なぜ企業はコーチングを活用するのか  【①人事の担当者では社長に変革を促せない】

企業がコーチングを活用する理由は様々ですが、私が経営者向けコーチングのご依頼をいただく時に必ずと行っていいほど見える組織の内情というものがあります。今日はそんなお話をしたいと思います。

企業の規模にもよるのですが、会社の中で社長は絶対的な権限を持つ人であり、組織の序列の中では最上位にあたる人です。そして、多くの場合、すべての従業員の雇い主です。この事実は従業員にとって大きな意味を持つようで、社長に対して進言することや、行動態度を是正してもらうように促すことは自分の雇用に対するリスクを覚悟する行為にあたると考える人が多いようです。実際私が従業員として会社勤めしていた頃は確かにそんなことを感じながら働いていました。

例えば従業員として社長の行動態度に疑問を感じた時、「社長、それ間違っています」とか、「本当にその方法で進めるんですか」といった直球を投げることは、かなりハードルの高いことだったりするのではないでしょうか。

それが故に、従業員は社長に向かって直言しなくなる傾向があります。

また従業員が意を決して、社長の行動態度を指摘したり、何らかの進言をしたとしても、上下関係や雇用関係という権威を振りかざした社長に簡単に言いくるめられてしまう、ということもあると思います。

人事担当者にはそういった従業員からの声が集まってきます。一言で言えば「社長の言動をなんとかしてください」という声です。ただ、人事担当者も一従業員ですので自分が直接的に介入し、社長に直言することははばかられ、その解決策として「外部コーチに来てもらうか」ということになることが近年増えています。

そうやって起用され、私が社長に会いに行くとたいていこういう論調をお聞きすることになります。

「うちの社員は本音をなかなか言わない」

「この会社にはイエスマンしかいない」

「ウチの社員は何も積極的に提案してこない」

そして・・・

「林さん、彼らにガツンと言ってやってくださいよ」

こういったことを開口一番おっしゃる社長、私の経験ではかなり多いです。

そして多くの社長がこういった本音を内包していて、多くの場合そういった本音を誰にも言えず隠し持っていたりします。仮にそういった本音が言えたとしても経営幹部の数人や人事部長、社長秘書ぐらいの人たち留まります。社長には同僚もいないので、同僚に悩みを相談することもできません。また、家に帰って奥さんにそんな愚痴を言っても嫌がられるだけなのでだんだん言わなくなってしまう。そんなことで、実は本音を吐露できない社長は世の中に多くいます。

ここでおもしろいのは「社長も従業員もお互い言いたいことを言えていない状態にある」ということ。これを私は「社長と従業員の間にある川」と呼んでいます。

そんな社長との初回コーチングセッションでは、コーチの私は聞き役に徹する時間を多く取ります。社長という肩書からの発言から少しずつ離れてもらい、一人の人間としての感情を紐解き、願いや大志を思い出してもらう。そして現状の不安についてもありのままに表現してもらう。

これだけでも、エグゼクィブ・コーチの価値は充分あります。誰にも話せなかったことを正直に話して、それを整理してくれるコーチの存在は社長にとってとにかく貴重なようです。

そしてこういった対話を何度か重ねることで、社長とコーチは信頼関係を徐々に構築していくのです。社長が本音を吐露し、思考を整理する場を手に入れることは社長にとっても会社全体にとっても価値のあることです。

しかし、社長という役割を背負っている人材にとって、それだけでは不十分です。そうなんです、エグゼクティブ・コーチの本当の役割はここから始まります。

何でも安心して吐露できる信頼関係の構築はコーチの仕事の一つであって、全てではありません。両者の信頼関係ができた上に積み上げたいのは「チャレンジ」です。ここが従業員の手の出せない領域です。

コーチングの中でのチャレンジとは、相手の思考の中で「ここが限界」と思っている領域に対して「まだできるはず」と刺激することを指します。

例えば、社長が「私としては充分頑張ってるし、これ以上やりようが無い!」といった論調だったとします。

確かに「頑張っている」のは事実ですが、コーチが照らしたいところは「頑張っていればそれでいいのか」という領域です。社長の思考の中では「頑張っている」=「これ以上できない」=「しょうがない」という思考の癖が起きています。

こういったときコーチが問いかけたいのは、「頑張っているということはしっかり理解しました。ただ社長という役割においてその頑張りは十分といえますか?社長ならもっとできるはずだと私は思います。」といったものになると思います。

内包しているメッセージとしては「社長のあなたの能力を持ってすれば、より先に進めるはず、より大きなことが成せるはず」、というものです。こんな発言をコーチがすれば、社長が気分を悪くするリスクもあります。反面、普段従業員から受けていない種類の刺激を受けることでもあるので、そこから新しい思考が始まる可能性を大いに秘めていますので、そのリスクをコーチは進んで取りに行きます。

こういった関わりが社長の思考の癖を克服させ、思考の限界を超えることに繋がり、新しいアイデアや行動を生むきっかけになります。つまり、思考に変容が起きるということです。社長の思考に変容が起きることの重要性はここに書くまでもないと思いますが、全社的に大きな影響を持つ「イベント」または「会社にとっての一大事」だと私は思っています。

これは私見ですが、こういった関わり方は外部の人間だからできることで、これを例えば人事担当者が社長に向けて行うことは難しいと思います。

社内的には、外部からコーチらしき人が来て、社長と1時間、会議室でなんかよくわからない話をしている、という風に見えている営みには、実は「会社にとっての一大事」となる「イベント」が起きている。そんな風に捉えることもできるのではないでしょうか。

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