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脳科学で格闘技をハックしてみた

こんにちは、舟山健太です(@Kenta913Biz) 。「大人の文武両道」という座右の銘のもと、フルタイムで会社で働きながら現役のアスリートとして日々活動しています。本日は、アスリート舟山としてのnoteになります。

7月の世界大会が終わり、日本での小さな試合やスパーリング大会はあれど、来年の世界大会まで大きな試合はなさそうだなと思い、粛々と身体と技術のベースを引き上げる日々を送っていたところ、10月下旬に開催されるスポーツアコード主催のWorld Combat Gamesの出場選手として選ばれました。World Combat Gamesは3年に1度開催され、世界中のいろいろな格闘技を集めた競技大会で、いわば格闘技のオリンピックみたいな感じのものです。その中のサバットの-60 kg のアジア枠として自分が選出されて、出場することになりました。World Combat Gamesは一度も出場したことがなかったので、オファーに対して(真横に妻がいたのにも相談せずに)文字通り即答でYESと返事をしました。今年の挑戦はもう終わったのか~としょげていたところだったので、まだ今年中に挑戦するチャンスがもらえてすごく嬉しく、非常に楽しみにしながら日々準備をしています。

そんなこんなで試合まで1ヶ月を切っているのですが、自分は試合が近づくとなぜかnoteを書きたくなります。理由は自分でも明確にはわかっていないのですが、おそらく試合の追い込み期間に入ると、日常の細かい部分まで気を使い生活を洗練させていくからだと思っています。例えとして不適切かもしれないですが、試合までのカウントダウンは、終わりが決まっている自分の寿命に対して、残りの日々の1日1日を無駄にしないように大切に過ごすこととすごく似ていると思っています。終わりが近づいてくると、自分が歩んできたことを文字として残したり、誰かに語りたくなるものなんじゃないかと思っていて、それと一緒なのかなと現状解釈しています。

そんなことはさておき本題に入っていきたいと思いますが、今回は自分が普段どんな風にサバットのトレーニングを意識しているかを記載していきたいと思います。打撃系の格闘技の技術練習といえば、ミットやサンドバックを使ったコンビネーションの練習や、それを実践形式で試す対人練習やスパーリングがあるかと思いますが、自分は大学院から社会人にかけて約10年間脳の研究をしていたことから、格闘技を脳科学的に捉えることが多いです。ということで、今回のnoteのテーマは、自分がどのように脳科学を格闘技に昇華させているかの独自の考えを言語化する、です。

いろいろと書き始める前に先にお伝えしておきたいこととしては、今回の記事は、学術論文に基づく正しい神経科学の知識を伝えようという目的ではなく、神経科学の知見を自分なりに「勝手に」解釈し応用しているものという位置づけだということです。専門家の方からしたら、それって科学的に証明されているの?と思うことも多々あるかもしれませんが、一つの読みモノとして読んでいただければ幸いです。


STEP 1:新しい動きは「小脳」に覚えさせる

始めに、新しい運動をする際には誰でもやると思うので特に目新しいことはないかと思いますが、新しいサバットの技を覚えるときは、まずはひたすら反復練習をします。最初のほうは同じ動きをやろうと思っても再現性が低く、バラつきが多くなってしまうのですが、これが運動制御を司る脳部位である小脳にとってはエサとなり、徐々に動きのバラつきが収束していき、スムーズな運動を実現していきます。そうしてプロセスがあることから、新しい技をやるときには、技の精度はそこまで気にせずにとにかく数を繰り返すことを自分は意識しています。

では、反復運動をすることでなぜ動きのバラつきが収束していくのか?これは脳の基本的な特性に由来します。脳は神経細胞(ニューロン)と神経細胞が手をのばしあって繋ぎ合う「シナプス」という構造を多数つくることで、神経回路を形成します。シナプスは反復して利用されると情報伝達の強度が増す特性を有していることから、反復して同じ刺激を与えられると、最初は各刺激ごとにバラついた神経細胞群が活動していたところから、よく使われるシナプスが徐々に増強されることによって(細胞同士の手をつなぐ力が強くなる)、ある刺激に対して再現性高く同一の神経細胞群が活動するようになります。つまりこれは、脳内の活動の再現性が高まるということであり、これによって脳が制御している運動制御のバラつきもなくなり、再現性の高い運動をすることに繋がります。

神経細胞同士の手と手が繋がる構造(シナプス)

