対話:ぼくはファイアが撃てる。

 ――ぼくはファイアが撃てる。
 急に、どうしたの?
 ――どうしたもなにも、ぼくはファイアが撃てる。
 撃てるわけないよ。
 ――君はそうやっていつも、ぼくを笑うけどね。本当に撃てたらどうするつもりだ。
 だって撃てるわけないもの。
 ――じゃあ、ぼくがファイアを撃てないこと、証明できる?
 ……できないけどさ。
 ――ほら。
 そんなに言うなら撃っているところ、見せてよ、ファイア。
 ――今は撃てないんだけど。
 撃てないんじゃん。
 ――撃てる。
 ……。
 ――ぼくはファイアが撃てる。
 ……もしね、じゃあ本当に撃てるとしよう。どうして今、それを打ち明けてくれたの? 秘密じゃないの?
 ――秘密でも、なんでもない。これはぼくの、大切な一側面さ。
 だからどうして、今打ち明けてくれたの。
 ――君に知ってもらいたかったから。
 そっか。
 ――うん。
 ありがとう。
 ――どういたしまして。
 ……じゃなくて。
 ――え?
 ぼくたちは今、渋谷の街を歩いている。人ごみに紛れて、道玄坂を一歩ずつ上っているところだ。ぼくたちが目指しているのは、激安のカラオケルーム。ぼくたちは自分たちの娯楽への欲求を満たすために、二人並んで歩いているんだ。
 ――そうだね。それで?
 それでじゃないよ。なんでこんな時に、そんな大切なことをぼくに教えてくれるんだ。ぼくはこれから、君の大事な秘密を抱えて、歌を歌わなきゃいけないんだぞ。
 ――秘密じゃないってば。
 歌詞に「秘密」って出てくるたびに、ぼくは君がファイアを撃つ姿を想像しなきゃいけないんだ。「アイデンティティ」を匂わせる歌詞を歌うたびに、ぼくは君のその危険な能力を受け入れる覚悟を引き受けなきゃいけない。どうして今、そんな重い決断をぼくに背負わせるんだ。
 ――どうしてかな。気分?
 気分なのか。君の気分でぼくは、君の殺傷能力を知ってしまったというのか。
 ――ぼくのファイアは、別に人を殺さないよ。
 え?
 ――ぼくのファイアに、人を殺す力はないんだ。
 なんで? だって、火でしょ?
 ――触ってみる?
 え?
 ――今なら、ファイアを出せると思うんだ。
 え、ちょっと待って。
 ――触ってみたい? ほら、ぼくの左手の薬指。今、ファイアが出てる。
 左手の薬指……
 ――早く、触って。さもないと消えちゃうよ。
 わ、分かったよ。……あつくないの?
 ――あついってどういう意味?
 ……ほら、その、やけどするんじゃないかってこと。
 ――しないよ! ほら、はやく。
 ま、待って。心の準備が――
 ――えい。
 わ!
 ――……どう?
 ……あたたかい。
 ――そっか。
 ……うん。
 ――……。
 ……。
 ――もう、いいでしょ。離して。
 ……。
 ――何をしてるの? なんか恥ずかしいから。
 ……もう、ちょっと。
 ――……。
 ……っ。ごめん。あまりに、その――
 ――う、うん。
 は、はやくいこっか。カラオケ。
 ――そ、そうだね。
 ……ありがとう。
 ――ああ、うん。こちらこそ、

ありがとう。

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