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ひとり出版社という挑戦。——『さよならデパート』ができるまで(5)

出版社をつくるのは簡単だ。
「出版をやります」と宣言して、本を刷ってしまえばいい。
本を刷るのだって、極端な話、自宅のプリンターとステープラーがあればいい。手書きでもいい。資料としての価値は変わらない。

ただ、書店さんには置いてもらいにくいだろう。
そこで、パソコンで仕上げた原稿を印刷所に納品することになる。
大事なのが「日本図書コード管理センター」への登録だ。なぜか。

本を裏返すと、ほとんどは2段のバーコードが配置されている。「ISBN」と先頭に書かれた数字の羅列もある。
これらの読み方を知ると、その本の価格やジャンル、その出版社が何冊目に出したものなのかも分かったりする。これを取得するために、センターへの登録が必要なのだ。もちろん、費用がかかる。

書籍用コードがなくても、一応、書店に並べてもらうことはできる。『キャバレーに花束を』がそうだった。ただし流通面ではかなり不利だ。地元書店以外で、迎え入れてくれるところはほとんどないだろう。コードがないことで、互いに商品管理の手間が増えるからだ。

出版を生業としようと決めた以上、わざわざ販路を狭める選択はしたくない。私はコード取得の準備を始めた。

これで出版社が出来上がる。
世にいう「ひとり出版社」だ。
本に限らず、商品は関わる人が増えれば増えるほど、たくさん売るか値段を上げるかしなければ成り立たない。
逆に言えば、ひとりで作れば少ない実売でも採算が取れるということだ。こうすることで、大手が扱おうとしないテーマの作品を出版できるのではないか。そう考えた。

自分で書く。編集もする。表紙の絵も描く。
弱点はたくさんあるだろう。ひとりでは刊行ペースが遅くなるし、多くの人が関わったものはそれだけ作品に対する「信用」がつくのも事実だ。

それでもひとりで行こうと決めたのは、11年間料理店を営んできた経験があったからかもしれない。
有名な店で修行をしたわけでもなく、知られたチェーン店というわけでもない。イベント会社を辞めて、資金も経営の知識も空っぽで起業した。

だから初めの頃は不手際もあっただろう。営業初日なんて、お客さんがゼロだ。
でも少しずつ生活ができるようになり、家族を持てるようにもなった。
生の現場で経験を積み、鍛えられていったからだ。

——まずは世に出てしまおう。
甘いと怒られるかもしれないけども、私の場合はそんな生き方が合っているようだ。

実際は、社内に出版部を立ち上げるという格好になった。「社内」といっても、私ひとりの法人なのだけど。
私の会社は「傑作屋」という。
出版部にこの名前は使えないなと思った。

「料理や食品の傑作を作っていこう」という意味だったが、さすがに本に「傑作」と自らうたうのは重い。
「世界じゅうの人が号泣するチャーシューメン」とのれんを掲げた店があっても、誰も入らないだろう。いや、入るのか。
ともかく、出版部については別の名前を付けることにした。

出発だ。
店を休業し、出版社をつくると決め、図書館で資料を探り始めた。

そうなってみると、何だか恐ろしかった。
まだ書いてもいない文章を、たくさんの人に批判される想像ばかりした。
気が大きいのか小さいのか分からないが、割と大胆な行動をしておいて、ささいな心配事は尽きない。40年くらいずっとそうだ。

買い出しに出掛ければいつも、店が何らかの理由で燃え盛っている気がする。ガスの元栓は閉めただろうか。店の外の灰皿を誰かが使っていたりはしないか。火の魔法とか使える人が通りかかるんじゃないか。
車を駐車場に止めると、また何らかの理由で勝手に発進するんじゃないかと考える。何度も振り返り、それでも気掛かりでレバーの位置を確かめに戻ったりする。

そんな性分が、今回も大いに活躍した。
図書館や古書店に通って資料を収集しながら、自らの作品が非難にさらされる映像を脳内で繰り返した。

それでも足を止めなかったのは、やはり楽しさが勝っていたからだろう。
大沼の周辺に眠る物語は、それほどまでに魅力的だったのだ。


すみません。
5回に1回だけ宣伝をさせてください。

謎の火事や車の急発進に怯えながら、それでも渾身の力を込めて書いたノンフィクションです。

『さよならデパート』全国書店にて発売中
在庫のない書店でも取り寄せが可能です
Amazon・楽天ブックスなどでも販売中

本体定価:1800円 + 税 / 304ページ 
ISBN:978-4-910800-00-4
発行:スコップ出版 流通:トランスビュー 


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