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『医学部受験の病床逼迫」

 私立医学部の一般前期試験がほぼ一段落つきました。連なる受験、一次合格から二次試験受験。または合格発表済みの補欠合格待ちなど、受験生を抱えておられるご家庭ではストレスフルな毎日を過ごしていらっしゃることと思います。場合によっては生き地獄のような時間かもしれません。お察し申し上げます。
 ご存じの通り未曾有の医学部人気です。ここ数年で頭打ちしたと言われながらも高止まりしてます。入学定員がおよそ9000人のところのべ志願者は軽く10万人を超えています。志願者数はおよそ15年前の2倍です。私の経験からも、10年前よりも難化したと実感してます。むしろ、10年前の感覚でいた私自身が受験指導において痛い目に遭ったりもしました。それこそ、10年前なら「私立であれば入れるよ」と子供たちに言っては希望の灯を点していたのですが、今やそれは気休めにもなりません。私立ですら簡単に入れないのです。
 ただ、5年前のピークに比べ若干入りやすくなった様な気がします。特に一昨年、大学医学部の受験における諸問題が露呈し、世間を騒がせたことも相まって、厳し過ぎる受験地獄への嫌気もあるのでしょう、受験者数の減少に拍車が掛かりました。今年も恐らくコロナの影響で少なくなっているようです。これに関しては、コロナ禍という現象が多様に受験生心理に関わるということであってコロナが直接原因とは言いにくいでしょうが。
 
 今やネットを開けば、この昨今の医学ブーム乗ってか様々な情報を得ることができます。それでも、なかなか数字の上だけでは分からなかったりすることもあるので、今日は私なりの経験から得た知見で述べることにしましょう。

 

 まず最初に、幻惑されそう志願者数について話をします。
 医学部人気の最大原因は入学定員数の増加にあると言われています。しかし、それも去年を境にほぼ増加は見込めないところまで来ました。医学部定員増加で拍車が掛かった医学部志望者数増加が頭打ちになってることとタイミング的にも合致します。しかし、だからと言って劇的に医学部入試が易化するわけではなさそうです。実際の入学定員は国公立及び私立で合計9000人を少し上回る程度、仮にのべ志願者が10万とすると単純計算で軽く10倍超というところです。
 
 何でこんなファンタジックな数字になってるのでしょうか?少し紐解いていきましょう。
 国公立大学の前期試験の平均倍率は昨年が約4倍。それに対して私立大学の一般前期試験は約16倍。国公立が複数受験できないのに対し、私立は複数受験が可能ですから「私立の平均倍率を16倍として、一人平均4校受験と考えると実質の競争率が4倍」となり国公立の数字にほぼ合致します。行動学的に両者の行動の差がないと考えると、逆に、「私立は一人平均4校受験している」裏付けになるでしょう。
 
 「実質競争率4倍、受験者の4人に一人が受かる
と言うことです。
 
 さて、「この4倍の倍率をどう見るか」、ですね。

 受験を測る尺度には偏差値というものがあることはご存じの通りです。ただこの偏差値、あくまで志望校決定の目安にはなりますが実際の入学者の学力を反映しているものではないのです。現実には目安の偏差値より低い偏差値帯の生徒でも合格できます。高偏差値、いわゆる難関大学では目安レベルと合格可能レベルの乖離は小さく、中間層以下はその乖離が大きいです。一般には、国立に小さく私立に大きいとも言えます。国立医学部は今も昔も難関なのでこの乖離は小さいのですが、それに比べて私立医学部は乖離が高いと言えるでしょう。従来なら、私立医学部は『思ったほど難しくない』のです。
 しかし、ここのところ私立医学部の目安レベルと実質合格レベルの乖離が小さくなってます。私のように毎年入試に関係している人間からすると『思った以上に難しい』という感想を持たざるを得ません。
 
 では、何故乖離が小さくなっているのでしょうか。一般的な見方は、理系の成績優秀者がこぞって医学部を志望しているから、ということになるでしょう。「以前の東大京大志望者が医学部に流れている」、と言われたりしてますが、そう説得力があるとは思えません。そのレベルの生徒は国立志望なので、直接私立受験に影響を及ぼすことはないからです。
 
