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ヘイコウセカイ。

君は先に寝てしまった。
すごく幸せそうな寝顔だ。
「ねぇ、どんな夢見てるの?」
返ってくるはずのない問いかけを君に投げかけた。
「ごめんね」
聞こえるはずのない謝罪。


「好きな人がさ、できちゃったんだ」


                             ***


いつも通り「またね」と手を振って、君が部屋を出て行ったあと、僕は洗面所に向かった。
並んでいる青と黄色の歯ブラシに目を向ける。
「もう泊まりに来ないし、なくてもいいか」
君の分を手に取って、捨てようとゴミ箱へと歩く。ふと、あの時の鏡に映った甘えるような君の姿が思い浮かんだ。
「なんでこんな時だけ君が出てくるんだろうね」


もう僕の頭を支配しているのは君じゃないのに。


                             ***


夜になるといつものように君からLINEが来た。
「ねぇ、今何してるの?」
なにもしていない。でもこれで「なにもしてない」なんて答えたら、「電話しようよ」なんて甘え上手な返事が帰ってくる。
付き合い始めた時は僕から誘っていた電話も、いつからか気が進まないものになっていた。
「今ちょっと忙しい」
結局そう返事をした。少しだけ心が痛む。
「そっか、じゃまた明日ね!おやすみ」
いつかお揃いで買ったスタンプを付けて返信が来た。
初めての“おそろい”だったっけ。
気づけばそのお気に入りだったスタンプも、使わないものになっていた。


                              ***


好きになってしまった。
君じゃない、他の人を。
その気持ちには嘘はつけない。ブレーキもとっくに壊れている。
もし、君とあの子が別の世界の人間だったら。
パラレルワールドに住む別世界の人だったら。
僕は2人を愛せたのだろうか。
そんな試すことすらできない仮定を頭に浮かべては、「馬鹿だな、僕」とかき消した。


君に誓った僕の気持ち。
あの時の気持ちは確かに純粋なものだった。
綺麗だった。こんなに薄汚れてなんていなかった。
「付き合って1年ってさ、乗り越えたらその先長く続く可能性が高いんだって!」
必ず2人で迎えようと思っていた。
あんなに心から誓った愛も、現実はこんなものなのか。


                            ***


「好きな人が出来たら、ちゃんと教えてね」
「当たり前でしょ。そんな隠し事なんてしないよ」
君とかわした約束を覚えてないふりをして、僕は君に隠し事をしている。
「どっちといた方がいいんだろう」
そんなことが頭をよぎるなんて、我ながら最低な人間だ。その上「選べない」なんて。

いつからこんな人間になってしまったんだろう。
自分がたまらなく嫌だった。大嫌いだった。
消えてしまう方が楽だとすら思った。


僕はどこで間違ってしまったんだろうか。
こうなる前にちゃんと向き合えていたら、結果は違ったのだろうか。
そんなことを考えても今更だ。手遅れだ。


自分を嫌いになることを止められないまま、今日も君へのLINEは既読すら付けず、眠りに落ちていった。

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