見出し画像

明けましておめでとうございます

いま2020年に自分が書いたnoteのタイトル、一つひとつを全部見返していました。

10個くらい「これなんだっけ?」って思うものがあったんですけど、それ以外は「ああ、たしかこういうことを書いたんだよな」って思い出して、ここにぼくの2020年のほぼ全てが詰まっていると言っても過言ではないなあと感じました。

ただ、「全て」ではなくて「ほぼ全て」なのは、やっぱりどこまでnoteが健全な空間であると言っても、オープンな場である以上、書けないことやオブラートに包んだ表現が必要なこともあります。

あと、2020年12月6日を区切りに、2年近く続けてきた毎日更新をストップしたので、12月のぼくはそれほどnoteに記録されていないからです。


2020年の年始に掲げた目標の達成度を振り返り

2020年のぼくは、合計で343本のnoteを書きました。(2020年1月1日〜12月20日の間の集計)

スクリーンショット 2021-01-02 15.12.47

2020年の年始に掲げた目標のひとつに「noteの合計スキ数が6,000以上」があったんですけど、4,691で未達ですね。

もう秋以降くらいから、物理的にも精神的にもスキ数がどうってのを気にしていられるような状態ではなくなって、「ヒーヒー言いながら毎日なんとか公開ボタンを押している」状態でした。

記事の形態ではなくて、140字のフォーマットで公開することもしばしば。

↓3日連続でコメント形式で公開した11月の下旬。3日目に至っては「相方が最高に面白いぜ。」の一言で、もはや文章の体すらなしていない

スクリーンショット 2021-01-02 13.41.20

限度を超えた「公開が目的化」している状態になって、これは続けてもあんまり恩恵を受ける人が自分含めていないと判断して、毎日更新を止めました。

2019年の2月から続けていたのですが、689日連続更新でストップ。

↓おそらく人生で最後の公開記録スクショ

スクリーンショット 2020-12-06 23.58.20-min

代わりと言ってはなんですが、自分のアドレス宛に、その日1日を簡単に振り返る「4行日記」なるものを11月の中旬から始めています。

少しずつやり方はアップデートしていくかもしれないですが、いまのところ負荷とそれによる恩恵の比率がいい感じなので、もうしばらく続けます。

あと、この流れで2020年の年始に掲げていた他の目標の振り返りもやります。

そのあとは、2020年12月の振り返りもやろう。


まず、2020年の目標の1つ目がnoteの合計スキ数で、2つ目が「人とご飯を食べる」です。

2つ目の目標もも前半はコロナの影響でそれどころではなかったのですが、遠隔で定期的にランチ会や飲み会に参加したり企画したり、夏以降くらいからは元々掲げていた「週に1回以上、誰かとランチに行く。2週間に1回以上、誰かと飲みに行く」も達成できたのではないかなと思います。

2021年のご飯は大前提として「楽しむ」を持ちつつ、その人とぼく、あとは来てくれる人たち同士の化学反応なんかも意識しながら企画をしていく。


最後に3番目は「人工知能について勉強する」は、全然できませんでした。

入ってくるAIの関連情報についてはキャッチアップしていたのですが、自分から積極的に取りにいくってことはしなかったです。

このあともう少し詳しく書くかもしれないですが、この1年を通して強く感じたことの1つは「あ、自分って好きなこと以外に興味を持つのあんまりできないんだな」ということです。

だから、「これを勉強しよう!」とか「このスキルを習得しよう!」とかって意識的に取り組むというより、ぼくは好きなものにのめり込んで、結果的に上達する順番なのかなと思いました。

だから、いまさっきまで「今年は新たに◯◯に挑戦する!」ってことを何か書こうかなと思っていたんですけど、やっぱりそういうやり方はぼくに向いていなさそうなので、止めておきます。

