「アスリートの言葉」を”直接聴く”ということ ~NowVoice終了に寄せて~
本田圭佑さんが中心となって2020年4月末に開始した定額制音声サービス・「NowVoice」が終了します。
「NowVoice」はアスリートなど各界で活躍する人たちが自分たちの考えを気軽に発信し、契約者はそれをいつでも聞けるサービスでした。私はこのサービスをきっかけに、ファンだった選手を応援する気持ちがいっそう深まったと実感しているので、終了は名残惜しいです。
1月末での完全終了を前に、NowVoiceへの感謝の気持ちも込めて、Now Voiceの想い出と「アスリートの言葉を”直接聴く”こと」についてまとめてみました。
音声サービス「NowVoice」の3年半
絶好のタイミングでの開始
米国の音声サービスアプリ・クラブハウス(Clubhouse)が5000人限定でサービスを試験開始したのは、コロナ禍の2020年4月。その夏に米国でiOSアプリの一般販売が開始され、日本で盛大にバズったのは翌2021年の1月末でした。
本田圭佑さんが中心となって「NowVoice」がスタートしたのは2020年4月末。クラブハウスが試験サービスを開始して間もない頃です。「これからは音声サービスの時代が来る!」という予測にいち早く対応した動きでした。
私が応援しているフィギュアスケートの宇野昌磨選手がNowVoiceに参加したのは、その年の7月でした。2020年9月~3月までは「本田圭佑NowVoice」(ニッポン放送)というラジオ番組がレギュラー放送されていたのですが、その初回のゲストも宇野昌磨選手だったんですよね。「NowVoice」は宇野昌磨ファンの間では一気に有名なメディアになりました。
とはいえ残念ながら私はこのラジオ放送は聞き損ねてしまったし、「NowVoice」にも長らく未登録のままだったのですが(苦笑)。
NowVoiceのトークを無料で聞けるのは公開直後のみ、仕事中や真夜中にアップされたら有料登録していないと聞けません。タイミングはめったに合わずでしたが、何について話していたかーという超ざっくりした情報ならファンの情報網で伝わってくるのでしばらくは静観していた感じです。有料登録すれば過去の発信ぶんも全部聞けるとのことだったので、焦らなくてもいいかと思っていましたし。
「本人からの直接発信」の強み
ただ、このNowVoiceで宇野昌磨選手が発信していた内容、ファンにはすこぶる評判が良かったのです。「彼の考えを深くじっくり聞けて感心した」という感想を多く目にするようになり、サービス開始から1年以上経ってからようやく私も有料登録(苦笑)。通勤中や家事の最中にワイヤレスイヤホンをつけて、過去発信ぶんも全部少しずつ聞いていきました。
自動車免許取得やペットのエピソードなどプライベートについての他愛ないトークから試合や練習に臨む心構え等の深い話までテーマは千差万別。でも本人の言葉で、自分が何をどう考えているのか直接聴けるというのは、メディアを通じてあれこれ知るのとは全然違うんだな~と実感しましたね。
彼は日本では比較的人気があるスポーツ競技のオリンピックメダリストですから、これまで何度も特集番組を組まれたり、専門誌の独占インタビュー取材をされたりしています。でも、そういうのって「ディレクターや記者のフィルターを通したうえで再構成されたもの」なので、発言のもとのニュアンスまでは伝えきれないと感じることが多いんですよね。
