見出し画像

カルチャーデザイン 06 デジタルの居心地

ひとつのサービスが、新しいカルチャーになる。
Twitterは誰もが情報を受発信できる文化をつくり、Spotifyは新しい音楽の聴き方をつくりました。もちろん、Google、Facebook、Amazonなども、様々なサービスが人の生活文化をつくっています。

一方で、少し流行っても文化としては定着せず、使われなくなってしまうサービスもたくさんあります。どんなにコンセプトが斬新だったり、新しいライフスタイルを提案していたとしても、そのサービスを「ずっと使っていたいか」は別のところにあるのです。

これを空間に例えると、「居心地の良さ」とも言えるかもしれません。そんなに片付いていなくてもついつい長居してしまう友人の家、古い店構えでも何度も行きたくなるバー。一方で、新しくておしゃれだけれど、なんだかソワソワしてしまうカフェもあります。

新しいカルチャーをつくるには、みんなに"長居"してもらう必要があります。そのための「居心地の良さ」は、ひとつのものさしで測れるものではありません。複合的な環境要因から人間が感じ取る機微によって成り立っています。

まだまだ道半ばではありますが、KESIKIがサービスデザインに携わった「NeWork™」の事例から、KESIKIなりの「居心地の良さ」への考え方と実践を紹介します。

はじめての挑戦 X 3


2020年5月。社会は緊急事態宣言下で外出自粛となり、一気に企業もリモートワークへと切り替えた時期。

当時、立ち上げをお手伝いしていたNTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)のデザインスタジオ「KOEL」のデザイナーの方(KOELのプロジェクトストーリーはこちら)から、「ちょっと急なのですが、ある新サービス開発のプロジェクトに関わってもらいたいんです」とのお声がけが。

これまで、通信技術で人々のコミュニケーションの進化を支えてきたNTTグループ。この社会の変化に面し、「NTT Comとしても、リモートワークを支えるオンラインサービスをつくることができるのではないか」という話が持ち上がったというのです。

ただ、オンラインミーティングサービスは、すでにZoomやMicrosoft Teamsなど、グローバル企業が市場を占拠している状況。ただストレートに同じような後発サービスを作っても、既存サービスを越えるのは至難の業です。

さらには、早急に市場ニーズに応えたいという思いから、2カ月ほどの超短期で開発したいという希望が。普段、1~2年かけて開発するNTT Comのスピード感とは桁違いです。しかも、外出自粛期間中でKESIKIもNTT Comのメンバーもほぼ会うことができない。

リモートワークツールをつくること。超短期間で完成させること。フルリモートで開発すること。関わる人全員にとってはじめてばかりの難しい挑戦が、はじまりました。


「何を」の前に「どんなマインドで」

サービス開発にあたって、KESIKIがまずはじめに提案したのが、開発チームが大切にしたい考え方。「何をつくるか」の前に「どんなマインドでつくるか」。これは、サービスにも大きく関わる基盤となります。

開発チームとして集められたのは、実際のエンジニアリングを担当する関連会社なども含め、合計20人ほど。フルリモートが前提の中、バックグラウンドの異なるチームでプロジェクトを進めるのは、なかなかのハードルでした。

NTT Comはこれまでも、様々な会社に外部委託して開発を進めていました。NTT Comの社員が全体の要件定義やディレクションをして、デザインはデザイン会社に、コーディングは関連会社に、マーケティングは広告代理店に・・・といった具合。それぞれ、役割ごとに別々に切り出して委託するというような形が多かったのです。

しかし今回は、業務を部分切り出しするのではなく、関わる全員が「ワンチーム」となって開発を進めることをKESIKIから提案。短期間の開発スケジュールの中で、チーム一体となって常に会話をしながら、手を動かしていく必要があると感じたのです。

「ワンチーム」の考え方をNTT Comの皆さんにも理解してもらい、プロジェクトをスタート。はじめはそれぞれの言葉の使い方などのカルチャーの違いがあり、話がスムーズにいかない部分も多少ありました。しかし、チャットでの細かなやりとりやKOELチームのアシストなどで、使う言葉の定義などをすり合わせ、少しずつ距離が近づいていきます。

