さよなら、「デザイン思考」
こんにちは。KESIKIの石川俊祐です。
KESIKIは、デザインやクリエイテビティの力で、愛される会社や人にやさしい経済を生み出そうと考えているクリエイティブ・ファームです。
(フワッとしていてわからないよ! と思われる方も多いと思います。ぼくたちがやろうとしていることについては、改めてまた!)
ところで、みなさん、「デザイン思考」と聞いて、何を思い浮かべますか。
付箋を使ったブレストの手法? 拡散と収束を繰り返しながら、アイデアを生み出す方法? イノベーションを生み出すための魔法のメソッド?
ぼくは、デザイン思考の生みの親とも言われるIDEOで、その教えを受け、実践してきました。そして、その素晴らしさを実感すると同時に、ある違和感を抱くようにもなりました。
なぜ、そう思うようになったのか。なぜ、IDEOを辞め、KESIKIを立ち上げたのか。そんな話を綴っていきたいと思います。
IDEOはなぜ、日本から生まれなかったのか?
2014年、ぼくはそれまで5年務めたイギリスのデザイン会社PDDを辞め、IDEO Tokyoの立ち上げメンバーとして東京に戻ってきました。
イギリスでは日本企業やアジアの企業と仕事をする機会が多くありました。そこで感じていたのは、日本企業のデザインに対する意識の低さでした。欧米と比較するとその差は歴然、サムスンやLGといった韓国の大企業と比べても、2周くらい遅れている。まだまだ、デザイン=見た目の綺麗さくらいにしか思っていない企業が大半だったのです。
「おれこそが、日本のデザインレベルを引き上げてやる」
そう息巻いていました。
IDEOは、世界を代表するデザイン・コンサルティングファームで、「デザイン思考」の生みの親とも言われます。アメリカのシリコンバレーに本拠を構え、アップルのスティーブ・ジョブズとともにマウスをデザインした会社としても知られます。
ぼくはIDEO Tokyoのデザイン・ディレクターとして5年間、たくさんのイノベーションを生み出すプロジェクトに携わりました。代表的な仕事に明治の「THE CHOCOLATE」があります。ぼくの率いていたチームが、リサーチ、コンセプト設計、顧客体験のデザインから新組織の提案、マーケティング戦略の立案に至るまでを担当しました。おかげさまで商品は大ヒット。本格チョコブームも生まれました。
IDEOでは、デザイン思考のメソッドはもちろん、クリエイティブな会議の作法やコラボラティブな働き方まで、たくさんのことを学んできました。ありがとう、IDEO。IDEOがなければ今の自分もなかった。感謝してもしきれません。
でも、ここで働いているうちに、ある一つの疑問が浮かんできたのです。
「なんで、IDEOは日本から生まれなかったんだろう?」
デザイナーとしての石田三成
優れたデザイナーに共通する能力の一つに「人の気持ちを読む力」があります。実はこれ、日本人が古くから得意としている能力だとぼくは思っています。
例えば、戦国武将の石田三成。「三献茶」という彼の有名なエピソードをご存知でしょうか。
ここに登場する小姓こそ、石田三成です。このエピソードは、「喉が渇いているときにはごくごくと飲める温度のお茶をだし、喉の渇きが癒えてきたら味わうための熱々のお茶を差し出した小姓の心遣い」を語っています。
この「心遣い」の背景にある能力が、「人の気持ちを読む力」なのです。「観察力」と言い換えてもいい。
日本は自他ともに認める「おもてなしの国」です。おもてなしとは、次の行動を読み、先回りしてサービスを提供すること。そのために、日頃から人の言動を観察する”クセ”が身についているのです。このあたりの話は、ぼくの著書『HELLO, DESIGN -日本人とデザイン-』でも詳しく書いています。ご興味あれば、ぜひ!
