記号の便利さ:数学を言語として観る
って言われたとき、あなたはどう感じますか?
この文言だけでは人に依って解釈が様々ですが、ここでは「記号の汎用性」という側面で、数学を言語として捉えていきます。
先人はうまいこと記号作ったよな~とか、だからこういう記法を導入したのか~とか、そんな解釈もありか~など、ゆる~く見て頂けると幸いです。
以下、目次です。
微分演算子:d/dx
言語的側面が最も強いのはこれでしょう。微分を行う記号として$${\newcommand{\d}{\mathrm{d}}\dfrac{\d}{\d x}}$$を作り、$${\newcommand{\d}{\mathrm{d}}\dfrac{\d y}{\d x}}$$なんて記法も認めればあら不思議、分数のように書けちゃった☆…という優れもの。
これのおかげで連鎖律、逆関数の微分
$$
\newcommand{\d}{\mathrm{d}}
\dfrac{\d y}{\d x}=\dfrac{\d y}{\d t}\dfrac{\d t}{\d x}\\[1mm]
\dfrac{\d y}{\d x}=\cfrac{ 1 }{\dfrac{\d x}{\d y}}
$$
がとても直感的で覚えやすい、使いやすい! (変化量)/(変化量)から(無限小)/(無限小)として表記するのは、小・中と教育的な繋がりがあってさらに有益ですね。
この記事冒頭の言葉は、実は高校の数学教師からの受け売りで、丁度この頃に言っていたような気がします。やっぱりライプニッツは偉い。
ナブラ:∇
ナブラ$${\nabla}$$はベクトル解析やそれを扱う物理学なんかで出てくる記号です。ナブラは列ベクトルで、要素として偏微分$${\dfrac{\partial}{\partial x},\,\dfrac{\partial}{\partial y},\,\dfrac{\partial}{\partial z}}$$が備わっている一風変わったベクトルです。認識としては
「微分演算子$${\dfrac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}x}}$$を
ベクトルに拡張したやつか~」
ぐらいで大丈夫です。つまりは、ナブラ$${\nabla}$$もまた微分演算子です。
これの真価は、形式的なベクトルの演算(スカラー倍、内積、外積)をとるだけで、物理的な意味合いが生まれるというものです:
$$
\begin{array}{l}
\begin{alignat*}{2}
&勾配:\nabla f &\,=&
\begin{pmatrix}
\\[-3mm]
\partial_x f\\[1.2mm]
\partial_y f\\[1.2mm]
\partial_z f\\[1.2mm]
\end{pmatrix}
\\
&発散:\nabla \cdot \bm{F} &\,=&\,
\partial_x F_1 +
\partial_y F_2 +
\partial_z F_3
\\
&回転:\nabla \times \bm{F} &\,=&
\begin{pmatrix}
\\[-3mm]
\partial_y F_3 - \partial_z F_2\\[1.2mm]
- \partial_x F_3 + \partial_z F_1\\[1.2mm]
\partial_x F_2 - \partial_y F_1\\[1.2mm]
\end{pmatrix}
\\
\end{alignat*}
\end{array}
$$
具体的なイメージについては後述する書籍を参考にして下さい! (そちらの方が圧倒的に分かりやすいので!)
内積などの本来の意味をガン無視して、機械的に演算規則だけ流用したかと思えば、これまた不思議なもので「動きのあるもの」になるんですよね。本当に不思議です。
ちなみに覚え方として上から、
結果がベクトルで、
各成分素直に偏微分だし変化量大きい方向いてそう
$${\to}$$勾配($${\mathrm{grad}}$$)結果がスカラーで、
正負あるのは湧き出しか吸い込みでしょう
$${\to}$$発散($${\mathrm{div}}$$)結果がベクトルで、
外積だから右ねじをやってみる
$${\to}$$回転($${\mathrm{rot}}$$または$${\mathrm{curl}}$$)
で簡単に覚えられます。
書籍紹介
この章だけ、どーーーーーしても外せない本の紹介を挟ませて下さい。その本は『道具としてのベクトル解析』というのですが、学生時代に本当にお世話になった書籍です。
Amazon評価を観て分かるように、客観的にも良本という評価でしょう。この本はイメージの理解にこそ重きを置いており、この本を読んだ後には無機質な記号たちに活き活きとした「動き」が感じ取れたと記憶しております。独学にも易しい一冊です:
積分演算子:∫dx
微分があればコイツもいるだろう! 積分も中々にイカした記号です。記号$${\int}$$はインテグラルといいますが、形としてはなが~く伸ばした$${S}$$なのです。
「Integral」のどこに「$${S}$$」があるんじゃ!?とツッコミたくなりますが、これは「和」を表す「Sum」由来(正確にはラテン語:ſumma)です。この記号の良い所は、記号同士がうまく対応してくれていることにあります!
