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出会えたことを忘れないように

明日の卒業式に出席するためにジムの両親が町に来ているとのことだった。「夕食をご一緒に」とのお誘いを受けたので、ジムと一緒に彼らが滞在しているホテルにこれから行くことになっている。支度を整えたジャッキーさんと一緒に部屋を出る。ジムの部屋をノックするが、応答がない。寮で他にジムが行くとしたら、中庭だ。煙草を吸っているのかもしれない。「タバコ吸っているだろうから、中庭に行ってみよう」と言って階段を降りる。一階の廊下には何人かがたむろしていた。明日の卒業式を残すだけだから、みんなどこか浮かれ気分だ。一番奥の部屋からクラスメイトのケイガンがとジョーダンが出てきた。こちらに気づいて、「奥さん?」と聞いてくる。「そうだよ」と答えると、ケイガンが「とてもお美しい」と少し照れながらも、おどけた口調でジャッキーさんに声をかける。お互いに自己紹介し、雑談していたが、ジムを探さなければと我に帰る。「卒業式でね」と彼らと別れる。扉の向こう側からキースがこちらを見て、嬉しそうに手を振っている。カードキーを忘れたらしく、誰か通るのを待っていたみたいだ。扉を開けると「助かった」と言いながら入ってきた。外に出て中庭を見やると、予想通りジムがベンチで煙草を吸っていた。声をかけると、立ち上がり、こちらに歩いてくる。「じゃあ、行こうか」と三人で車に乗り込む。ジムの革ジャンに沁み込んだ煙草のにおいが車の中にみちる。

ホテルまで行くと言っても、車で5分もかからない。僕らの学校から歩いて行ける距離にホテルは位置している。ジム曰く、「カナダ人は歩かない」とのこと。見た目に歩ける距離であっても、実際に歩くと見た目以上にかなり距離がある。僕も足が棒のようになった経験があるのでジムの意見には賛成だ。この町にいくつかあるホテルの中で、ジムの両親が宿泊しているホテルは、2番目に良いらしい。この小さな町でホテルが必要かと疑問に思ったが、お役所の人達が出張で利用したりするとか。個人的には、一年目の冬休みに帰国する直前に大雪になり、タクシーをつかまえるために雪の中を悪戦苦闘しながらこのホテルのフロントまで来た覚えがあった。ゆっくりホテルに入るのは初めてなので、室内を興味深く見回す。レストラン前には「金曜日は、ロブスターディナー」という看板。ジムが先頭に立って、「行こう」と廊下を進み始める。105号室の前まで来てドアをノックする。「鍵、開いてるわよ」という声が聞こえた。部屋の中に入ると、ソファに腰かけたジムのお母さん。ジムが「マム」と言いながら近づくと、立ち上がってハグをする。お父さんも寝室から出てきて、ジムと声を交わす。ジムが後ろにいた僕らを紹介してくれたので、一通り挨拶をすます。

この二年間でジムが両親の暮らす故郷に帰ったのは、夏休みと冬休みだけだ。家族と過ごす大切なサンクスギビング(感謝祭)も寮に留まっていたので、ジムにも、両親にとっても、こうやって会えるのは嬉しいに違いない。レストランに移動して席に座り、各自がメニューを見て注文していく。ジムのお母さんが「もっとたくさん好きなもの頼んでいいのよ」と盛んに進めてくる。食事が来るまで、ジムたち家族の話を聞きながら時間を過ごす。お父さんは、比較的口数が少ないが、お母さんがその分よくしゃべる。ジムもマシンガンのようにしゃべる時があるので、きっとお母さんに似たのだろう。ジャッキーさんと僕が「うん、うん」と頷き役に回っているのを申し訳ないと思ったのか、ジムのお母さんが何度もこちらに話を振ってくれる。優しい笑みを浮かべながら、「あらまあ」みたいなリアクション。ジャッキーさんのネックレスを見ては、「すごく似合っているわ」と何回も褒める(数年後、ジムにクリスマスのメールを送ったら、ジムのお母さんが「あのネックレスは素敵だったわ。とても似合っていたのよ」と言っていたと教えてくれた)。ジムの両親と直接会うのは、今回が初めてだった。こうやって一緒に話をしていると、両親がジムをすごく愛していることが伝わってくる。ジムもそんな両親を愛していて、何だかそんな彼らがとても羨ましくなった。


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