STEP 2:再現性の後は「動きの質」を求める

動きに再現性を確立できたら、次は自身の動きの悪いクセを修正する作業を行います。人それぞれ筋肉や骨・関節のバランスの違いによって、動きにはクセがでます。クセというのは別の言い方をすると「特徴」にもなることから、全てのクセを修正するというよりは、力発揮などの機能的な運動に対して悪影響やロスを発生させてしまうようなクセを直していきます。こうしたクセを直す際に、自分はフィジカルトレーニングの力を借りています。例えば、自分の場合だと、骨盤が前傾してコアの力が抜けやすく、結果として肋骨が開いてしまうことで重心が上に上がってしまうというクセがあります。コアが抜けて重心があがってしまっては、パンチやキックをしようにもパワーが発揮されません。こうした身体の悪いクセは競技の一つ一つの動きにも反映されてしまい、機能的な動きを損なわせてしまっています。また、このクセは小脳にも刻まれてしまっているため、正しい動きとのギャップを小脳に学習させる必要があります。

この「動きの質」の例えとして、水を放出するホースをイメージすると分かりやすいと思います。ホースから水を出すときに、もしホースの途中のところどころに小さな穴があったら、どうなるでしょうか?蛇口を同じだけひねったとしても、途中にある無数の小さな穴から水が漏れてしまうことで、本来の水量や威力はホースの先端から出力されないでしょう。では、元の蛇口をひねる大きさが、その人が本来もっている筋力だとして、ホースの先端から発射される水がパワー(力×スピード)だとします。このとき、一つ一つの小さな穴が、機能的な動きを妨げる身体の悪いクセであり、悪いクセがあればあるほど力が逃げてしまい(=小さい穴から水が逃げる)、結果として本来だせるはずのパワーがだせていない状態になってしまいます。この穴を踏める作業が「動きの質」を求めるということだと、自分は解釈しています。

少し余談ですが、よく練習量の話をするときに、若い時はとにかく量をやったほうが良い、ある程度ベテランになってから質を追求したほうがよい、とアドバイスする方が多いかと思いますが、自分はこの考え方は半分正しいし、半分ずれていると思っています。自分の中では、新しい技を覚えるときには、バラつきをなくし再現性を獲得するために量を重視して、再現性が高まったら細かい部分の修正をするために質を追求するのが良いと思っていて、そういった意味では最初は量でその次に質を考えるというのは自分の考えとも合致しますが、それと年齢を繋げるのはまったく別物だと思っています。若くても量と質を使い分けることは必要だし、若い時に無理して量ばかり追求すると、後に怪我などに苦しみ選手寿命を縮めることになる、というのが自分の考えです。自分も30代半ばになりすごく感じるのですが、若い時に無理して負担かけた部位は、年齢とともに怪我や痛みとして浮かび上がってきます。

STEP 3:意識(マニュアル)から無意識(自動化)へ

サバットを含む打撃系の格闘技の練習では、ミットや対人練習などで技のコンビネーション練習をよく行います。例えば、ジャブ→右ストレートー→左フック→右のローキックのような感じです。こうしたコンビネーションの練習はどの選手でも攻撃の幅を広げるためにやっていると思います。このとき、動作を反復することで「身体に覚えさせる」という表現がよく使われると思います。自分にとってこの練習は、「身体」ではなく「脳」にコンビネーションを刻み込む作業だと思っています。このコンビネーションを反復することで、シナプス増強により特定の細胞群を活性化させ、脳内にこのコンビネーション①の神経回路を作るという作業になります。また別のコンビネーション(コンビネーション②)の練習を行う場合も同様で、コンビネーション②の神経回路を脳内で作る作業です。つまり、コンビネーション練習というのは、コンビネーションの指令を送る神経回路のレパートリーを増やす作業だと考えています。こうしたレパートリーがきちんとつくられていたら、コンビネーション①の神経回路に入力を入れれば、意識せずとも勝手にその特定の細胞集団が活性化され、目的のコンビネーションを出すように身体に指令が入るようになります。

無数の神経細胞がシナプスを介して構成される神経回路。
刺激の種類に応じて活動する細胞集団が異なることで情報処理が行われる。

このコンビネーションを「身体」が覚えるのか、「脳」が覚えるのか?の解釈の違いに何か意味があるのか?と思うかもしれませんが、次のステップで効いてくると思っています。

STEP 4:「脳のゆらぎ」をハックする

こうしたコンビネーション練習をたくさん行って、脳内に自動化されたコンビネーション回路のレパートリーをどんどん増やしていくのは良いのですが、このコンビネーションをスパーリングや試合でホイホイだせるかと言ったらそういうわけではなく、一筋縄ではいきません。こうして何万回と練習してきたことを試合でだす術を知っているかどうかが、選手として一段階上に行けるかの鍵と言っても過言ではありません。