$$
\newcommand{\d}{\mathrm{d}}
\int_{I} f(x) \, \d x \sim \sum\limits_{\Delta} f(c_i) \Delta x
$$
積分と和の関係は、高校数学であれば区分求積法、大学であれば定積分の定義そのもので触れられます。「$${\int}$$と$${\sum}$$」、「$${\mathrm{d}x}$$と$${\Delta x}$$」というのがそれぞれ「連続的と離散的」と対応させて見られますね!
また、置換積分も
$$
\newcommand{\d}{\mathrm{d}}
\int f(x) \,\d x = \int f(x(t))\dfrac{\d x}{\d t}\d t
$$
のように書くことで分かりやすくなるのも魅力の一つです。
境界:∂
偏微分でない方の$${\partial}$$は、図形の境界線や境界面という意味を持ちます。幾何学で広く使われる記号です。例えば$${M}$$がジャガイモなら、$${\partial M}$$はジャガイモの表面(皮)です。
最初学ぶときは、あ~ソーナノカー程度で印象にない人も多いとは思いますが、実は思わぬところで記号が面白く見えてきます!
今回の記号$${\partial}$$はあくまで「ものの境界」を単に表す記号ですが、ここで一般化されたストークスの定理を覗いてみましょう。
$$
\int_{\partial M}\omega = \int_{M}\mathrm{d}\omega
$$
一見するとなんのこっちゃではありますが、ここで見て頂きたいのは左辺と右辺の変化です。こうして比べて眺めると、まるで記号の「$${\partial}$$と$${\mathrm{d}}$$」が移り変わっているように見えるではありませんか!
ここで$${\mathrm{d}\omega}$$は「外微分」と呼ばれるもので、全微分の一般化です。また、記号$${\partial}$$は偏微分でも見たように、$${\mathrm{d}}$$を崩した文字です。今回のケースは偶然だとは思いますが、思わぬところで記号の繋がりが見えてて、形としても非常に美しい定理ですね。
ちなみに$${\omega=f(x,y,z)}$$のとき、$${\mathrm{d}f}$$は全微分そのもので、先の定理はガウスの発散定理・ストークスの定理(グリーンの定理)の一般形です。また、別名『多変数微分積分学の基本定理』と呼ばれるように基本定理の拡張とも考えられる、解析学・物理学双方から見て面白い定理です! 気になった方はおすすめです。
配置集合:Bᴬ
「集合$${B}$$の集合$${A}$$乗?」と読めてしまい意味不明極まりないこの$${B^A}$$は、「写像$${f:A \to B}$$全体の集合」(配置集合)を指します。つまり、$${B^A}$$の要素は$${A \to B}$$となる写像の全パターンです。
例えば、$${A = \{1,2\},B=\{\alpha,\beta,\gamma\}}$$であれば、下記図から9パターン見つかります。
ではなぜ配置集合が「集合の集合乗」のように表記されるかと言えば、任意の集合に対して、以下の等式が成り立つためです。
$$
|B^A|=|B|^{|A|}
$$
どうでしょうか? これには納得せざるを得ませんね! 実際に先ほどの例では要素の個数が$${|A|=2,|B|=3}$$、$${|B^A|=|B|^{|A|}}$$より、$${3^2=9}$$で成立していることが分かります。
冪の表示に写像の写の字もなく、はじめは謎の表記でしたが、こうして後に出てくる性質から記号を取ってくるパターンもあると、この表現は教えてくれています。
ちなみに「部分集合全体の集合」(冪集合)も$${2^X}$$と書かれますが、「$${X}$$の各要素に”存在するか(1)、否か(0)”を対応させる」と見れば、配置集合と同様の表記が使えます。
実行列:Rⁿˣᵐ