 私立大学の募集定員は約3400人。国立の定員が5000人に較べてずいぶん少ないことは意外と知られていません。近年は推薦枠も拡充され、一般受験での定員は3000人程度です。そもそも、私立の門はそう広くはないのです。そこにほんの僅かでも高偏差値の受験生が流れればより狭き門になってしまうということです。近年の社会環境の変化、高所得者層の増加や学資調達の多様化等を背景に、国立私立併願者が増えています。そして、鞍替え組による玉突きも相まって、私立に流れる高偏差値受験生が増えているのです。
 
 私立医学部における目安となる偏差値レベルと実質合格レベルとの乖離は、国立志望者と私立志望者の棲み分けの差と言って良いでしょう。はっきりしてるほど乖離が大きいということです。国立私立併願者の増加により、つまり棲み分けの差が無くなった分乖離が小さくなったと言えるでしょう。
 
 結局、この医学部ブームで一番割を食っているのが私立志望者、いや私立専願者です。
 

 4倍、この数字に戻ります。
 『4-1=3』

 この3人が不合格者です。医学部受験者は浪人を選ぶ受験生が圧倒的に多いという特性があります。さすがに3人全てが浪人に回るわけではないでしょうが、相当数の浪人が毎年生まれています。近年の浪人数の多さは特筆されるべきで、医学部受験は浪人問題を語らずして語れません(これについてはまた別の機会に書きます)。
 少子化もあって多浪が容認される風潮があるのは確かです。正確な数字が算出されているわけではないですが、恐らく医学部受験者の平均浪人年数は3年を超えると推測されます。少なくとも入学者の平均は3浪に迫ります。3浪は当たり前の世界と言えるでしょう。多浪が増えると言うことは受験者の拡大生産になります。志望者数の増加の原因はここにあると見ています。
人気という雰囲気より、私は
「浪人数の増加が医学部ブームの正体」
だと見ています。

 学力のある子は当然現役で、それに準じる学力の子でもせいぜい2浪までに合格します。こうした受験生は合格者の7割でしょう。おそらく、残り3割の合格を3浪以上の多浪生が『合格』というお鉢が自分に回ってくるのを待っている状態だと思います。その少ないお鉢を大量の浪人生が待っている状態、合格の確率が下がるわけですので、この状況を「受験が難しくなった」と言い換えることが出来るでしょう。

 この現況、何かと錯覚しませんか?

 そうです。コロナの病床数問題です。一定数のコロナ患者が快癒して病床を明け渡すにも関わらず病床逼迫が改善されない。それは現状の医療体制では入院退院のサイクルを回せない程の感染者が存在するからなのです。医学部受験も現状の志望者数のままではズルズルと多浪してしまう可能性が非常に高いということです。病床が逼迫しているにもかかわらず次から次に運ばれる患者の如く、限られた入学定員の医学部へ次から次へと受験生がやってきて溢れてる状態なのです。

(4倍という競争倍率は他の国立大学の倍率とあまり変わりないものです。難関の度合いは他学部も同じで、入りたくても入れなくて浪人する受験生も多い、と反論したい方もおられるでしょうが、よほどのことでなければ志望学部の偏差値帯は広く、大学名に拘らなければ自分の実力に見合った受験をします。医学部はその偏差値帯は狭く、上層に硬直してるので妥協したところで入り易い大学はありません)

 そもそも医学部に挑む子供のほとんどは医学部受験に見合った実力を持ち合わせています。そういう受験生達は受験機会も少なく、「難しくなったな」と難易度を相対化出来るわけではありません。医学部受験が難しくなったと相対化出来るのは多浪をしている受験生であり、我々のような指導者です。そう考えると、当落線上にいるごく一般的な医学部受験生にとっては、難しくなったとは感じることもなく合格していくのです。
 総括しますと、「高校三年生までにある程度の学力を習得してない私立専願者にとっては医学部受験は本当に難しくなった」と言えます。曖昧な言い方を避けるために言い換えますと、ある程度とは、「進学校であれば、少なくとも学校の成績で中位から上に属する学力を有している、普通校なら上位に位置する」と言うことです。
 以前なら、高校であまり勉強してなくても3浪もすれば受かるだろうと高が括れたのが、5浪、6浪の泥沼が口を開いていること留意しておいて下さい。

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