ハマったら、勝手にやるし。

ハマるきっかけには、積極的に飛び込んでいく。

ということで、結果的に2020年に掲げた目標は3つ中、1つ達成で2つ未達成でした。

これらを踏まえて、2021年について書いていく。

2020年全体の振り返り

・・・の前に、目標以外の部分の2020年全体と、2020年12月にフォーカスした振り返りをば。

2020年は、一言で言うと「自分がこれまでの22年間で積み上げてきた(つもりだった)ものがぶっ壊された1年」でした。

「できない自分」を受け入れるのに、葛藤し続けた1年。

冒頭で「この1年のnoteの全部のタイトルを全部見返していた」と書きましたが、「プライド」とか「フィードバック」とかに関するnote、特に夏場以降どれだけ量産したことか。

もがいてもがいて、11月のどこかのタイミングくらいでようやくブレイクスルーらしきものを迎えて、「できない自分」を受け入れられ始めました。

まずは現状を受け止めないと、物事が始まらないので。

「これを分からないと言ったら、バカだと思われるかな」とか「これができないと言ったら無能だと落胆されるかな」とかって「他人の目線」という呪縛から、少しずつ解き放たれていようとしています。

「できないこと・分からないこと」は、「自分のダメなポイント」ではなくて、「自分が成長するための余白」。

「フィードバック」は「攻撃」ではなくて、「自分を改善するための手がかり」。

そう言えば、この年末年始に「インサイト」という本を読んでいたんですね。

「21世紀のメタスキルは自己認識だ」ということを主張する本なのですが、もう少し詳しく話すと、「自己認識」は「外的自己認識」と「内的自己認識」の2種類に分けられます。

言葉からなんとなく想像できる通り、「内的自己認識」は「自分」と「自分の中の自分」との対話によって育まれるものなのですが、「外的自己認識」は「自分」と「他者」との対話を通して理解が深まっていくものです。

それで、本を通してぼくが強く感じたことの1つは、「自己認識を深め続けるためには、いかに他者から率直なフィードバックをもらえる環境と精神を持ち続けられるか」が大事だということ。

「内的自己認識」は、まあ自分一人いればなんとかなるので、自分次第な部分が大きいです。

一方で、「外的自己認識」の解像度を上げるためには、「他者」の存在が必要です。

それに、ただ存在するだけじゃなくて、ちゃんと自分のことを理解してくれていて、良い点も改善点も含めて、率直かつ的確に、愛を持ってそれらを伝えてくれる人であることが重要。

(ちなみに、本中ではこういった貴重な存在を「愛のある批判者」と呼んでいます)

いまはまだ、ぼくが若くてなんの実績も権力もないから、いろんな人がぼくに率直なフィードバックをしてくれてとてもありがたいですが、これから先、ぼく含めて人は年を重ねれば重ねるほど「(真の)フィードバック」をもらいにくい環境と精神になります。

「環境」だけでなく、自分自身もそれなりの地位や実績を得れば得るほど、そういった「過去の栄光」に縛られて、「グサっと刺さる」フィードバックを受けることに対する恐怖が大きくなります。

それでも、ビジネスパーソンとして、そして人として自分を高め続けるために、「他者からのフィードバックは大事だな」と、この本を読んで改めて感じました。

あと、これと同時に語らずにはいられない「プライド」ですが、一旦、ぼくの中では「自分を改善するという結果に対するプライドを持つ」ということで落ち着きました。

個人名とURLは伏せますが、さっきTwitterを眺めていたら、たまたま「プライド」に関するツイートが流れてきて、それは「プライドは張る場所を決める。そしてプロは自分の仕事領域にはプライドを持っていて、それ以外は常に教わる側」って内容だったんですね。

この内容、ぼくは前半は同意で後半はちょっと違う意見を持っていて、前半の「プライドは張る場所を決める(=それ以外には持たない)」って意見には同意です。

ただ、どこに持つのかって話で「自分の仕事領域」ってことになっちゃうと、解釈の仕方によっては「自分の仕事領域には他者からのフィードバックは受け入れない」ってことにもなってしまうと思うんですよね。