時には「いや、彼そういうことは言ってなくない?」と疑問を感じるようなまとめ方をされている時もありました。(大きな大会の記者会見は動画配信されており、一般人も全編視聴できるので)たとえどんな優秀な方に番組や記事を作って頂けたとしても、放送時間や文字数に限りがある以上すべては伝えきれない場合が多い。
自分が応援している選手なら「すべて」を伝えてほしいし、その「すべて」を知りたいーそう思うファンにとっては、本人の声で時間制限なしに伝えてもらえるなんて最高のサービスだなと思いました。「こんな風にアスリートが自由に思ったことを発信できるような時代が来たら、短い文字に押し込めてしか伝えられない既存のスポーツ報道の立場がなくなっちゃうんじゃないか?」とすら思ったぐらいでした。
「思考過程」を表現する力
宇野昌磨選手はNowVoiceを始めたのとほぼ同時期に、【公式】宇野昌磨アップロードチャンネル」を開設。新型コロナ流行下でアイスショーも試合も無くなったこの時期、youtubeとNowVoiceの双方で熱心に情報発信をしてくれました。
彼を小さい頃から応援してはいたものの、試合の演技以外は積極的に追いかけてこなかった私ですが、この二つの発信を通じて彼の「思考法」や「人となり」への関心が一層深まりました。「いや~本当に興味深い考え方をする人やなぁ」と。
彼が中学~高校生の頃の取材ではいつも恥ずかし気にインタビューに答えていました。平昌オリンピックの時はメディアに「天然キャラ」だと面白がられて、そういうところばかりが主に取り上げられていました。その頃のイメージが強く残っていたせいか、私は彼が理論立てた思考の過程を流暢に伝えられる青年に成長していたことに気づいていなかったように思います。
「座談会形式」の楽しさ
フィギュアスケート界からは2022年1月に田中刑事さん、同年3月に友野一希選手、10月に無良崇人さんがNowVoiceに加わったので、私は彼らのトークも全部聞いていました。(他に浅田舞さんもタレント枠で参加していました)普段はじっくり聞くことのない振り付けの話題やプログラムに込めている考え、ショーの裏話などを本人からじっくり聞けたのは興味深かったです。
中でも友野一希選手のトークは私には印象深いものが多かったですね。「エンターテインメント精神をどう身に着けたのか」のエピソードトークなどは、「平池コーチおもしろすぎるやろw」と笑える一方で、子育てや教育に通じる学びもあって深かった!
アイスショーの楽屋裏で田中宇野友野の3名での座談会形式でNowVoiceを出してくれたこともありました。好きな競技のアスリートたちが盛り上がってる飲み会の会場に呼んでもらった感じでしたね~。座談会形式の方が話題が広がりやすく、衣装に関する思いもかけない裏話が聞けたり、「演技直前の静止ポーズ中に何を考えていると演技がうまくいくか」というトークなどは、試合に臨むスタイルのそれぞれの違いがわかって超絶楽しかったです。
本田圭佑さんとも何度か対談されて、靴のメンテナンスや試合前の調整法の話など、サッカーとの相違点・共通点がいろいろ聞けて興味深かったなぁ。大半はゲームのクラロワの話でしたけど(笑)
座談会系はあまりにも楽しかったので、同じのを何度も聞き直したぐらいです(笑)。
そういえば日本オリンピック委員会(JOC)の公式youtubeチャンネル「Team Japan」に掲載された渡部暁斗さん(ノルディック複合)・髙木美帆さん(スピードスケート)・宇野昌磨さん(フィギュアスケート)の三者対談も楽しかったのを思い出しました!
