しあわせのデザイン
「中小企業のためのデザイン経営」をテーマとして、様々な「デザイン経営」を実践する経営者をお迎えし、ご経験をもとにしたトークをお届けしてきた「DESIGN-DRIVEN MANAGEMENT SEMINAR」。
それぞれ異なるテーマではありながらも、単なるビジネスや経営手法ではなく、これからどんな世の中になっていくのか、その中で日本や日本企業はどんな価値をつくっていけばよいのか、という深く本質的なお話ばかりでした。
デザインを色や形といった意匠として捉える人もまだまだ多く、デザイン経営はとっつきにくいもの、自分とは関係のないものと敬遠されがちです。
今回、日本を支える中小企業の方々が身近なものとして捉え、実際にアクションを実行してもらうために、これまで私たちが探究してきたことをもとに、できる限りわかりやすく、本質的な「中小企業のためのデザイン経営」について解説します。
DESIGN-DRIVEN MANAGEMENT SEMINAR #特別編
デザイン経営は中小企業を幸せにするか
2021年3月30日(火)17:00-18:30
<登壇者>
特許庁 デザイン経営プロジェクトCDO補佐官 兼 審査業務部長 西垣淳子
KESIKI INC. Partner, Design Innovation 石川俊祐
KESIKI INC. Partner, Narrative / Community 九法崇雄
「そもそも」を問い直す
九法:さて、11月から5回のイベントを開催してきましたけれども、どの回もとても個性的な経営者の方々ばかりで、毎回印象深かったですね。課題もデザインアプローチもそれぞれ異なり、「デザイン経営」とひとことでは表せないほどの実践の広がりを感じられました。そもそも、おふたりが「デザイン思考」や「デザイン経営」の必要性を感じたきっかけはどこにあったのでしょうか。
石川:そうですね。僕はデザイナー出身ですが、優れたデザイナーが持つ「観察力」や「人の気持ちを捉える力」がビジネスや経営の中に取り込めていないことへの課題感からでした。これまで、デザイナーは「言葉で説明する」ということをトレーニングされてこなかったのですが、ビジネスではその必要が出てきました。
西垣:私は以前、製造業のデジタル化のプロジェクトを担当していた時、「何のためにデジタル化するのか」ということを考えなければと感じたのがきっかけでした。とにかくITを導入しなければということが先走っていて、そもそもどうなりたいのかという目的がなかったんです。こうしたことを問うことが、デザイン思考やデザイン経営の本質ではないかと。
石川:メーカーの中でも、とにかく機能や性能をアップデートしていくことが優先されて、「そもそも」を問うことができていないことに焦りがありました。本来的な「問い」の意味とは、人間の生活を考えたり、潜在的なニーズをきちんと捉えて、自分たちなりに解を見出すことです。それができるようになるには、どうしていったらいいのかを考えていました。
九法:その頃に比べて、経営者の中に「デザイン経営」の考え方は広まったように思われますか。
西垣:「デザイン経営」という言葉を知ってる人は増えましたね。でも、お客さんやユーザー目線のものづくり、とは言いながら、実際は目の前のBtoBの取引先しか見ていなくて、エンドユーザーは見れていないことも多いなと感じます。
九法:「パーパス」が大事だということはこれまでの議論の中でもでてきましたね。今年度、特許庁は、私たちKESIKIと一緒にミッション・ビジョン・バリュー(MVV)を作ってきて、近く公表する予定ですが、西垣さんにその苦労をお聞きしたいと思います。
西垣:大変でしたね(笑)。一番のハードルは、問いかけのあり方を見直すというところだったように思います。経済学者のセオドア・レビット博士の有名な格言に「ドリルを買いに来た人が欲しいのはドリルではなく穴である」という言葉がありますね。
特許庁が常に掲げていたのは、「速く正確な審査をする」ということでした。でも、問い掛けを見直せば、特許庁に来ている人は「特許が欲しい」のではなく、「その技術を強みとして市場で価値を高めたい」わけです。
今回、そのことに真摯に向き合い、「ひとりひとりが、イノベーションに向かってクリエイティビティを発揮したくなる社会」というミッションに行き着きました。「ユーザー」は出願人だけではなく、「クリエイティビティを発揮したい」と思っている人全員。私たちが世の中に提供する価値を見つめ直す良い機会になったなと思っています。
社員が朝起きた瞬間からワクワクしているか
石川:個人的な問いと会社のMVVが結びついている必要がありますよね。それが自分ごと化されるにはどういう問いに落ちるんだろうということを、想像する。自分がこの会社で働いている意味、企業としても経済性だけではない美意識が必要とされる時代になっていますよね。
九法:「デザイン」は相手を考えることと、自分を掘り下げることの表裏一体ですよね。
石川:僕は、デザイン経営で一番大切なのは「美意識」だと思います。エンドユーザーに共感してもらいたいと考えたら、それよりも前にもっと身近な存在としての社員が会社に共感しているという自然な状態があるべきです。