それだと、一番伸ばさなきゃいけない「自分の仕事領域」での改善が止まってしまう可能性があるので、ぼくは「改善する」ことに対するプライドを持とうということで、ひとまずの結論を出しました。

一瞬「成果」に対するプライドを持つって方が良いのかなと思ったんですけど、それだと(目先の)成果のためには何をやってもいい(=犯罪とか不正とか)って方向にも行きかねないなと思って、ひとまずぼくは「(あくまでも成果のための)改善」に焦点を置くことにしました。

さっきから「一旦」とか「ひとまず」とかってめっちゃ保険かけてるのは、今後考えが変わる可能性がめっちゃあるからです。

なんせ、この1年ずっと考え続けてきたことなので、そこまで簡単に答えが出ても困ります。

大事なのは、「問い続けること」。

ここ1〜2ヶ月は、ようやく「フィードバックをもらう」ことのありがたさについて感じらてきたので、次の段階としては、そのもらったフィードバックの「選別」です。

いまは一旦、もらったフィードバック全てに対して「ありがとうございます!」と平等に受け取っている状態なのですが、今後それらのフィードバックをより効果的に自分の改善に生かすためには、一旦受け入れた内容を咀嚼して、自分の中で「優先順位付け」することが大事だなと思っています。

ただ、いまはまだ一旦平等に受け入れてしまう段階でいいなと思っていて、もう少しフィードバックそのものに対する「一旦受け入れる」という土台を作れた後に、その次のステップに進みます。

ということで、2020年全体は、振り返ってみれば個人的には「プライド」と「フィードバック」がテーマの1年でした。

2020年12月の振り返り

次は「先月の振り返り」という位置付けで、2020年12月だけにフォーカスした振り返りをやっていきます。

先月のテーマは「取捨選択」でした。

↓2020年11月の振り返りと12月のテーマについて書いたnote。ちなみに、このnoteを最後に毎日更新を終了した

若干抽象的な表現にはなってしまいますが、いろんなことをやりすぎて結果的に全部が中途半端になってしまっている感覚があったので、いろんなことを辞めました。

中途半端になっているというか、いろんなことをやり過ぎて、物理的にも精神的にもいっぱいいっぱいになってしまって、いつの間にか「やること自体」が目的化していました。

大きなところで言うと、半年弱お世話になった田端大学のライターを、12月で辞めました。

↓田端大学のライター就任時のnote

念のために言っておくと、田端大学そのものに何か問題があったわけでは全くなくて、むしろメディア野郎の田端さんと一緒にメディア運営をできるとても貴重な機会だったのですが、いまのぼくの状態ではあんまりその恩恵を受けられそうにないし、逆にぼくから何かしら提供できるものもあんまり大きくないなと判断して、辞めることにしました。

あと、詳細はすでに前半で書いたので、もうあんまり書くことがないのですが、2年近く続けてきたnoteの毎日更新もストップ。

あんまりここに書くほどではない、めっちゃ細かなルーティンも、「これ、かけている時間や労力に対して、ちゃんと見返りがあるのかな?」「そもそもなんのためにやっているんだっけ?」といった観点で見直して、いくつか廃止しました。

もうこのままの勢いで、書く内容が被ってくるので、2021年についても書いていきますね。

2021年について

実は、2020年の自分を振り返って、かつ2021年以降の自分のあり方について考える材料にするために、この年末年始で、2つの自己診断をやりました。

その結果と分析は、別のnoteにまとめて、さっき公開しました。

9,000字超えです。

2020年の振り返りと、12月にやったことと、この自己診断の結果を基に2021年について書くのですが、一言で言うと「結果にコミット」をテーマに今年はやっていきます。

詳細は上の「10,000円を払って自己診断してみた」に譲りますが、ぼくは「受容性」という因子が強くて、「他の人の喜びが自分の至上の喜び」という要素を持っているんですね。

