短編小説:命の値段

 次に保険屋さんが狙ったのは、小学生だった。彼は、正門から校舎に侵入し、授業中の教室の扉を開いた。
「わあ、命の値段がゴロゴロいるなあ!」
 彼は椅子に大人しく腰かけている、凡そ三十匹の命の値段を値踏みし、窓側の一番前の席に座る、他の値段よりも三百円ほど高い子供一匹のところへ近づいた。舌なめずりをしながら、こう叫ぶ。
「三万円を払え!」
 そのとき、黒板に居を構えていた男、名前は中年男性、歳は20歳が彼の胸倉を掴んだ。「俺の眷属に何をする」中年男性は怒号を食らわし、保険屋の耳たぶに請求書を書いた。「この請求書に、お前が俺に渡せる最大のメリットを書き記せ」そう言い放つと、保険屋は即座にマジックインキを取り出し、米粒よりも小さな文字を書き連ねようとした。
 そこへ、生徒が手を挙げた。その生徒は、発言を許された。
「サンエックスです!」
「正解!」
 窓の外に目を向けると、一人の生徒が両手を広げて、校庭のトラックを周回していた。ブーン。それは、飛行機の真似だった。つまり、彼は飛行機になるのが夢だったのだ。
「日本からサンフランシスコを往復するだけの人生に乾杯」
 彼は叫んだ。保険屋によれば、彼の命の値段は、凡そ三千万円だったという――

 ウンパーピッ、ヨ? ヨ、ホホ!
 ノウーン、スマチッ! 人選ミス! 偉い? エラーイ! エラ、エララララヌムン、スクトリプッ、ト、のぽっめ、スあげん? ぬっふふふ、ぽんちきぽんちきぽん!
 ああ~
(作詞作曲:ドビュッシー(命の値段:5円))

「――そうなんだ。サザエさんのエンディングテーマはエレファントカシマシらしいよ」
「あ!? 今なんて言ったァ!?」
「だーかーらー、そう言ったじゃん、聞いてた?」
「何が? ウォン?」
 サナギが孵化したばかりだった。シャー芯大臣。
「ふざっ、けん、じゃ、ねぇよ! そんないい方しなくていいじゃん?」
「ウォン?」
「それだよ、それ!」太宰治は言った。
 お取込みのところ、失礼します。あなた今、落とされませんでしたか?
 何を?
 命。
 命。
 死んだ。

 ソフトクリームは中年女性の汗と苦しみでできています! ――そういう触れ込みでスタートしたこのお店も、もうすっかり安定して、ただ世論に媚びて商品をこさえるだけの養豚場に成り下がっていた。出汁にしていたフェミニズムは、既にエロとグロとナンセンスへと転化し、店頭には水着女とむき出しの小腸、そして一枚三万円の牛肉が並んでいた。来るお客はと言えば、政治家かあるいはユーチューバー。中年女性の汗と苦しみに唇を潤しながら、彼らは国の未来を語っていた。
「この国に足りないんですよ!」
「何がですか? ウォン?」
「だから言ったじゃないですか! ちゃんと話を聞いてください!」
「言ってねえだろ! ウォン?」彼は包装紙を食べるのが大好きだった。
「ふざっ、けん、じゃ、ねぇよ! そんないい方しなくていいじゃん!」
「ウォン?」太宰治は言った。
 お取込みのところ、失礼します。あなた今、落とされませんでしたか?
 何を?
 命。
 命。
 死んだ。

 この期に及んで、マゾ! マゾ!
 ドストレートな、マゾ! マゾ!
 アア、叩いて! ああ、嬲って!
 ぼくのハートを撃ちまくれえええええええええええ!!!
(作詞作曲:モーツァルト(命の値段:

 男は女を犠牲にして大人になり、女は男を犠牲にして大人になる。そんな社会で生き残れるのは誰か。――小学生だ。
 保険屋はそのことを本能的に察知していた。社会的に許されない行為だとしても、彼は本能に抗うことができなかった。だから、侵入した。危険を顧みず、彼は自分の心の赴くままに行動したのだった。子供に、三万円をせびることが、どんなに勇気のいることだっただろうか。想像に難くないだろう。子供には、空虚な大人を殺すことのできる力がある。ぽっかりと空いたその概念を満たすのは、いつだって子供だ。空はなぜ青いのだろう。星はなぜあんなにキラキラと輝いているのだろう。大人が忘れようとしていた生への執着を、子供はいつだって強いてくる。保険屋は、そういう子供に対して、人一倍期待を抱いていたのだった。
 保険屋は中年男性に言った。
「子供の、命の値段をもっと大切にしてやってくれないか。なぜ、君たちはいつも、子供を机に縛り付ける? 美味しくもない給食を出し、楽しくもないレクリエーションを提案する? なぜ君たちは、子供を大人へと堕落させようとするんだ。もっと考えてみたまえ。子供は可能性の塊だ。ぼくら、空虚な大人には想像もできないような可能性が――空が――子供たちには広がっているんだ。なぜ君たちは、自分たちの尺度でしか、子供を考えることができない? もっと立ち止まって考えてみろよ。子供たちの命の値段を。子供たちの無限の可能性を――。それを見守ってやるのが、ぼくたち空虚な大人の使命じゃないか」
 そう言い終わった後、保険屋は再び、傍にいた子供に言った。
「三万円、早くよこせえ! 月賦でな!」
 中年男性はその隙にスマートフォンを取り出し、警察に通報した。
 しばらく経った後、教室に乗り込んでいた警察に、保険屋は捕縛された。警察が来る間、彼はずっと、その子供に三万円を請求していたのだった――

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