そうすると「社員が朝起きた瞬間からワクワクしているか?」という、ごくシンプルな問いかけに行き着きます。なぜここでこの人と働くのかということを考え直す時代の中で、社会的・文化的な側面も含めた「会社の理念」が、デザイン経営の最も大事な部分なのかなと思います。
西垣:ユーザーの求める価値を提供するために、ユーザーアンケートを取って必要だと分かったものを作りました、というだけでは「デザイン経営」とは言えませんよね。まずは、自分たちが提供したい価値が、しっかりと会社の中にあるかどうかを見極めることがとても大切です。
たとえば、遊具メーカーのジャクエツさんは、公式サイトを見ても「未来は遊びの中に」と伝えていて、“遊具メーカー”とはどこにも書いていません。提供する価値に共感してくれるユーザーが彼らにとってのユーザーであって、遊具を欲しい人として見ているわけではないのだと感じます。
九法:ジャクエツさんは、本社の隣に幼稚園を作ったり、外部デザイナーとコラボレーションする研究所を置いているんですよね。そうすることで、常に自分たちのフィロソフィーを「問い直す」ということを仕組み化しているところが素晴らしいなと思います。
石川:本来の事業って、アウトプットの前にビジョンや価値観があって、それを達成するためにサービスやモノをつくる、というのが自然な順番ですよね。それが、言行一致している状態です。
実験するための余白をつくる
九法:デザイン経営を実践する上で、大企業と中小企業の違いはありますか。
西垣:大企業だと、経営的な余裕があるのはいいですよね。ただ、担当者や責任者がつけられてやっていくので、社員全員の意識改革がなかなか難しいことも多いです。
一方、中小企業は、経営者がどういう理念をもっているかを共有しやすく、それに共感して入ってくる人が多い傾向にあるので、デザイン経営の考え方を取り入れやすいのではと思います。
九法:規模が小さいからこそ、転換しやすいということですね。
西垣:そうですね。でも、「失敗してもいいからやってみましょう」とは言うものの、中小企業にとっての「失敗」は、会社自体の存続にも関わります。まずは、実験するための「余白」を作って、今までやってなかったことをやってみてユーザーの反応を見てみるというところから始められるといいですよね。
石川:特に大企業だと、いわゆる「イノベーションの出島」をつくる必要がありますよね。今までとちがう働き方や意思決定の仕方、アジャイルにアイデアを形にしていく、ということをやってみないと何も学べません。全体を一気に変えていくのは難しいので、どこかで一点突破するほうが早いと思います。
九法:そうですね。今回特許庁さんと一緒につくった「中小企業のためのデザイン経営ハンドブック」を見ながら、どこだったらできるか、やりたいかを考えるところからはじめてもらいたいなと思います。
西垣:課題と入り口を結びつけたのが新しいですよね。最初は、課題と解決方法が飛躍しているように見えるのですが、ひとつの道標みたいなものだと思います。過去からアイデンティティを掘り下げてもいいし、ビジョンとしての未来を妄想してもいい。どこからでも始めてもいいし、全部やる必要はないんです。
石川:経営者だけでなく、社内の誰かひとりの異常なる情熱からスタートすることも多いです。経営層全員の意識を変えるよりも、自分で動いてみようという人がでてきたり、勝手に成功事例を作ってしまうようなことが起こっていくといいですね。
西垣:きっかけはなんでもいいんですよね。「なでしこ銘柄」や「ESG投資」などが出てきたのもいい流れです。消費者も買い物をするときに、社会的な価値を求めるようにもなってきて、そこから企業も変わっていくのかなと思います。
九法:パタゴニアが環境問題を訴えかけているように、企業がメディアのような側面をもって消費者を啓蒙していくということもあるかもしれません。双方が影響し合うんでしょうね。自分を知ることと相手を知ること。これがデザイン経営の本質だとすると、その考え方はどんな企業にとっても必須になってくるんだと思います。
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トーク全容を聞きたい方は、下記リンクより、ぜひアーカイブ動画をご視聴ください。
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企業活動の始まりは、「誰かを助けたい」「社会を良くしたい」ということだったはず。ただ、企業の規模が大きくなってきたり、何十年と時を経たりすることで、会社も社会も変化し、「そもそも」を見失ってしまいがちです。
顧客の幸せ。社員の幸せ。社会の幸せ。
このどれかが欠けてしまっていないか、会社全体で振り返れるような仕組みや文化をつくっていくということが、デザイン経営の本質なのかもしれません。そのため、どこから始めてもいい。いつ始めてもいい。誰が始めてもいい。
「デザイン経営」の捉え方が、よりシンプルになったことで、中小企業経営者の方々の悩みが少しでも良い方向に向かうきっかけになっていくことを願っています。
「中小企業のためのデザイン経営ハンドブック」はこちらからダウンロードも可能です!ぜひご覧になってみてください。
もっと知りたい!悩みを相談したい!という方は、特許庁やKESIKIにお気軽にお問い合わせください。お待ちしております。
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