また、フルリモートでの開発だったため、オンラインワークスペースのMiroも大活躍。議論やアイデアをすべてキャプチャーし、メンバー全員で共有しながら進めていきました。


大きすぎず、小さすぎない問いを立てる

「ワンチーム」を意識しつつ、最初の2週間をかけてリサーチを進め、コンセプトづくりを進めていきました。

KESIKIが新たなプロダクトやサービスのコンセプトをつくる際、「問い」を起点にします。英語でいうと「How Might We...?」(どうすれば、私たちは...できるだろうか?)の形でつくるところから、HMWと略称を使うこともあります。

画像2

上の図の通り、問いはメンバーの発想を豊かにするためのジャンプ台の役割を持ちます。

NTT Comから初めにお題として出されていたのは、「どんな映像会議サービスをつくればいいか」。このままの形では大きすぎて、チームのアイデアを引き出すことは難しい。そこから、 ユーザーや社会にとっての悩みや課題を解決するための「問い」へと練り直す必要がありました。


ICT分野のスペシャリスト、働き方の専門家、コロナ以前から週5でリモートワークを実践してきたエンジニア……。その道のエキスパートやエクストリームユーザー(極端な実践をするユーザー)へのインタビューを重ね、リモートワークのコミュニケーションの課題を出し合っていきます。

・会議以外の時間に孤独感、漠然とした不安感がある
・上司や部下、同僚が何をやっているかわからない
・ちょっとした相談や雑談がしづらい
・URLを発行したり探したりするのが面倒
・相手のリアクションがわかりにくい
・オフィスにいた時のような偶発的なコミュニケーション機会が減った

こうした議論を踏まえ、メンバーで議論を重ね、問いを立てました。このとき気をつけたことは大きすぎず、小さすぎないこと。抽象的すぎず、具体的すぎないこと。

画像3

当初の「どんな映像会議サービスをつくればいいか?」では、誰の、どんな課題を解決するのかが明らかになっていません。
かといって、「どうすれば、リモートワークするビジネスパーソンに対して、上司や部下や同僚の仕事状況を可視化することで、ちょっとした雑談や相談をしやすい環境を提供できるだろうか?」というような問いでは、具体的すぎる。こうした問いでは、その後メンバーで実現するためのアイデアを議論する際、発散しにくくなってしまうのです。

立てたのは、次の問いです。

どうすればリモートワークするビジネスパーソンに対して、
コミュニケーションのハードルを下げることによって
リアル以上にワクワク働ける環境を提供することができるだろうか?

オンラインミーティングツールを使えば、会議や打ち合わせは問題なくできます。でも、ちょっとした相談や思いつきのアイデア、お互いのことを知る身の上話などはしづらくなり、新しいプロジェクトが生まれなかったり、チームの一体感が失われてしまったり。

実際、このサービス開発プロジェクトでのコラボレーションを円滑にしていたのは、報告や確認だけの会議ではありません。雑談や小さなアイデアを出していくようなカジュアルなコミュニケーションでした。

そうした課題に対し、それを単に解決するのではなく、それを踏まえてリアルを超えるような働き方をどうやってバーチャル上に再現できるか。これからの時代の働き方にどうやって変えていけるか。問いを「人と人が有機的につながり、気軽にコミュニケーションをすることで創造性を発揮できる新しい働き方を提唱するサービス」というコンセプトに昇華し、「NeWork™」というサービス名をつけました。


心地いい色・カタチ・体験

どうすればコミュニケーションのハードルを下げられるか。
リアル以上にワクワク働ける環境をバーチャルで提供できるか。

UI/UXをデザインする際も、問いにもとづき進めていきます。こだわったのは、「誰が働いているか、一目でわかる」ことです。

当初、「バーチャルオフィス」のようなデザインも検討しました。オフィスのようなバーチャル空間があれば、誰が今何をしているかが把握でき、いつでも周りの人に話しかけられます。

でも、上から見たオフィスや会議室をUIとして表現してしまうと、それ以上にはなりません。むしろ、オフィス空間がより強調されてしまい、「働く楽しさ」が失われてしまいかねない。

