見出し画像

読むサイクリング ~自転車本レビュー~ エスケープ 2014年全日本選手権ロードレース

ただの自転車好きが勝手に自転車本を批評します。
基本的にネタばれを気にせずつらつらと書いていきますので、気になる方は注意してください。

『エスケープ 2014年全日本選手権ロードレース』 佐藤 喬 著

著者の佐藤喬さんは、2015-16年ごろに「The BORDERLESS」というスポーツ系のサイトで自転車に関する記事を執筆。また今作の著者紹介やあとがきによると、自転車関連の本をいくつか企画・編集されているようです。ただ、自転車界どっぷりな方ではないと思われます。

未読ですが自転車以外の著作もあるので、本質的には社会派ノンフィクション的な立ち位置で活動されているのかもしれないです。(違っていたらすみません。)


著者の謙虚な姿勢が生んだ良作

著者である佐藤さんは前述の通り、自らが自転車界から見れば外部の人間であるという事を、かなり自覚して執筆されているように感じました。

余計なことは極力書かず、ロードレースのあるがままを描こうとしていて、それがおおむね上手くいっていると思います。

すごく丁寧に取材されたそうで、処女作ということもあり、かなり気合を入れて作られたのだと想像できます。

これは僕個人の嗜好になりますが、ノンフィクションやドキュメンタリーで社会的テーマを盛り込んで著者の意見を挟んでくる作品って、あまり好きではなかったりします。
それはこっちの好きに感じさせてよってなるんですよね。(笑)
その点この本は、著者の存在を感じることはほとんどなく、ストレスフリーに読むことができました。

ロードレースという複雑な事象を外側から丁寧に紐解いていった結果、競技の持っている魅力がダイレクトに伝わってくる一冊になったようです。

専門用語などは、簡単ですがきちんと説明されているので、レース全く知らない方でも楽しめるんじゃないでしょうか。そこは、正直私にはわからないので分かる方いたら、どうだったのか教えてほしいですね。

思い通りいかない展開が生み出すサスペンス

さて、本題の見どころですが、言うなれば思い通りいかない展開が生み出すサスペンスです。

各選手・各チームの思惑が複雑に絡み合う一方、話の流れはむしろ単純明快で、時間軸は単純でほぼ一直線。その線上に、様々な選手の内面描写が群像劇的に散りばめられていて、物語とレースがノンストップでエンディングへ進んでいきます。

それぞれが思惑に向けて動いているはずなのに、状況はその思惑からドンドン逸れていきます。そして、ラストに近づくにつれ、徐々に選手間の中で大きくなる「逃げ切るのか!?逃げ切れるのか!?捕まるのか!?捕まえられるのか!?」の疑念。全く先が読めず、最後まで楽しめました。

特に主人公といってもいい井上選手の描写が最高。肉体的に極限の状態で、エースへの信頼、自身の勝利、レース状況の間で精神的にも苦しみ悶える姿は本当に素晴らしい。
こっちは「井上さん!!どうすんの!?どうすんの!?井上さん!!」と、終始ハラハラしっぱなし。(笑)


ロードレースは不条理さの塊

僕は普段から自転車ロードレースをよく観戦するのですが、圧倒的な実力を持っている選手やチーム以外は、本当にうまくいかないことばかりに映ります。

落車に巻き込まれたり、突如体調を崩したり、勝負所でパンクしたり。作戦通りうまくいったとしても、最後に託したエースが勝つとは限りません。一瞬の判断ミスで勝利を逃すなんてこともよくあります。

この不条理さこそが、本書の魅力であり、ロードレースの魅力だと思います。おススメです。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?