往復書簡_選外_表紙

『往復書簡 選外』(20) ラララ、オーケストラ【小説】

 ほんの少しだけ昔の話。
 知恵遅れのフルート吹きが、朝の散歩で大統領と知り合った。
 朝もやの中から流れてくるとんちんかんな音色。心をくすぐられた大統領は、フルート吹きを自分の楽団に招き入れた。
 大統領の楽団は、誰も知らない秘密の楽団。光の届かない新月の庭で、大統領は自分の為だけに演奏会を開く。フルート吹きは大喜びでオーケストラに加わると、得意顔でとんちんかんな音色をまき散らした。楽団員は何とも言えないしかめっ面。指揮者はタクトを振りそこね、お立台から落っこちかけた。
 フルート吹きはご満悦。バイオリンにちょっかいを出し、ビオラの間を駆け抜けて、トランペットに手を突っ込む。ピアノの鍵盤に飛び乗って、ティンパニーで飛び跳ねて、トライアングルをぎゅっと掴み、夜空に向かって放り投げる。
 オーケストラはめっちゃくちゃ。指揮者は頭に血が昇り、長い白髪を振り乱して、フルート吹きを追いまわす。
 大統領はそれを見て、お腹を抱えて大笑い。こんなに楽しい演奏会はどうして生まれて初めてだ。口を空けてた楽団員も、一人二人と笑いだし、フルート吹きに誘われて、とんちんかんな音を奏でだした。
 お屋敷の庭は、笑い声と狂った音楽に満ちていた。大統領はいてもたってもいられなくなり、重いお屋敷の門を開け、街の人々を呼び込んだ。
 さあ踊ろう、さあ唄おう。拠り所のないメロディは、明後日の方角に流れ出す。
 饗宴は一晩中続き、街の中はとんちんかんな出来事でいっぱいになった。老いも若きも男も女も、犬も猫も馬も羊も、千鳥足のようなステップを踏んだ。たまたま来ていたテレビクルーが、その様子を電波に変えて、国境の向こうに飛ばしていった。ニュースを見ていた世界中がとんちんかんな音楽の虜になった。
 あれよあれよという間に、大統領の楽団はスターダムを駆け上り、レコードが星の数ほど作られていった。大統領は有頂天。テレビカメラがやってくる度に、口ひげをいじってインタビューに答えた。フルート吹きは相変わらず、音楽が鳴ればオーケストラの間をはしゃぎまわった。指揮者はもう疲れ果て、台の上に座り込んでいた。
 やがて運命の日がやってきた。大統領の楽団は、飛行機に乗って旅立とうとしていた。ニューヨーク、ロンドン、パリ、ローマ、ペキン、トウキョウ、リオデジャネイロ。世界中の人々がとんちんかんな楽団を心待ちにしていた。大統領はタラップの上から振り返り、見送りの人々に手を振った。知恵遅れのフルート吹きは、嬉しくなってところ構わずフルートを吹いた。指揮者がやめろと小突いても、決してフルートを手放さなかった。フルート吹きは飛行機の中でもとんちんかんな音楽を止めなかった。
 雲を抜け、空を超え、機影が海の上を滑り出した頃、大統領は小さな窓から、エンジンが火を噴いているのを見つけた。声をあげた次の瞬間には、飛行機の上と下が逆さまになった。恐怖の叫び声が機内に響いた。楽団員達は神様に祈り、指揮者は青ざめたまま頭を抱えていた。フルート吹きだけは楽しそうに、いつまでもとんちんかんな音楽を奏でていた。飛行機はきりもみしながら迷走し、あてもなく航路を外れ、やがて頭から海へと突っ込んでいった。
 激しい水柱が収まった後、飛行機はばらばらになって浮かんでいた。大統領の楽団は誰一人として助からなかった。彼らの楽器だけが海面にぷかぷかと浮かんでいた。それは波間に漂う無人のオーケストラのようだった。ただ、あのフルートだけはどこにも見当たらなかった。その辺りの海の底から時折小さな泡が立ち上り、はじけたところでとんちんかんな音色が聞こえた。


文 / 岡本諭

表紙 / 仲井希代子(ケシュ ハモニウム × ケシュ#203)

*『往復書簡 選外』とは… 仲井陽と岡本諭、二人の作者が2014年から1年間に渡ってweb上で交互に短編小説をアップしあう企画『往復書簡』から、様々な理由で書籍化されない「選外作品」ばかりを集めたスピンオフ企画です。

書籍化された『往復書簡 傑作選』は、学芸大学にある本屋「SUNNY BOY BOOKS」さんと中野ブロードウェイ3Fにあるタコシェさんでも取り扱って頂いております。是非お立ち寄りください!

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