稲穂健市の知財コソコソ噂話 第10話 ディズニーと知財
高専生や大学生向けの授業で知財ニュースを紹介する機会があるのですが、2023年末に米国で初代ミッキーマウスの著作権が切れた件は、非常に認知度が高い話題だと感じました。小さいころからディズニー社のキャラクターに触れてきたことで、この種のニュースに関する情報感度が高くなっているのかもしれません。個人的には、この報道に接して、1987年に滋賀県の小学校で児童が卒業制作としてプールの底に描いたミッキーの絵をディズニー社が消させた逸話を思い出しました。
米国では、ミッキーのデビュー作といわれる『蒸気船ウィリー』が公開された1928年から95年が過ぎた2023年末で作品の保護期間が満了したわけですが、その対象は初代ミッキーや当時の映像にすぎないという点に注意が必要です。また国ごとに保護期間の計算方法が異なるため、日本で初代ミッキーの著作権がどうなっているのかについては、さまざまな解釈があります。「法人名義の映画の著作物」と考えれば、その公表後50年に戦時加算を加えた1989年5月に保護期間は満了したことになります。個人名義など他の解釈もできなくはないですが、初代ミッキーの著作権は日本では既に切れていると考えるのが自然でしょう。
実際に、100円ショップやドン・キホーテに行くと、初代ミッキーが登場する古いアニメ映画のDVDが格安で売られています。これらのDVDを販売している企業とディズニー社の日本窓口に著作権に関する見解を問い合わせたことがあるのですが、どちらからも返事はありませんでした。双方とも曖昧なままにしておきたいのかもしれません。もちろん著作権切れのコンテンツだからといって、無条件に使えるわけではありません。ディズニー社はミッキーに関する登録商標を大量に持っていますから、その使用態様によっては商標権侵害になりますし、紛らわしい商売をすることで不正競争防止法に違反する可能性も出てきます。
同社による商標登録は、キャラクターの名称や画像だけにとどまりません。例えば黒い丸が3つプロットされただけの画像も登録されています(商標登録第5634053号)。これを見て即座にミッキーの顔のシルエットを思い浮かべた方も少なくないと思いますが、よく見ると単なる3つの黒い丸です。 その一方で、子ども向けアパレル事業を展開するナルミヤ・インターナショナルの「Happy Mouse」(商標登録第4636138号)などについては、その輪郭こそミッキーと似通っていますが、ディズニー社が異議申立てをしたものの、ミッキーとは類似せず出所混同も生じないと判断されて、その取り消しを免れています。
なおディズニー社の知財戦略といえば、米国を中心にユニークな特許戦略を展開している点も無視できません。既に報道されている情報ですが、空中ドローンショーの基本特許と思われる「Aerial Display System with Floating Pixels」(米国特許8,862,285)、人に付いて荷物を運んでくれる移動式ロッカー・ロボット「Robotic Sherpa」(米国特許11,360,471)、VRのヘッドセットが不要な仮想世界シミュレーター「Virtual-World Simulator」(米国特許11,210,843)などが代表的な特許として挙げられます。キャラクターの世界観を守るために、著作権、商標権、特許権など知財を総動員することの必要性を実感させられます。
『発明 THE INVENTION』(発明推進協会)2024年6月号掲載
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