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チームの中で役割を探す

枯れ葉の中からバネ式のネズミ捕りを取り出し、罠にかかった小動物を手袋をはめた手で恐る恐る掴む。「これってDeer mouse(シロアシネズミ)?Woodland jumping mouse?」クラスで習ったネズミの名前を言いながら、隣でしゃがんでいる友人のジムに声をかける。ジムは「どっちだろうね?」と言いながら無造作にネズミをジップロックに放り込んでいく。僕らの課題は、指定された森のエリアでネズミ捕りをしかけ、学期をかけて罠にかかった小動物の種類と個数の統計をとり、レポートにまとめることだ。5人一チームで、クラスの実習で学校近くの森に来ている。一学期に初めて取り組む森での調査とレポート作成なので、個人でなく、チームで取り組むと聞いた時は内心ほっとしたものだ。だけど、課題が始まると、このチームで自分は何ができるのか?という焦りで心に余裕がなくなった。言語の壁というのは想像以上に大きい。チームで議論があると、僕は言いたい時にスッと言葉が出ずに意見するタイミングを逃してしまう。一度タイミングを逃すと最後まで発言の機会がないまま終わってしまうこともある。言葉を発しなければ、チームの中での存在感は希薄になる。学校のカリキュラムでは、これからもチームで取り組む課題を避けて通ることはできない。チームメンバーの評価が個々の成績にも反映されるから、はじめの一歩でヘマはしたくない。

学期が進むにつれ、クラスメイトの中から脱落者が少しずつ出始める。学期が始まって一ヵ月後に、同じチームの一人が学校を辞め、学期の途中でもう一人がいつの間に荷物を片付け学校を去った。五人のチームはいつの間にか3人になっている。そんな状況ではあったが、「早くチームの中で存在感を出さなくては。自分の強みを出さなきゃ」という思いが自分の中で燻っていく。自分の強みとは一体何だろう?英語もネイティブでなく、議論をまとめるファシリテーション能力もない。リーダー気質があるわけでもない。チームに親友のジムがいたので、分からないことを聞きつつ、何とか調査についていってる。みっともないが、それが僕の現状だ。

罠にかかったネズミを校舎のラボで保存した後、暗くなった校舎から寮に続く廊下を渡り、自室に戻る。ネズミ捕りが長引いて、もう九時近い。机の上で明るく光るPC画面を眺めていたら、以前に勤めていた会社で「書類作成スキル何て別の業界に行ったら何の役にも立ちはしない」と言われたことをふと思い出す。確かにその通りかもしれない。今現在、学校の調査実習ですら書類作成の経験は役に立っていないではないか。長いため息が出る。それでも、手が勝手にPCのキーボードを叩いてレポートを直し始める。クラウドにはジムがドラフトしたレポートのファイルが表示されている。ファイルをクリックして、レポートの体裁を整え、添付資料をまとめる。エクセルでデータをまとめ、グラフを作る。地味な作業だ。これしかできないのなら、今はこの作業に集中しよう。余計な考えが頭から消え去り、ひたすら作業に没頭する。少し肌寒い秋風が窓から部屋の中に流れ込んでくる。

翌朝ジムと朝食を食べにカフェに向かう際、「レポート直してくれたの朝見たよ。プロフェッショナルな出来栄えになっていて驚いた。俺は書類作業が苦手だから助かる」と声をかけられる。地味な作業だと思っていたが、ジムをはじめチームのメンバーは書類作成のような細かい作業が苦手のようだ。書類作成は、意外にも強みと言え、自分らしさが発揮できる場所のようだ。


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