ユークリッド空間$${\R^n}$$ととても良く似た記号、$${\R^{n \times m}}$$は、$${n \times m}$$の実行列全体の集合です。例えば、$${\begin{pmatrix}2 & 1 & 0\\4 &2 & 1 \end{pmatrix}\in \R^{2 \times 3}}$$です。
ここで$${n=3,m=1}$$としてみると、
$$
\R^3 = \{(x,y,z) \mid x,y,z \in \R\}\\
\R^{3 \times 1} = \{\begin{pmatrix}
x\\
y\\[0.9mm]
z\\
\end{pmatrix} \mid x,y,z \in \R\}
$$
という、良く見慣れたユークリッド空間と実ベクトル空間が出てきたではありませんか! 「$${\R}$$の冪」ということで記法が似ている両者ですが、実は双方異なる記法から派生して生まれた存在なのです。
$${\R^3}$$に関しては、直積集合の記法由来で、
$$
\R^3 \coloneqq \underbrace{\R \times \R \times \R}_{\text{3 times}}
$$
と直積の繰り返しを冪で表現したところにあります。$${n}$$回の積であれば$${\R^n}$$とできるので、簡潔で冪のイメージにも合致するでしょう!
一方$${\R^{3 \times 1}}$$に関しては、配置集合の記法由来で、
$$
\R^{3 \times 1} \coloneqq \R^{\{1,2,3\} \times \{1\}}
$$
と配置集合の冪表示から表現したところにあります。配置集合の冪表示は$${|B^A|=|B|^{|A|}}$$によって市民権を得ており、$${n \times m}$$というサイズを示す簡便な表示にするのは自然でしょう!
一般に、$${\R^3}$$のベクトルと言えば列ベクトルですが、$${\R^3}$$と$${\R^{3 \times 1}}$$って$${\times 1}$$が隠れた程度の違いだからなのかな~??なんて思えてくるわけです!
ちなみにプログラミング言語のようにゼロオリジン(添え字がゼロ始まり)で行列を表現するとき、集合論(数学の基礎)における自然数の定義と非常によく整合します:
$$
\begin{align*}
0&\coloneqq\varnothing,\,\\
1&\coloneqq\{0\},\,\\
2&\coloneqq\{0,1\},\,\\
3&\coloneqq\{0,1,2\},\,\\
&\cdots
\end{align*}
\\[0.5cm]
\large\therefore\R^{\{0,1,2\}\times\{0\}}=\R^{3\times1}
$$
音楽同型:♯♭
最後に、今まで紹介したものとは一味違う、Musical isomorphism(和訳:音楽同型)についての話題です。どう一味違うかというと、この背景には物理学者アインシュタインが築き上げた理論『相対性理論』があるところです!
『相対性理論』で頻繫に行われる「添え字の上げ下げ」という操作を、数学的に記述する際には「半音の上げ下げ」の意味になぞらえて音楽記号$${\sharp,\,\flat}$$が用いられるようです。
『$${\sharp}$$とか$${\flat}$$とか出てきて、なんだか楽しそうだわ~♪』……なんて呑気には言っていられないほど、実は内容がハードだったりします。ここでは、音楽記号が使われることがあるんだ~くらいの雑学で留めておきましょう。
ちなみに余談ですが、集合の大きさ(濃度)$${\#A}$$や素数階乗$${n\#}$$で用いられる記号$${\#}$$はナンバーサイン(またの名をハッシュ)であり、音楽記号のシャープ$${\sharp}$$とは厳密には異なる記号みたいですよ🤔🤔🤔
いかがでしたでしょうか。今後はじめてみるであろう記号にも、中には意味が隠されているかもしれません! 記号に恐れず、まずは眺めて楽しんでみてはいかがでしょうか?
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以上、Keshitanでした!