こちらはまだ視聴できるので話の流れついでにpart1を貼っておきます。
やっぱり、何か一つのことを極めた人は「自分の言葉」を持っている人が多い。それを本人からじっくり聞かせてもらえるのは純粋に楽しいことだなと思います。
取材者のフィルターを通さない難しさ
しかし「本人からの直接発信」には難しさも感じました。
有料サービスの内容を公開の場で書くのは非推奨なのにもかかわらず、SNSなどで「昨日NowVoiceでこんなこと言ってたよ~」って批判めいた内容を書く人がちょくちょく出てきまして。
一般人は、自分の解釈が混じった記憶を気軽にSNSに書いてしまいがち。それが伝言ゲームでだんだん「このように発言した」とされて広まっていってしまうことも。「いや、そんなこと言ってなかったよね?」と聞き直すことが何度かありました。
言葉は字面通り受け取っていいのか、裏の意味や真意が他にあるのか等は前後の文脈の理解が必要です。同じトークを聞いていても受け止め方は一人ひとり違う。解釈の数は聞いた人の人数分あって、みんな違う。どれが正解かは発言者本人にしかわからない。それにしても、世の中にはここまで私とかけ離れた解釈をする人がいるのだなと驚きました。(私の解釈の方が本質からずれてるって可能性もありますが…)
一方、取材者を介した記事ならば「一定の文脈理解力がある」とされる記者が、話の流れを判断したうえでキーポイントを整理して伝えてくれるので、余程悪名高いライターでない限り一定の信頼はおけます。その過程で「ファンなら知りたい細かい情報や微細なニュアンス」がそぎ落とされてしまうというデメリットはあるけれど、そこにはメリットもあったんだなーと旧メディアの価値を改めて考えるきっかけにもなりました。
大事にしたい、「本人発信の言葉」
それでも各界のトップランナーたちが、自分自身の言葉で自らの考えや想いをファンに直接届けられる場はやはりありがたいです。色んな解釈があるのは当たり前ーということで臆さずに直接の情報発信を続けてもらえると嬉しいです。
フィギュアスケートの友野一希選手はファッション雑誌「non-no」に定期連載を持っていて、そこで試合前後の心情などをじっくり語ってくれています。出版社サイドの手直しなどは入っているでしょうが、彼自身の言葉が綴られているようです。最新の記事はこちらですが、最後の方で昨年末の全日本選手権のことについて書かれています。
過去イチの素晴らしい演技を披露できたものの世界選手権にも四大陸選手権にも出場がかなわなかった、その悔しさを彼がどのようにポジティブなエネルギーに変換していったかが丁寧に書かれていて、グッときました。
webの連載記事は文字数制限をあまり気にしなくてよいのか、non-noのこの連載、毎回文字量がどんどん増えていってるんですよね(笑)。NowVoice終了後は、ここは数少ない貴重な本人発信の場の一つとなるのでこのままの勢いで続けてほしいです。
音声サービスに限らない多チャンネル化
昨年末、「NowVoice終了」のお知らせがあった後、参加していた各界の著名人の一覧を改めて見たら「この人の話なら聞いてみたかったな」と今更思うアスリートや文化人は何人もいました。ーでも、実際に他の人の話を聞いてみようとしたことは少なかった。ファンベースで「誰それが今日NowVoice上げてたよ!」って情報を聞いてから聞きに行くーというスタイルばかりでした。
「”積極的に聞きたい”と思えるのは、自分が魅力を強く感じている人の言葉だけ」ーという人が私以外にも多かったのかもしれません。だとしたら、本人や所属団体の各種アカウントから直接発信するやり方で完結してしまうんですよね。
この数年でインターネットを介した音声サービスは定番として定着しました。NowVoiceと同時期にスタートした「クラブハウス」は当初の招待制を廃止して、音声データをテキスト化したものをもとにリアルタイムでなくても交流できるよう大幅リニューアルを加えて継続中だそうですし、様々なSNSが音声サービスを付加したり、新しい音声SNSが立ち上がったり。インスタライブや質問箱などを利用する著名人も増えてきました。noteの音声サービスだってあります。
つまり本人が気軽に発信できる手段が今は鬼のようにある。こういう流れの中では、「”各界のトップランナーの音声サービス”のみに限定した有料プラットフォーム」の継続は難しかったのかもしれません。
「NowVoice」を聞いていた他のユーザーの方がどのようにこのサービスを受け止めていらしたのかわかりませんが、少なくとも私にとっては、応援している競技のことや選手の思考過程を気軽に知ることができて、応援する気持ちをより後押ししてもらえて大変ありがたいツールでした。体操選手も多く参加していらしたので、パリ五輪の際には体操選手たちのトークを楽しんでみようと思っていたので、せっかくのアーカイブが消えてしまうのはとても残念です。
私の応援ライフを楽しくしてくれたNowVoiceに、「ありがとう」と伝えたいです。