カナダで病院に行く
Covid-19の状況は、相変わらずだ。もし、今この状況でカナダに留まっていたら暮らしはどうだっただろうか。仕事は、続けられていたか。海外はロックダウンが厳しいから、アパートに閉じこもりきりだろうか。もし体調が悪くなってしまったら、どうすればよかっただろうか。ビジネスビザは持っていたから、病院には行けたかな。家族が体調を崩したら病院に連れていくのは、難しかったのではないか。子どもが生まれた時、住み慣れた土地以外で安全に出産できただろうか。
生きていく、生活していくのには、様々な要素が絡み合っている。その中でも、病院に行けること。シンプルだが、すごく大切。
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腕を打撲したみたいだ。昨日、会社の同僚をバンゴー空港まで送りに行った時だ。冬の間は、アメリカへの出張が多く、隣接するアメリカのメイン州にあるバンゴー空港まで測量機材を運びながら、空港まで同僚を送る。「カナダにある空港から直接乗ったほうが楽なんじゃない?」とマネージャーに聞いたら、「カナダから乗ると機材だけ届かないことがたまにあって、それだと仕事にならないから」とのこと。
アメリカに入る際は、車用の検問を通らなければならない。これが結構面倒くさい。車の中からパスポートと書類を見せるだけで、すんなりいく時もある。検問所のオフィス内に呼ばれて、厳しくチェックされる時もある。前回は酷かった。パスポートと必要な書類をオフィスに提出した後、トイレに行こうとしたら、「勝手にトイレに行くな」と怒鳴られて、引き戻された。テレビで放送される笑える検問所の和やかさは皆無。
検問所も乗り越え、往復八時間のドライブなので、一息入れたい。同僚を送った後、もう一人の同僚と空港近くのティムホートンズ(アメリカだけどティムズがある)に向かう。ダンキンドーナツがすぐ横にあるが、やはりここはティムズでしょう。注文する珈琲とスナックを決めて、小走りにキャッシャーに向かった時、悲劇は起こる。「掃除した後で床が滑りやすいですよ」のサインが控えめに置かれている。気づくわけがないでしょ。ツルッ。空中で一回転したんじゃないだろうか。すぐに地面が近づいてくる。とっさに腕を出す。やばい。顔が床に叩きつけられる。歯は?歯がガキッて音しなかったか。右腕に痛みが走る。あぁ、まじで痛い。間抜けすぎる。腕は折れてないみたいだけど、痛い。手の感覚がない。
カナダへの戻りは僕が運転する予定だったが、もう一人の同僚に運転をお願いする。申し訳ない。でも、手が動かない。4時間のドライブ中、何も考えられず、同僚には生返事を繰り返していた気がする。
「大丈夫、問題ない」
大丈夫じゃないよ。自宅に戻ってきた時、腕の痛みがひどくなっていた。病院に行きたいが、夜でどうしようもない。湿布もなく、タオルで三角巾のまねごとで誤魔化す。痛みは引くはずもなく、ベッドの中で涙目で我慢。明日何としてでも病院に行かなければ。
カナダでは、ファミリードクターという制度がある。一旦ファミリードクターに診てもらい、病院に行くという流れだ。親しい知人から紹介してもらわないと診察してもらえない。この制度を知らなかったため、病院を3件訪れたが断られた。ファミリードクターを紹介してくれる人が今すぐにはいない。
絶望的になっていたが、ウォークインクリニックというのがあるらしい。スマホで住所を探してタクシーで移動する。10時きっかりに申し込みシートへの記入が始まるらしが、何とか間に合った。自分の名前を記入する。17番か。
