「ポリネシア」のごはんはいつだっておいしい
母が最後の入院をしたのは、ぐったりするような暑さが続いた頃だった。
病院通いの帰り道、父と私、時には妹が一緒になると、駅前の古いレストランへ寄った。
店の名前は「ポリネシア」。
南国風のメニューではなく、ハンバーグやスパゲッティーなどの洋食を出す店だ。
数年ぶりに会う父がクリーム味を好むことをここで知った。
店内の壁は古い映画のポスターやレコードのジャケットで埋め尽くされている。
酒のつまみになるようなものもメニューにあり、仕事帰りの人たちも一杯飲みに寄るようなカジュアルな雰囲気の店だった。
(どのあたりが「ポリネシア」なのか?)
ーーー
暑さと慣れない病院通い、緊迫した状況が続いていることで、父は常に疲れていた。
席に着くとまずシンハーをオーダーし、それからゆっくりメニューを開くのだった。
食事をしながらどんな話をしていたのかはほとんど覚えていない。
ただ、仕事をしているように気を張って毎日を過ごしていた感覚は思い出せる。
なるべく普段どおりに、くだらない話をしていたような気がする。
話の内容は忘れてしまっても、ソテーした魚にかかったソースのおいしさは、今でも頭の中で再現できる。
少し和風にアレンジした酸味のある味。すりおろした玉ねぎが入っていたのだろうか?
おいしいものはいつだっておいしい。
生きている私は前に進み続ける。
小柄で小食な父も「倒れないように栄養をつけなければ」と思っていたのだろう。
コロッケやカレーなど、カロリーの高そうな料理をもりもりと食べていた。
ーーー
一つだけ覚えているのは、早めに作っておいた遺影のフレームの写真を父と妹に見せたこと。
薄暗い店の中で2本目のシンハーを飲みながら、父は喜び、ほっとした表情を見せた。
【追記】「ポリネシア」はカフェバーとレストランが一緒になったような店で、私の座らなかった奥の方は南国風の内装だったらしい。
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