を閉めようと振り返った時だった。

 化け物の赤い瞳がこちらを凝視しているのが、はっきりと見えたのだが、それは見慣れた秋日影の人懐っこい物とは似ても似つかなかった。

 そこから逃げ出しながら、彼、秋沢明は正しく理解した。

 アレは秋日影が変化した物では無い、秋日影は既にアレによって奪われてしまった、変えられてしまったのだと。

 逃げ出した先には、謎の巨漢、プロレスラーだろうか、がいた。

 明は思わず叫んだ、

「ウチの牛が化け物にされちまったんだ! 秋日影が! 俺らも逃げるから、あんたも早く逃げなきゃ!」

 すると、巨漢が落ち着いた口調で言葉を返してきた、

 その子はアタシが助ける、と……

 アイツを倒してね、と……

 秋日影の命は助からないかも知れ無いし、助かったとしてもどの道出荷されるだけだろう。

 でも、この太った人は言った。

 秋日影で無く、アイツを倒すと。

 恐らく、アイツとは秋日影を奪った相手の事だろう、そう明は感じていた。

 せめて秋日影の体からアイツを追い出して欲しい。

 ここまで頑張って来たアイツの二十四ヶ月を無駄にしたくない。

 最後まで肉牛としての生を全うさせてやって欲しい、そう願った時、自然に言葉が出ていた。

「頼む。 あの子をアイツから解放してやってくれ」

 その言葉に巨漢、コユキは進めていた歩みを止めると振り返り黙って明を見つめた。

 その視線の意味を一瞬で理解した明は、コユキに向かって言葉を続けた。

「分かった! 無事出荷できたら、利益の一割、いや二割があんたの取り分だ! それでいいだろう?」

 コユキはニヤリと笑って返した。

「そんなの、いらないわよ」

 そう言い終えると向き直り、

回避の舞いアヴォイダンス

 残像を残しながら化け物へと肉薄していった。


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拙作をお読みいただきありがとうございました!

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