さて、話は、「なぜ、日本からIDEOが生まれなかったのか」に戻ります。
これまでお話ししてきたように、日本人の多くは、デザイナーに必要な優れた観察力を備えています。であれば、世界で最もイノベーティブと称されたこともあるIDEOのような会社を生み出せてもいいはず。
でも、そうはいきませんでした。なぜか。クリエイティビティやそれを促す手法が、ものづくりに携わる狭い意味でのデザイナーだけに関係する「特別なもの」で、ビジネスには無縁のものとされていたからです。
IDEOは深い観察をもとに、問いを立て、プロトタイプをつくり、イノベーションを生み出すプロセスをデザイン思考と名付け、パッケージにしました。本来、日本人が得意とすることを抽象化し、メソッド化して様々なビジネスに応用できるようにしたのです。
日本からデザイン思考を生み出せなかったことに、歯痒い気持ちもありました。でも、この考え方の素晴らしさを伝えたくて、IDEO時代、デザイン思考の伝導者として、新規事業をつくることはもちろん、ワークショップや講演も数え切れないくらいやってきました。
そこで、またひとつ疑問が生まれてきたのです。
「そのデザイン思考、おかしくない!?」
さよなら、「デザイン思考」
いよいよ本題です。
ここ数年、日本のビジネスシーンにおいて、「デザイン思考」は急速に広まりました。ただし、広まった大半はカッコ付きの「デザイン思考」。冒頭で書いたように、付箋を使ったり、拡散と収束を繰り返したり、デザイン思考のごくごく一部を切り取って広まっている場合がほとんどなのです。
ぼくはデザイン思考を信じていますし、ぼくたちの会社KESIKIでは、デザイン思考のメソッドを使っていろいろなプロジェクトを手掛けています。
さよならすべきなのは、デザイン思考ではありません。カッコ付きの「デザイン思考」です。ただただ付箋を使ったり、ただただ拡散と収束を繰り返したりする、その「デザイン思考」とは、もう、おさらばしましょう。さよなら。さよなら。さよなら。
デザイン思考と「デザイン思考」。その一番の違いは、先ほどお話しした「人の気持ち」を考えているかどうかにあります。デザイン思考は、イノベーティブな「モノ」をデザインするためのメソッドではありません。心地いいとか、楽しいとか、ホッとするといった、「人の気持ち」をデザインするためのメソッドなのです。
実は、ぼくがIDEO時代に携わった明治の「THE CHOCOLATE」のパッケージデザインは、別の会社が手掛けています。ぼくたちがデザインしたのは、パッケージではなく、チョコレートを食べながら感じる、「ちょっと贅沢」とか「ほっと一息」という気持ち。見えるモノではなく、「見えないモノ」をデザインしたのです。
『星の王子さま』のこの言葉は、あまりに有名ですが、目に見えない「人の気持ち」を大切にしてきたのが、日本人なのです。
ドラえもんの国、ロボコップの国
2017年、ぼくはIDEOを辞めました。そしてボストンコンサルティング・グループでイノベーション事業を手がけるBCG Digital Venturesのヘッド・オブ・デザインを経て、2019年、仲間たちとKESIKIという会社を立ち上げました。
なぜ、辞めたのか。それは、黒船ではなく、日本発でデザインの力で世の中をワクワクさせるようなことをやりたかったから。
ぼくたちKESIKIは、DESIGNING A KIND ECONOMYというミッションを掲げています。日本語訳すると、「やさしい経済をデザインする」。人のやさしさが溢れるようなビジネスをつくり、その輪を広げ、「成長」とか「競争」とかを軸としないこれからの経済のカタチをつくっていきたいと思っています。
KINDは、日本に元来備わっていて、だんだんと失われつつある、でも、これからとても必要になるキーワードだと、ぼくたちは考えています。
日本人のKINDさは、いろんなところに表れています。わかりやすいのがロボット観。
みんな大好きドラえもんは、のび太君がピンチになったとき、いつも魔法のポケットから素敵な道具を出してくれます。困ったときに助けてくれるだけじゃなく、寂しいときには相談相手にもなってくれる。やさしい心をもった、人間のようなロボット。
ドラえもんに限らず、鉄腕アトムも、はたまたペッパーも、日本でロボットと言えば、人間のような見た目と、人間のような優しい心を持った機械です。ドラえもんは猫型ですが(笑)。
アメリカは対照的です。ロボットといえば、ロボコップにしろ、ターミネータにしろ、バイオレンスなサイボーグ。ときにやさしい面を見せることもありますが、基本は冷徹、冷酷です。
あるいは、Amazon Echo。これも、人間と会話をし、人間を助けてくれる機械という意味ではロボットに属するのでしょう。が、もはや人間の形をしていないので、日本人の多くはロボットと認識していないはず。
こうした違いの背景には、人間とロボットの関係性の違いがあります。
欧米では、基本、ロボットは人間に仕える召使い。人間が住む世界をより便利に、より効率的にするため、ロボットは人間に最適化されています。そのコントロールが失われ、ロボットの暴走が起こる、というのがアメリカ映画の典型的なパターンです。
一方、日本では、ロボットは人間に仕える召使いではなく、人間と対等か、ときに人間の成長を促してくれるような存在。のび太はいつも、ドラえもんに諭され、人として成長していきますよね。そこには愛があります。やさしさがあります。
ぼくたちは、ドラえもんの国の住人です。おもてなしの国の住人であり、KINDの国の住人です。このKINDの国から、日本人だからこそできる「やさしいデザイン」を広めたい。そういう思いから立ち上げたのが、KESIKIです。
ロンドン芸術大学でデザインを学び、イギリスやアメリカに本拠を持つ会社で働き、世界中をリサーチで飛び回ってきたデザイナーのぼくが、もう一度いいます。
世界で一番、デザイナーとしての素質を持っている国民。それは、日本人です。
日本から世界へ。やさしさをベースにした会社のあり方や経済の仕組みを、デザインの力でつくり、広げていきたい。
ぼくたちKESIKIのチャレンジが始まります。
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