15時から診察開始なので、時間をつぶさなくてはならない。5時間もあるが、どうしたものか。卒業後、町から離れた空港近くのアパートに引っ越したので、今から家に戻るのは厳しい。町と空港を結ぶ路線バスは出ていない。自分の車はないし、タクシーで往復するのは懐にキツイ。どうせ町に出てきたのだから、買い物をしよう。アジアの食品を扱ってる雑貨屋にまず行こう。それから、モールで映画でも見てやろうか。やけくそだ。そうだ、腕が痛いんだ。朝から病院断られたり、名前を記入するためにドタバタと走ったりで忘れていた。思い出したら、腕が痛くなる。コントか。笑えやしない。痛かろうが、時間をつぶさなくては。アジア雑貨店に向かおう。
とぼとぼクリニックから雑貨店まで歩く。昨日自作した三角巾が何とも言えずみすぼらしい。恥ずかしさを押し隠して、歩く。ようやく雑貨店に到着。
店に入ると、香辛料、いろんなものが混じった匂いが漂う。中国語で書かれたお菓子もおいしそうだ。冷蔵庫には、豆腐に味噌。ネギに白菜、新鮮な野菜もたくさんある。思わす浮かれてしまう。いや、忘れてはいけない。腕を打撲している。いや、痛みを忘れさせてくれ。味噌や即席麵などいくつか買って、バックパックに詰める。まだ11時半。
モールへ歩いて移動する。とぼとぼと歩き出す。知り合いに見られたら嫌だな。モールの正面に卒業した林業学校が位置している。今日は平日だから、授業を受けているんだろうか。相変わらず厳しいんだろうな。思うように行かないことあるけど、まだやっていけてるよ、と心の中でつぶやく。学校で過ごした日々が僕の背中を支えてくれる。腕が痛い。負けはしない。こんな痛みが何だ。今の職場で働いて職歴つけて、永住権をもらう。家族もカナダに来て、一緒に暮らす。やってやるとも。モールに到着して、ランチを食べる。一番好きなタイ料理。美味い、美味い。腕が、痛い痛い。映画館の前をぶらつく。出張から帰ったら、見ようと思っていたんだ。何となく気乗りしないから、映画は見ない。ベンチに座って、ウトウト。時間を持て余して、フラフラとモールの中を彷徨う。タオル三角巾のゾンビ。
ついに14時になったので、ゆっくり歩きながらクリニックに向かう。今日はこの道を何往復しただろう。病院って行くのこんなに大変だったか。子どもが生まれたら、病院どうしよう。海外で安全に出産ってハードルが高くないか。今度、奥さんに話してみよう。ああ、腕が痛い。カナダ人はあまり歩かないんだよと友人が言っていた。道が、大地が広すぎるからだ。歩くのは、疲れる。
クリニックにたどり着き、ベンチに倒れこむ。15時にクリニックに戻り、ライセンスを見せないと受診できないらしい。厳しいな。17番まで時間がある。今日は、待つことが得意になった。無心になれ。気が付いたら、自分の番号が呼ばれている。17番。診察室に入るように言われ、数分待つと女性のドクターが入ってくる。
「昨日、床で滑りました」
「腕が死ぬほど痛くて、折れてるかも」
打撲は何だっけ。bruiseだ。
「bruise、bruise」
昨日は夜になって痛くて寝れなかったんだよ。助けて。ドクターが三角巾を取り、腕を触わり、腕を上下に動かして確認をする。大した事ないよ。湿布出しとくから、薬局行きなさい。三角巾はしなくても大丈夫だよ。痛かったはずだよな。いや、死ぬほど痛かったんだから。昨日痛くて寝れなかったんだから。三角巾がちょっと恥ずかしい。
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最近子どもを何回か病院に連れていった。急に熱がでたり、鼻水風邪をもらってきたりと気が気ではない。
車がなく、時間をつぶしたあの日。何とか病院に行けたな。病院ってあんなに行くの大変だったっけ。
僕がケガで苦しむのはいいよ。いや、痛いのはつらいけど。我慢できるときもあるから。でも、もし子どもが痛くて泣いていたら。それだけは、絶対に嫌だ。やっぱり、病院に行けるって大事だ。
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