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〜序〜 納涼の転居。限界集落という未知へ

薄暗い部屋に窓から午前の陽光が差し込む。物置以外仕切りはない広い二階の部屋にいて一人で惚ける。田舎の古い家の例に漏れず、ここでもかつてはお蚕さんを飼っていたのだろう。試しに電灯をふたつほど付けてみたが部屋の明るさはさほど変わらない。部屋の入り口に露出配線で取り付けられている、最近の家ではまず見かけないアナログなスイッチをパチンと戻す。昼の時間帯は彼らは対して役をなさぬらしい、先ほどと明るさはほとんど変わらなかった。

電灯は天井よりもかなり下に吊り下げられている。昔の人に合わせて作られているのか、背の高い人ならば頭にぶつかりそうなくらいだ。電灯よりはるか上には黒く煤けた立派な梁は天井を通りこれまた太い柱と交差する。むき出しになった木の骨組みが見える二階の天井は高くて重厚感がある。木ってすげぇんだな・・・、と漠然と思いたくなる、そんな天井をしばし眺める。

隙間の多いこの建物は虫たちに取っては通路だらけといったところだが、本来の主が長期間に渡って留守であるのをいいことに、好き勝手雨宿りにでも入ったのはいいが、結局出られなくなって力尽きたのだろう。そこかしこに乾燥し崩れかかったかつてのハチたち転がっている。彼らの亡骸を踏まぬよう慎重に足元を見ながら歩いていく。

大量の湯飲みや茶碗の入った食器棚、年期を感じる箪笥やそれから恵比寿さまや銀杯をを尻目に部屋の奥へ進んでいくと、窓際になんとなく置かれている古くなった畳のベッドがあった。決して綺麗なわけではないが、一段高くなっていることもあるし、畳でもあるから不衛生という感じもしない。かつて誰かここで寝たりすることがあったのだろうか、と夢想しながら寝転がる。ベッドの横には窓がある。外を眺めて窓の外に目を向ける。お隣の巨大な古民家がありその先には緑で覆われた山が広がる。そしてそのさきは真っ青な空だ。


あ〜あ、ほんとに来ちゃったんだなぁ・・・


全身を少し埃っぽい畳のベッドの上で弛緩しながら無気力に思う。別に疲れているわけでもないけどすぐに何かをしなければいけないわけでもない。引越しの荷物がくるまでまだしばらく時間がある。とりあえず今は何もしたくない。窓の外からは水路をとろとろと流れる水の音と時折ふく風で木の葉と雑草がそよぐ音くらいなものだ。とはいえ静かであればあるほど小さな音も耳に入るようになるのは不思議なものであるなぁとぼんやり思う。

昨日まで僕の身の回りを定義していた、歩いて3分のところにセブンイレブンがあり、そこから1分ちょっとで地下鉄の駅の入り口に到着する、灰色の地面と無限の人と車が支配する世界はもうそこにはなかった。遠くにきた。

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