見出し画像

きみとぼくの白昼夢。(下)

前編はこちらから。


“赤い糸”が切れてしまっても日常は続いていく。

君を失って1年が経とうとしていた。

君がいないことに絶望感を抱いていた僕だが、人間というのは残酷な生き物だ。

もう既に君の知らない僕に少しずつ変わっていっていた。

                            ***


見たい映画ができた。
最近話題の興行収入が億を突破した作品だ。
特に誰のファンとかではないが、世間に置いていかれないように、見に行くことにした。
「一人で行動することにも慣れちゃったな」
そんなことを思いながら、黒髪短髪をセットして映画館へ向かった。

映画館には話題の映画ということもあって、たくさんの人がいた。
「あ、あの子可愛いかも」
なんてことを心の中で思いながらシアターへ歩く。
「あの子が可愛いとか言うと不機嫌になってたっけ」
ふと、1年以上前の日々を思い出した。


「少しも寂しくなんて…ないよ」
映画だって1人で来れる。最近はビールだって飲めるようになった。君がいなくなったことに違和感を感じていた僕は、むしろ一人でいることに慣れてすら来ている。もう僕はあの時の「君が知っている僕」じゃないんだ。


だから、寂しいなんて。そんなわけない。


                            ***


家に着くと、なんだかものすごく疲れてしまったような気がして、シャワーを浴びて寝ることにした。
1本だけになってしまった歯ブラシを手に、歯磨きも済ませた。
昨日使ったまま出しっぱなしにしたドライヤーで髪を乾かして布団に入る。僕の匂いが染み付いた枕に顔をうずめた。


夢を見た。
長い、長い夢だった。
君が僕の名前を呼んでいた。
懐かしい声だった。

まるで、君を忘れさせないかのように僕に微笑んで。


                            ***


「今更…なんなんだよ」
寂しくなんてない。そう思っていた。
夢の中の君に、僕は毎日を過ごす意味を失ってしまっていたんだと、気づかされた。
1年という月日は、君を忘れるには充分な期間だと思っていた。
でも結局、映画館でも自分の家でさえも、考えているのは君のことだった。

「ねぇ、全部無かったことにして…やり直せないのかい?」
ストッパーが外れたかのように、届くはずのない思いが溢れ出した。 


                             ***


僕が君じゃない誰かと出会って恋に落ちて、
どこかへ手を繋いで出掛けて、
時々小さなことで喧嘩なんてしたりして、
二人の間だけでしか呼ばないって決めた呼び名で呼びあったりして、
君の知らない僕を、君の知らない彼女に見せても…


結局、「もう大丈夫」なんて言える日は来なかった。
「あんなに…あんなに嫌がってたじゃないかよ」
僕の知らないどこかで、僕の知らない誰かと、今日も生きている君を想像すると吐き気がした。
僕の知らない誰かの前で、僕があげたネックレスをつける君の姿は耐えられない。
「さすがに、捨ててるか」

引きずっているのはきっと僕の方だけなのに、同じように君も僕を忘れられていないと期待する自分に、嫌気がさした。


最近飲めるようになったビールを片手に、君と見ていた月を見ながら呟いた。


「全部許してあげるから…」

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?