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たくさんの人の目で、子どもを育てていきたい


大体の人が核家族で暮らしている。

いま、2世帯家族で暮らしている方ってどれくらいいるのだろう?私の周囲を見渡して誰かいるかなぁと考えてみても、そんなに多くないと容易に想像がつく。私の弟夫婦は実家で同居しているので、2世帯家族であるのだが、職場の同僚や友人には私の知る限り一人もいない。そう言う私も、妻と長男(2歳4か月)次男(0歳6か月)の4人で暮らしている。

2021年の1月に長男が生まれ3人家族になり、2歳差で次男が生まれ4人家族になり・・・。子どもが1人のとき、2人のときと、暮らし方も変化してきた。「子どもが1人だと夫婦どちらかの手に収まり、2人だと両方に収まり、3人だと手から溢れる」ように、今は2人の息子が夫婦のどちらかの目に必ず入っている。

私たち夫婦は2人だけで生活していた期間が5年間ほどと、少し長かったのだが、子どもが生まれてからというもの暮らし方ががらっと変わった。教育に携わる仕事柄、育児をするという経験から本当に多くの気づきを得ることができていて、「これを知らずして、子どもや保護者に接することはできない」みたいな経験はたくさんありすぎて、枚挙に暇がない。そんな子育てが2年目に突入した私が常に感じていることは、「子育てが家の中に閉じがちになる」ということだ。

1日中息子と2人っきりで家の中にいるような生活は数えてみるとたくさんあって、私は息子としか会っていないしそれは息子も然り。スーパーにだっこして買い物に行くといっても、それは人と交流するということにはならない。私は自分の息子にはたくさんの人と触れ合って、たくさんの人から学んでほしいと願っているのだが、それは今の暮らし方では不十分で、どうやら工夫が必要みたい。

子どもは、大人に注目されて育っていく

先日のGWに、私の実家に息子を連れて初めて帰省した。家にいるのは、私の父、母、祖母、弟夫婦とその娘さん0歳(生活圏は別)の6名。息子たちにとっては初めての田舎で、たくさん関わってもらってとてもよい経験になった。

夕食では食卓を5人の大人が2人の子どもを囲む。この光景は子どもにとってとても刺激的であったようで、いつもの両親2人(2人ならいい方)と子どもという少々退屈な食事ではなく、安心する大人に囲まれ、注目され、声をかけてもらえる空間になっていた。

注目された子どもは張り切る。まだ話すことができない長男であるが、「見て、見て!ぼく、できるよ!」という声が表情から伝わってくる。食事のマナーは積極的によくなるし、完食もする。声をかけられる回数が多ければ、それに返答しようとすることも増える。のびのび過ごしている子どもはきっと、たくさん注目され、温かい声を掛けられているのだろう。

幸い、私の家族は息子の好ましくない行動に対しても、過度な注意ではなくたくさんの共感の言葉をかけてくれたおかげで、初めて来た田舎の家を安心できる空間にすることができた。安心できるたくさんの大人に見てもらえているという環境は、子どもの健やかな成長に欠かせないのだと思う。

大人の目、足りてる?

公園、スーパー、ショッピングモールなどに出かけるとよく見かけるのが、大人1人が小さいお子さん2名を連れている姿である。だっこ紐をしてもう1人は手を繋いでいたり、2人用ベビーカーを押していたり。「すごい。私にはできない。」と、心からの尊敬と心配が混じった気持ちでその光景を眺めている。お出かけの準備をして、車や自転車に乗せて、おむつやミルクもあって・・・と想像すればするほど、大変だ。本当にシンプルな考えだけれども、子どもに対して大人の数が単純に足りていない。

「子ども会」は令和の現代にもあるのだろうか。30年前の田舎には少なくとも存在していて、同じ地域に住む子育て家庭が一体となってたくさんの行事を運営していた。どんなことをやっていたかというと、小学校の通学班編成、夏休みのラジオ体操、夏祭りの企画運営、1泊2日のキャンプ、和太鼓や百人一首の練習と大会、クリスマスや正月のお楽しみ会など。

「子ども会」に参加することで、子ども同士の交流は深まった。いや、深まるどころが濃密になったのだが、それに加えて、友達の親との関わりが生まれ、挨拶したり、話したり、食事したり、教えてもらったり、怒られたり、励まされたりと、自分の家族だけではないたくさんの大人と触れていた。「地域で子どもを育てる」とはこういうことを指すのだと思う。

私が30年前に経験した子ども会は地域教育としてたくさんの魅力をもっているけれども、私がいま身を置いている環境に当てはめてみて同じことができるかと問うと、それはどうしても現実的ではない。子どもの成長にとってよりより環境をつくりたいとみんなが願っているけれど、限られた時間のなかでできることやしたいことを各々が取捨選択しているのだ。

「社会全体で子どもを育てる」という意識

モノやコト、場所を自由に選べるようになっている。私もこうやって、田舎から離れ都会に住んでいるし、好きな人と結婚して、ある程度は好きなものも買えている。どんどん個人が自由に物事を決められて、意思決定が個人化していく一方で、人との関りは限定的になっているように感じる。お隣さんとは笑顔で挨拶はするけれども、膝をつき合わせた家族同士の関わりはない。家にいて誰とも会わないように簡単にできる。強制的に地域活動に参加しなければならないこともない。何もせずにいれば家族4人で完結してしまう。

個人化が進み、簡単に家庭に閉じられる現代では、「子どもをたくさんの大人に育ててもらう」ことが、きっと必要だ。いかに子どもにたくさんの大人に出会わせるか。そういう環境をつくるか。また、家庭だけで育てようとするのではなくて、「社会全体でこの子を育てる」という意識をもつこと。特に、子どもが大きくなって親から離れ出してから、いっそう重要になる。

私の息子について考えると、私や妻の両親、近所の大人、幼稚園の先生、養育センターの先生が息子の周りを囲んで育ててくれている。このような親ではない大人に積極的に育ててもらう。思い切って預けて、任せてみる。これから先は、学校で育ててもらうこともあるし、友達や先輩から学ぶ比重も大きくなるはずだ。

目が合った子どもに、笑顔で「こんにちは」と声をかけてみる。私たち大人は、我が子だけを育てるのではなく、「みんなで子どもを育てている」という意識をもちながら。

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