観光立国目指す日本は新興諸国化に向かっているのか?

新型コロナショックが発生する前に、日本では「大勢の外国人が日本を訪れてくれるのは歓迎だが、地域住民の生活に支障が出るようでは困る。訪日客との共生に知恵を絞らねばならない。」という観光客の急増による「オーバーツーリズム」(観光公害=多くの観光客がある地域に押し寄せることで、そこで暮らす人々の生活環境が悪化してしまう状態)が、一部で深刻化している弊害が囁かれていた。

政府の誘致策が奏功し、2019年の訪日客は3188万人に達した。数字的には10年で約3.7倍になった。政府は2015年に約1973万人だった外国人観光客を2020年に4000万人、2030年に6000万人の目標を掲げる。東京オリンピックが開催されたなら、2020年に4000万人という目標は達成しそうな勢いだった。しかし、来訪客数の上昇率は過去5年間で急激な下降傾向なのは、インバウンドは減退期に入っていることを示唆している。また、消費額の伸びも鈍化しているのが特徴である。

更に、2020年は新型コロナの影響で外国人客は激減してしまった。日本政府観光局 (JNTO) によると、2020年5月に訪外国人数は1,700人(前年同月比-99%)まで落ち込み、8ヶ月連続で前年同月を下回った。

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日本政府が2007年1月観光立国推進基本法を施行し、観光庁を2008年に設置するなど、観光立国を目指すようになって、観光客、特に外国からの観光客を大量に呼び込む政策に近年、非常に力を入れてきている。

観光立国の政策をとるようになった背景には、日本の長期のデフレ不況、およびその一因でもある緊縮財政路線がある。

緊縮財政により経済はデフレ化してしまう需要が激減する。人々の賃金(給与)が下がり、収入は減り、購買力は落ちる。そのためモノが売れなくなるので、企業も投資を手控えざるを得たない。その結果、ますます需要不足が深刻化し、経済が沈滞していく。つまり、デフレギャップが発生している需要不足の状態で不景気の時期には、合理的な個人や企業は、お金を使おうとはしない。この負のスパイラルが継続するのである。

実際、日本の一世帯あたりの平均所得は「国民生活基礎調査」(厚労省)によれば、1994年がピーク約664.2万円だったのが、2018年には552.3万円まで下がっている。2019年も年初から毎月継続的な実質賃金の低下が厚生労働省のデータから読み取れる。これでは経済が活性化できない。

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出典:毎月勤労統計調査 令和元年11月分結果確報https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/monthly/r01/0111r/0111r.html

日本は、日銀の金融緩和政策にも拘らず、消費者物価指数で見れば、1998年9月以降、失われた20年以上というデフレ不況が継続している。日本政府が、公共投資や社会保障などで財政支出を増やし、需要を作り出すか、民間の消費や投資を促進するために増税ではなくて真逆の減税をするしかない。ところが、日本政府は長らく緊縮財政路線に固執しているので、財政支出はご法度。結果的に、日本は世界でも例を見ないほど長期のデフレ不況が続いてるのが現状だ。

政府のいわゆる観光立国化という政策も、政府がデフレ下で緊縮財政路線を意地でも維持しつつ、どうにか経済を回していこうとする苦肉の策とも言える。

日本では、個人は貯蓄、企業は内部留保の蓄積に集中し、投資意欲が乏しい。日本政府も財布の紐を締めた緊縮財政を維持したい。そうであれば、外国人観光客を大量に呼び込んで彼らにお金を使ってもらうしかないというロジックが成立する。外国人観光客を増やすために、入国ビザ(査証)の大幅緩和などの規制緩和が行われてきている。その甲斐あって、確かに外国人観光客は年間3000万人を超え大幅に増えた。

然し乍ら、外国人観光客頼みの経済政策の弱点は、観光公害以外にも3つ挙げられる。

第一に、自国が国際情勢に左右されやすいこと。以前の韓国のように、日本との関係が悪化すると、外交カードとして訪日客を減らそうという動きが外国で起こってくる。韓国は一応、民主国家なので政府が日本への観光客の渡航を公式に禁止したりはしないが、中国は、日本との政治的関係が悪くなれば、そういう態度も躊躇なく取ってくる。実際、過去2年では、中国政府は韓国とタイへの観光を意図的に制限した事実がある。このように外国人観光客に国の収入に依存するようになれば、日本は外国の顔色を窺いつつ、外交しなければならなくなる恐れがある。

第二に、デフレ脱却を目指す政策と矛盾するのではないかということだ。外国人観光客を呼び込んでくるためには、日本の物価や賃金は安い方が良い。ところが、デフレ脱却を目指すためには、人々の賃金を上げ、需要不足を解消し、物価も上昇傾向を示すような政策をとらなければならない。観光立国を掲げることは、デフレ脱却に真剣に取り組むことと矛盾するところが多いのではないかという問題も発生する。

第三に、まさに今コロナ禍で、観光業収入は激減し、観光関連企業は瀕死状態だ。観光に集中投資することのリスクが顕在化されたのである。実際に、各地域で肯定的に認識されていた観光が、今では悪役になりつつある。