有機的なコミュニケーションを生むためには、ビジネス感の強い堅い感じではなく、ワクワク感を大事にしよう。そこから生まれたのが、ミーティングルームを「バブル」にするという発想です。部屋としての大きな円形と、個人の小さな円形。それぞれがくっついたり離れたりする様子が、可視化されるデザインにしました。

画像1

インスピレーションになったのは、二つの水滴がくっついた時、ピトッとひとつの大きな粒になる、あの自然現象。そういった有機的なインターフェースにしたいと考えました。

誰がどこにいるかを把握したうえで、気軽なコミュニケーションを促すためには、「話す」「聞く」のハードルをいかに下げるかが一番の肝。現実世界であれば、いま話しかけていい状態なのか、会議に出ているのか、集中して作業しているのか、ということが目で見て分かります。でも、リモートワークではそれが見えないために、余計な慮りが発生し、話しかけづらくなります。そのハードルをなくすため、アイコンの色でその人の状態が一目でわかるようにしました。

画像5

また、「聞く」ハードルを下げるために「聞き耳機能」を作りました。これは、言ってしまえば、自分のマイクをオフにしている「ミュート」の状態と全く変わらないので、普通であれば排除されてしまいます。UIとして別で見せて、「この人はいまは聞くことしかできない」というのを見せることで、その人の“状態”だけでなく、“意志”までもがビジュアルとして見えてくる。これは現実を越えて、オンラインならではの仕掛けです。

画像4

(画像:NeWork™ noteより)

デジタルサービスでありながら、温かみがあり、居心地良く感じられるにはどうしたらいいか。できるかぎり有機的で、心地よい体験が生み出されることを意識して、色や形もディレクションをしていきました。

「人の気配」をデザインする

そうして、デザインとコーディングを並行して進めながら、アジャイルに開発が進み、紆余曲折がありながらもなんとか8月末にサービスβ版をローンチ。社内からは「この短期間でよくやった!」と上々の反応。リリース1カ月で登録ユーザーは1万人を超え、NTT Comのメンバーの予想を遥かに上回りました。

実際にNeWork™をチームでつかっているユーザーの方に話を伺ったところ、こんなコメントが返ってきました。

「明るくてシンプルなデザインがいいですよね。丸いバブルの中にメンバーの顔アイコンが並ぶので、視覚的にも一緒の部屋にいるなという感覚になれます。ルームに出入りする時の音も好きですね。他の作業をしていて画面を見ていなくても、音で知覚できていいなと思いました」(IT企業社長・Aさん)
「家でずっと作業をしていると、オンラインミーティングが終わった瞬間、しんとした部屋に“ひとり”取り残される、あの孤独感が寂しかったんですよね。NeWork™だと、会議室で話した後、執務室に戻る感じ。人がいる気配を感じられて、ああ、この会社で働いているんだなっていうことを感じられるんです」(ウェブデザイナー・Nさん)
何か相談する時のハードルが下がりました。やっぱり、オンラインミーティングに誘おうと思うと、ちゃんと事前に時間とらなきゃっていう意識がありました。『ちょっと話そう』とか『相談しながらデザイン見よう』と言えば、もうNeWork™で話すというのが当たり前になっています。わざわざ『NeWork™で』と言わなくなりましたね」(エディター・Nさん)


今回、KESIKIを含むNeWork™チームが目指したのは、バーチャル上でリアルを超えるワクワクした働き方や、心地の良い仕事の時間を実現すること。私たちの想像を超えて、「チームに所属している感覚」や「周りに仲間がいる気配」「人に相談できる安心感」を感じてくれていることに、嬉しくなりました。

もちろん、NeWork™はまだスタート地点に立ったばかり。7月1日から有料版の提供を開始し、最大100名のプロジェクトなどでも利用できるようになりました。

新しい働き方のカルチャーをつくり、世の中のワークスタイル変革に貢献するべく、KESIKIも引き続きアドバイザーとして伴走していきます。そして、より一層「居心地のいいサービス」を目指して、現在もサービス改善を重ねています。

ぜひ一度お試しの上、感想を聞かせてください。厳しいフィードバックも、大歓迎です!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?