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ユルスナール「姉アンナ・・・」レビュー

レビュー

あれこれ読んでまたユルスナールを再開。
既にコンプリートしたコレクションの中から今回は「姉アンナ・・・」をチョイス。
本編120ページと比較的短かったので。
それでもユルスナールは大変な読書になるので「またしんどい作品だったらどうしよう…」と構えて読み始めると、意外とサラサラいけました。

内容は16世紀頃のヨーロッパで、近親相姦をした姉弟の物語。
一読して、「あ、まだ若い頃の作品やな…」と分かる、比較的シンプルで読みやすい文体でした。
著者解説によると、本作は18歳~23歳頃に草稿した「渦」という完成していれば大河小説ならぬ大洋小説となり得た作品の一部なんだとか。
「渦」の構想は頓挫、その後一部が三編の中編小説からなる作品集「死神が場所を導く」の一編として復活し、1935年に(恐らくフランスで)刊行されたのがこの「姉アンナ・・・」です。
和訳されたのは1987年と、戦争を挟んでいるとはいえ、「ハドリアヌス帝の回想」の刊行が1951年、和訳が64年ということを考えるとかなり遅め。

例によってユルスナールお得意の自作解説に加え、作品にもあれこれ手は加えたようですが、たぶん骨格は20代前半に書いたままだと思われます。
ストーリーも時々早送りになったかのように進み、それはそれでありがたいような、でもユルスナールらしくない感じがしました。
主題もまだ扱いきれていない印象はあちこちに散見されました。
フランス文学伝統の心理小説をチラチラと意識しつつ書いた感じもありました。
後年の作品を読むとユルスナールは間違いなくそっちの人ではないのですが、本作構想時はまだ20歳前後だったようで、方向性も迷っていたのかもしれません。
まあ結果心理小説でもなく、通俗小説でもなく、ユルスナールの萌芽が見られる歴史文学になっているので、自分が進むべき方向性もなんとなく見えていたのでしょう。

本人解説で、ユルスナールは主人公の中に完全に入ることができたと言っておりますが、正直「ハドリアヌス帝の回想」ほどではない印象。
まあ本人の中でなにか執筆中神秘的な体験が得られたのでしょう。

ただ、読みやすさに任せてサラサラと読んでしまい、時々展開や感情が拾えていなくて理解が薄まってしまいました。
肝心の近親相姦も「あれ…してたっけ?」という始末。
まあユルスナールはそういうシーンをあまりじっくり描かない人ではありますが。
そう考えるとユルスナールらしい晦渋な文体の方が一文を何度も何度も読み返さざるをえないので結果的に理解しながら読み進めることになっていいのかも……というのが今回の新発見でした。
ユルスナールコレクションを一周したらまた読みたい作品でした。

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