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[異論はあるでしょうが、私の仕事論]vol.04 たぶん仕事は学ぶ場所である

 このシリーズを読んでいただいている方には伝わっているかと思いますが、僕は東京のとある小さな出版社に勤務しております。30歳前に中途採用で入社して、雑誌の編集部、制作部と流れ、先月から新規事業に携わっております。
 で、その新規事業というのは、時代の流れでしょうか、これまではおおよそアウトソーシングでまかなったいたデジタル分野の新規事業でして、気がつけば、紙の仕事から離れて、早1カ月が過ぎました。あー切ない。紙の仕事が恋しい……。

仕事の基本は「時間」

 と、まぁグチはこれくらいにしておいて、今回お話ししようと思ったことは、「納期」についです。
 仕事において、納期とはある種の着地点で、ゴールです。ここを目指して仕事していると言っても過言ではありません。
 今の自分は、新規事業のプロモーションを担当しているのですが、小さな会社ですし、お金を潤沢にあるわけでもないので、自前でパブリシティ素材を作ったりします。ありがたいことに、前職(制作会社)やこれまでの経緯から営業よりは、制作のチカラが買われているので、日々パソコンに向かい合いながら、チラシやら慣れない動画編集といったコンテンツ制作をしています。
 こういう制作をしていると必ずつきまとうのが、期日です。納期です。いわゆるブラック企業ではないので、無理くりなスケジューリングをする必要はないのですが、営業担当と相談する中で、「どれくらいでできる?」という投げかけは、常にあるわけです。それに対して、どう答えるか……。
 若い頃は、単純計算で返答していました。もちろん「持ちかけられた日からフルパワーでやり、かつ他のことなんかやらないことが前提でのスケジュール」を課し、スピードを重視する。という仕事の仕方をしていました。
 20代の仕事とはそういった感じが多いのではないでしょうか。特に、下世話な言い方をすれば、気持ち、メンタル面での早漏性と言いましょうか、ゴールはできるだけ早い方がいいという気持ち、あとはそれを後押しする、「会社のため、誰かのため」みたいな献身性。そんなもので仕事をしている、いや、していた。というわけです。

時間の使い方の価値を考える

 そして現在はどうなったか。まず確認すべきこととして、本音としての期日です。担当者の「ここまでに欲しい」というリミットを確認すること。逆に「いつまでにできます?」という聞かれ方をされたときは、思い切って実際の倍くらいの時間を提示します。そこからお互い譲歩するという形へ持っていく。でも僕の場合は、前述の担当者のリミットがやはり大事かなと思います。当然「おいおい、それは無理」という場合もありますが、そうなった時は、それこそお互いの譲歩できるラインを確保せざるを得ませんが、そういう営業は基本的に認めてはダメだなと思っています。
 でもそれはその時の環境にもよるので、如何ともし難い問題ということ、なのでこの際忘れておきましょう。
 それで、僕が定義する納期とは、「納得のいくものができる」期間だということです。「納得のいくもの」とは、なんだ? ということを考えると、そこには自分の力量を発揮できたという自負を持った時、ということがひとつ。でもこれは多少なりとも独りよがりが含めれます。また、営業担当の言われるがままのスケジュールでやることが大半でした。だから、納得のいくという成果がなかなか得られなかった。そして、神経をすり減らして、体力の限り、睡眠時間を削ってみたいな消耗戦であったことは事実です。だからこそ今思えば、記憶に残る仕事というのは20代の頃のものが多い。それは、やはり心身ともに苦労したからなのではないでしょうか。

フリータイムより余白の時間が自分を向上させる

 それで、今はどうなのか。 これまでの経験から、やはり時間をうまく使うということが一番のキモだと思っています。紙媒体の仕事をしていると、ゼロから何かを作るということはありません。原稿があったり、写真があったり、大まかな構成があったりと、素材が基本的に存在します。それらをデザインする、情報を整えるということが求められるので、いつも同じでは飽きられる。そのための勉強が必須です。もちろん日々の生活の中でもアンテナは張っていますが、やはり身につくという点で言えば、実作業から得られることが1番なわけです。だから、作るという仕事の中に、学ぶというステップを加味します。多少ズルく聞こえてきてしまいますが、これも仕事に含めるわけです。与えられた素材を活かすための再構築は、1つではない。大袈裟に言えば、チャレンジの場でもあります。だから、その時間を工数に加えることにしています。
 素地は20代で、30代は自分のロジックを構築し、ようやくいま、仕事の効率と学ぶ余裕が出てきたような気がします。ただ、ここで注意は経験を積み上げてくると、これを守ろうという意識が働いてしまうということです。これが歳をとるということなのかもしれません。頑なになるということは、視野を狭めることになります。だから、無理のない範囲で極力どんなことも引き受ける。そこでパターンをまた構築することが必要だと思うようになりました。
 要は、スケジュールに実際の制作期間に余白を持たせて、そこで遊ぶなり学ぶなりしちゃえということです。大人になると学ぶ場がなくなると昨今よく聞きます。それは僕も同じことを考えていました。その中で否応にも身につくこと、それに付随することをルーチン化(効率化)しつつも、それに少し向き合って自分のアイデアや能力の限界点を見つけて、学びながら拡張してみようというのが今の僕の考えです。それって働く上での権利なんじゃないのかなと、図々しく捉えてます。
 仕事って基本イヤで、嫌いなんです。だから感情的な部分はちょっと置いておいて、自分にプラスになることを盛りこんじゃえというのが、今回のお話です。
 みなさんの日常にお役に立てればうれしいです。最後までお読みいただきありがとうございました。

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