だから、本当は自分がそこまで望んでいなくて、他人から求められたり頼られたりすれば、多少無理してでもやってしまうという傾向があるのですが、それは悪い方向に出ると、いろんなことに中途半端になって、結果的に誰の役にも立てませんでした。

↓「できないこと」と「新しい挑戦」との葛藤をしまくっている痕跡が残るいくつものnote

「他の人の役に立ちたい!」って思いは大前提な一方で、「興味のあることとないこととのムラが大きい(=興味のあることにしかハマれない)」って自分もいました。

これは自分でもこの1年で痛感したし、診断結果のレポートでも至るところで「興味のあることを極めることに積極的です」って文言が見受けられました。

だから、言葉にするとめっちゃ単純で、かつそれを実現するのはそこまで簡単なものではないと思うのですけど、「自分がハマれるもの」と「会社に貢献できること」がちゃんと合致する領域を極めるぜ2021。

ちなみに、ここの合致する領域は全く検討がついていないわけではなくて、目処が立っていることは立っているのですが、いまここで言えないこともあるので、一旦「自分と会社にとって両方ハマるもの」の探索という記述までに留めておきます。

ただ、そのためには、日頃からちゃんと自分の好きなことや得意なことを発信したり、あとはいただいたきっかけには積極的に乗っていくことが大事です。

この探索の旅はどこまでいっても確率論的な要素が否めないので、いかに質の良い弾をどれだけ多くできるか。

そういう意味で、結果的には「ハマり切れなかった」ものもたくさんありましたが、いろんな機会に乗らせてもらった2020年も、見方を変えると新たな沼を見つけるための途上であると言えます。

それに実際、2020年に始まった新たなドップリ沼候補に、「漫才」が加わりました。

同じ会社で、同い年の、そして同じ関西出身の相方と、YouTubeに動画をあげ始めました。

まさか、自分がYouTubeを「見る側」ではなくて「投稿する側」になるとは、思ってなかったです。

これもきっけかは、会社の上司からの「2人で漫才やってよ」という冗談でした。

その冗談を2人とも真に受けて作ったデビュー作は、ビギナーズラックを多大に受け、Twitter上で100以上のリツイート。

当初はこの1回だけ思い出作りでやる予定だったのですが、あのときの興奮を忘れられなくて、2人でいまだに夜な夜なネタ作りをやっているようなところもあります。

漫才、それもよっちゃんという最高の相方とできて、めちゃくちゃ楽しいですね。

年末に最新作も作ったので、ぜひ見てください。

とまあこんな感じで、2021年も新たな沼(かつもう少しビジネスの成果に直結するもの)を掘り起こします。

ただ、ここで難しいのが、ぼくの特性上、「ハマる」とその過程そのものを楽しんでしまって、「成果」に対する意識が希薄になるんですよね。

だからこその、「結果にコミット」。

「ハマり」と「成果」を、ちゃんと結びつける。

結びつけるために、頭がちぎれるくらいに考える。そして実行に移す。振り返る。

2021年の月1での振り返りnoteは、これまでと少し毛色が変わるかもしれないです。

というか、変えます。

まだ固まりきってないのですが、ちゃんと「成果」からの逆算になる頭と身体の使い方をば。

ということで、2021年のテーマは「結果にコミット」。

新しい趣味とか習慣とか、ここで決めてもあんまり強制力が働かないなということに気づいたので、特に決めません。

あとスキル的なものも、成果を追い求めるなかで必要とあらば自然と試行錯誤するというか、成果を達成していればその後から付いてくるものだと思うので、具体的なスキルも特には決めません。

とにかく、結果にコミット。

そのために、ちゃんと「ハマる」ものを探し当てる。

言い換えると、ハマれるもので結果にコミット。

「結果」と「沼」という、矛盾するような両立するような両者を孕ませながら、2021年を突っ走っていきます。

おー!!!


最後まで読んでいただいて、ありがとうございます!!!すこしでも面白いなと思っていただければ「スキ」を押していただけると、よりうれしいです・・・!