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怒るってなんだろう。

どうも。

「毎日人生にイライラしている者です」なんて自己紹介されたら引くよね。
うそうそ。そんな自己紹介今後もするつもりないので。

どうしても沸点の低いこちらとしては、どうしたら問題を起こさず丁寧にいられるかを考えることが大変なのだ。

えっ?そんな幼稚な話?と思われた方はここでページを戻るか閉じるかしてほしい。

これは、コミュニケーションが下手だからというシンプルな理由ももちろんある。でもそれだけではない根深い話。
長くなるかも知れないがしばしお付き合いを。

生まれた頃

「オギャー!」と人々は母のお腹から産道を通り出てくる。人によっては母子の状態により帝王切開といって母のお腹から取り出す方法もあるけれど。
その瞬間の「オギャー」はどっちの意味だろう。
個人的見解のお話だということはよく覚えておいてほしい。
「苦しかったぜ」というマラソン後の息切れする感覚なのか、それともお産に時間がかかり「さっさと出してくれよ」という生まれた直後からの怒りなのか。

乳児期

何度も言うが個人的見解である。
常に怒りに満ちているのかも知れない。それは至って単純明快。
「腹が減った〜!」「眠いんだ〜!」「オムツ替えてくれ〜!」「暇だ〜!」
すべての内容でいちいち声を荒げる。でもそれは言語を知らないから起こる問題で、いちいち怒りとは取らないだろう。
ただ、育児で疲弊した親たちにはそう聞こえることがしばしばあったり。

幼児期

前置きはもういいよね。
ついに言葉を手に入れた。レベルアップだ。
これはこれはなにか起きる予感。
さぁ、君の一手は?
「ママ(パパ)きらい」
なんということでしょう。
でもこれは愛なんだ、試練なんだと受け入れられるキャパがあるかどうかにかかっている。

就学後

言うまでもなくどんどん成長し、もう二言目には文句が出てくる子もいるだろう。言葉がうまく出てこなくても、体格も大きくなるにつれて身体での表現も大きなものになりアピールは今までとは比べ物にならないくらいドカンとやってくる。
どこで覚えたんだか「うざい」「ふざけんな」「ムカつく」は日常にあふれてくるようになる。(嫌味でなく、もちろんご家庭が素晴らしい環境の方はありえないワードだろう)

そこで引っかかるのは、文句と怒りは違うよねということ。どこかに境界線があるように感じる。

大人になって

怒るのが趣味みたいな人もいるくらい、世の中は怒りに満ちているんだと知るだろう。なんでもかんでもムカつくと投げやりに片付けて。
その苛立ちはどこからくるのか、そのエネルギー源は一体なんなのか、未だに不明である。

ところで怒とはなんだっけ?

喜怒哀楽でも出てくるこのの意味について辞書を引いてみた。

とは
おこる。いかる。いきどおる。
ということらしい。

それは人でも物でも対象物は何でもよくて、自分が思った方向と違うことで起こる現象だということがわかってきた。
でもそれを表出せずにいられる人の脳や心の中を覗いてみたくなったり。

それで?結局何が言いたいの?

唯一、個人的見解でたどり着いたのは【心の充足度】というもの。
充足とは辞書を引くと
十分に補い満たすこと。また、満ち足りること。

様々調べたり、こうして記事を書くにつれ、明るい気持ち、楽しい気持ちなどの良い方向に心のコップを溜めたらいいらしいということがわかってきた。
いまさら?なんて思わないで。

辛く当たる気持ち、怒る気持ちも人間

喜怒哀楽

という四字熟語のある国に生まれた以上、ある程度は受け入れる器も必要なのかも知れないという話。(感情にも限界はあるから気をつけてね)


では。

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