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半端なものからの視点。

すっかり世の中が変わってしまった感がある。

最初は過剰だと思われた手洗い・うがいも習慣化し、家でzoomミィーティングするのも当たり前。それがきっかけでなんだかんだ家族で過ごす時間が増え、5歳の娘もそれがすこし嬉しそう。「ライフイズビューティフル」ではないが、楽しい時間とまでは言わないまでも、そうやってその姿を見れることで、「ほのぼのとした笑顔の連鎖」が最小単位である家族にあるのはありがたい。

自分のキャリアは恵比寿にあるThe Westin Tokyoから始まった。最初は皿洗い。そのあとのことはもうすこししたらまとめて書くけれど、その後の歩みも、そして今の状況もまったく想像がつかなかった。

基本的に僕自身、何かに新しく取り組むとき全く上手くいかない。ほんとに情けないくらい上手くいかない。即興というか、何とかできてしまう(ように見える)他者と自分を比べるといつも落ち込んできた。

それでも暗中模索であがいているといつの間にか、光が差すところに立っている。それまでの暗闇や泥もついているはずなのに、どうやらそれは他者には見えにくいらしい。「要領がいいね」とか、「最初から上手くやりそう」とか、言われたりするも、そんなことは全くない。

キャリアは皿洗いから、と話すと一様にみなびっくりする。けれどそれは紛れもない事実で、その当時制服である「白衣のようなもの」を着ているときは挨拶もしてくれなかった人もいた。そしてそれが「一般的なホテルマンぽいもの」になったときに、やっと挨拶が返ってくるようになったりもした。

コンプレックスではないけれど、「人はそういうものだ」という達観した目線と、もう一方で光と希望になっていたのは、「どちらの格好をしていても同じように接してくれた人がいたこと」なのだ。そしてそれがどちらかというと性善説に寄っている自分の価値観を形作っている。

数年前までいわゆる「資本主義の最前線」にて投資活動に従事をしていた。そのころもホテルというものに関わっていたのだけど、「金太郎飴のようなハコをつくって、左から右に流すルーティン」に違和感と、それに携わることの限界を感じてしまった。

そしていまは「教育」というものと、今までやってきたことを結びつけようとしている。

案の定、「まったく上手くいかない」。それでももがいていたら立てる場所はどこかにある。上手くいかないまんまで終わらない、ということだけは分かっている。

それなりに年齢も重ねているので「どんな格好(立場)であっても、一緒にいてくれる、同じように接してくれるヒトたち」が何だか多くなっている気もする。

それがいまの自分の支えであり、いつも二律相反の間に入り込み「半端なもの」として見られる自分の核であるような気がする。

これは自分の備忘録でもあり、また整理整頓の話。

ずっと大好きなホテルのことと、一生かけてとりくむ教育のこと。

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