筆者は現在タイ王国のパタヤというリゾート観光地に居住しているが、パタヤも年間1000万人以上の旅行者が訪問する街である。日本のゴールデンウィーク海外渡航先人気トップ10ランキングでハワイを抜いて過去2年連続第4位にランキングされる程の人気のリゾート地でもある。

( 新型コロナの影響で確実に不可能であるが、)昨年の段階で、今年4000万人が訪れると見込まれるタイ王国は、10年後には海外からの観光客数が年6500万人に達する見通しで、間違いなくアジアの観光立国No.1と言えよう。タイ王国は現在、新興国から抜け出し後進国の領域に達した。次のターゲットである先進国に向かっている途中の中進国だ。先進国になる条件は経済の安定化のために様々な基幹産業を国が保有しなければならない。厳しい言い方をすれば、タイの観光業から生じる収入に依存しなければいけないという経済構造は、経済の発展段階としてはまだ未熟なステージの国であることは否めない。

日本は過去に、覇権国米国をも焦せらせる程の経済力を有していた。日本企業は平成元年には時価総額ベースで世界トップ企業ベスト10に8社、ベスト50には38社も入っていた。日本企業経営は `Japan As Number One`と称されていた時代である。あれから30年経ち、今ではトップ10にゼロ、トップ50には35位にトヨタ自動車が1社入ってるのみ。これほど日本企業は落ちぶれてしまった。

そして、昨今、観光立国として国を挙げて力を入れると豪語している日本政府は一体何処に向かっているのだろうか?先進国の中でもトップレベルの国で観光立国を目指そうと力を入れている国は何処にもない。観光業収入を稼ごうというのは新興諸国の専売特許みたいなものだ。日本は新興諸国化しようとしているのだろうか? それだけでなく、デフレが継続し、深刻化すると国が退化して新興諸国化するとも言われている。

内閣府の数字が正しいか疑問で、且つ筆者の感覚ではもっと大きいと思うが、今の日本のデフレギャップは5兆円と言われている。(デフレギャップとは、簡単に説明しておくと、国の総需要が供給より少ない金額、例えると、会社が100万円分の商品を作ったとしても80万円しか売れないので在庫が20万円分残ってしまう状況。この場合の100万円分の商品が供給で80万円が総需要。在庫20万円がデフレギャップ。)

2019年、訪日客の消費額は、年4兆8113億円。観光立国化すればデフレギャップを埋めることも数字上では不可能ではないかもしれない!?と日本政府は真剣に考えているのか?

世界最大の観光業収入国は米国で2,140億ドル( 日本は411億ドル )。しかし、観光業収入は米国GDPの約1%に過ぎない。米国は数字的には世界最大の観光立国になっているものの、日本の様に積極的に観光業収入を増やす努力を施してはいない。一方で、日本の観光業収入のGDPに占める割合は0.88%とまだ上昇余地はある。

現在、時価総額ベースで世界トップ10企業の内、7社がプラットフォーム企業であるという点から、日本は世界の産業のパラダイムシフトに乗れなかったと言える。また、世界トップ5企業は全て米国のプラットフォーム企業でプラットフォーム業界は米国の現在の基幹産業になった。本来なら基幹産業に投資すべきなのにも拘わらず、日本は寧ろ、インバウンドを狙った観光業に注力してきたのである。実際に観光業収入はどれほど頑張っても対GDP比のインパクトは基幹産業比大きくなる筈がない。

ドイツの哲学者オスヴァルト・シュペングラーは、「外国人観光客頼みの経済政策を採るようになることは、ある国の文明が没落に向かっている顕れだと見ている。そして観光立国とは、世界史において繰り返されてきた没落の光景なのである。国力が落ち、人々は自信を失い、人口も減少し、外国人観光客に頼らざるを得なくなる。」と警鐘を鳴らしている。

日本のデフレギャップが更に深刻化してしまうと、最終的には日本は高速道路も陸橋も自国で建設することすら出来なくなるのである。この状況はまさに低位の新興諸国と類似していると言える。

もしかすると、デフレスパイラルの罠にハマってしまっている日本は観光立国化を掲げることで、ドイツ哲学者オスヴァルト・シュペングラーの警鐘と併せて、ダブル効果で没落の途上にあるのかも知れないと論じる事も出来るのではないだろうか? 

日本人のホスピタリティ精神は世界一レベルである。それ故に、究極のサービス業である観光業は日本人に適した産業と言える。また、同時に、日本人の勤勉さも世界一レベルである。個人的には、勤勉な日本人が基幹産業で戦わずして、ホスピタリティの提供に甘んじてしまうのは、ベクトルが新興諸国化に向かって行く方向に振れてしまうのではないかと危惧してしまうのだ。



立沢 賢一(たつざわ けんいち)

元HSBC証券社長、京都橘大学客員教授。会社経営、投資コンサルタントとして活躍の傍ら、ゴルフティーチングプロ、書道家、米国宝石協会(GIA)会員など多彩な活動を続けている。投資戦略、情報リテラシーの向上に貢献します。

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