では、たくさん脳内に刻み込まれたコンビネーション回路のどれが引き出されるかは、どのように決まっているのか?これはあくまで舟山個人の考えなのですが、これは脳内の揺らぎによって決まっていると思っています。

我々が何もしていないときでも、脳内では常に神経細胞がパラパラと活動しています。こうした何も外部刺激がないときの脳活動を「自発活動」と呼びます。こうした自発活動は一見てきと~にランダムに神経細胞が活動しているように見えるのですが、実はそうではなくパターンがあることが研究で明らかとなっています。とある研究では、外部刺激によって活動する神経回路が自発活動時にも同じように活動しているという報告があります。また、自発活動を観察することで、その人がじゃんけんで次に出す手を高確率で予想できることを報告している研究もあります。

つまり、選手が相手と対峙をして技を出していないときでも、脳内では自発活動のゆらぎが発生しており、その脳のゆらぎの状態によってどのコンビネーションが出やすいかがある程度決まってくるということです。なので、自分が戦っているときに、ある特定の攻撃を当てたいときは、脳内の揺らぎをそのコンビネーションがでやすいような活動に誘導するイメージをもつようにしています。そうすることで、そのコンビネーションを出したいシチュエーション(例えば、相手が特定の技をだしてくる or 相手が自分の射程圏内に入る、等)になった瞬間に、それがトリガーとなって脳が瞬時に反応して自動的にコンビネーションが最速で出すことができます。自分はこの方法を取り入れることで反応速度がものすごく速くなり、カウンターがものすごく上達しました。

ここで大事なのが、前述したようにそのコンビネーションは「身体」ではなく「脳」に刻まれていると考えることです。身体に刻まれているという考えのもとでは、コンビネーションを出すときに使用する手や足に意識を集中させるとことになり、これが力みや予備動作などに繋がってしまい、そもそもの反応も遅くり、上手く技を繰り出くなってしまいます。また、力みや予備動作は相手にこちらの狙いが悟られる原因となってしまい、しまいには相手に先の先(せんのせん:相手が攻撃を行おうとする動作を 読み先に攻撃を行うこと)を取られてしまう結果になります。手足に意識を向けるのではなく、脳で意識することによって、力みや予備動作なくトリガーとなるシグナルに対して瞬時に(無意識に)自動化されたコンビネーションを繰り出すことができます。

STEP 5:試合では、意識と無意識を使い分ける

自分が格闘技をして、いろいろな選手を観察してきて感じていることとして、格闘家には大きく二つのタイプがいると思っています。

1.意識的にその場で考えて動くのが得意な人
2.練習によってあらかじめ自動化された動きで戦うのが得意な人

前者は、試合の中で相手の動きや反応を分析して、何をどうすれば当たるかを考えながら戦う人です。後者は、試合中に考えすぎてしまうと逆にリズムが崩れるため、相手の動きに対して無意識な反応によって、予めインプットされている自動化された動きの引き出すを使って戦う人です。自分は明らかに後者のタイプなのですが、世界チャンピオンクラスの選手になってくるともれなく1と2の両方を使いこなしており、逆に言うと、1と2をもれなく使いこなせている人は、だいたい強いです。

なので、普段の練習でスパーリングなどの練習をする際には、自分が得意とする2の自動化された動きをベースにしつつ、1の意識化の動きを上手く取り入れることを大事にしています。なんとなく戦うよりも、意識と無意識を上手く活用して戦うほうが、上達スピードも早い気がしています。

最後に、ここであげている脳科学的な考え方は、普段の練習のメニューを劇的に変えるものではないかもしれないですが、ただなんとなくコンビネーションを反復しているだけよりも、どのコンビネーションが動きの再現性が獲得できているのか、どの動きが無意識の自動化まで至っているのか、どの動きが脳内のゆらぎまでハックできているのか、を理解することで、どういった段階の練習を行えばよいかを判断することができ、トレーニングの質や戦い方の質が変わってくるかもしれません。今回は自分が行っている競技(打撃系の格闘技)を例として述べてきましたが、おそらくいろいろな競技にも汎用性がある考え方だと思っているので、もしなるほど!と思ってくれた方いたならば、ご参考になれば幸いです!

ここまで離脱せずに読んでくださり、ありがとうございます!では、10月下旬の試合、頑張ってきます!


貴重なサポートありがとうございます。第一線のアスリートとして残されているあと少しの命、世界を獲るためのトレーニングに大切に大切に使わせていただきます。