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峯村健司記者が誇らしげに語る朝日新聞の「和歌山カレー事件新聞協会賞授賞記事」こそが実際は“誤報”であることについて

 このnoteで再三取り上げてきた和歌山カレー事件に関し、朝日新聞社の記者・峯村健司氏がツイッターで以下のような投稿をしている(赤い下線は引用者による。以下同じ)。

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 この峯村氏については、4月7日に朝日新聞社が「停職1カ月の懲戒処分が決まったこと」と「編集委員の職を解くこと」を発表し(同社のホームページ)、そのことが様々なメディアで報道されている。

 朝日新聞社の発表によると、処分の対象となった峯村氏の行為は、安倍晋三元首相にインタビューを行った週刊ダイヤモンドの副編集長に対し、公表前の誌面を見せるように要求したことだという。週刊ダイヤモンド編集部から「編集権の侵害に相当する。威圧的な言動で社員に強い精神的ストレスをもたらした」と抗議を受け、朝日新聞社が調査を実施し、峯村氏の当該行為を「報道倫理に反し、極めて不適切だ」と判断したとのことである。

 一方、峯村氏本人は同日、noteに「朝日新聞社による不公正な処分についての見解」と題する記事を公開し、処分の対象になった自己の行為について、〈重大な誤報を回避する使命感〉に基づく正当な行為であったかのように主張している。

 しかし、この記事をよく読むと、次のようなことも書かれている。

A氏(引用者注・週刊ダイヤモンドの記者のこと)は私にはゲラの開示等は拒みましたが、後で知ったこととしては、A記者はその後安倍氏側と事実関係の確認し、誤認を正したうえ、3月26日付けの同誌(引用者注・週刊ダイヤモンドのこと)に無事に掲載されました。

 つまり、A氏はわざわざ部外者である峯村氏に公表前の誌面を見せずとも、事実関係に誤りのない記事を掲載できたわけである。

 これでは、峯村氏がA氏に対し、公表前の誌面を見せるように要求した行為が本当に〈重大な誤報を回避する使命感〉に基づくものであったとしても、峯村氏は一人よがりな思い込みに基づいてA氏を侮辱し、週刊ダイヤモンドの編集権を侵害しただけに過ぎなかったのだと受け止めざるをえない。

 他方、世間に知る人はほとんどいないが、実を言うと、峯村氏が上掲のツイッターで〈新聞協会賞をいただきました〉と誇らしげに語っている和歌山カレー事件関連の朝日新聞の「スクープ」こそが事実関係を大きく間違った、まさしく〈重大な誤報〉だったのである。

 私は過去に2回、朝日新聞社にも事実確認の取材をしたうえで、このことを『週刊金曜日』で記事にしたことがある(2009年2月13日号と2018年8月3日号)。しかし残念ながら、いずれの記事も世間的にはあまり話題にならなかった。

 今回、峯村氏の上記のような言動を目にして、朝日新聞の当該「スクープ」が実際は誤報であるという事実を少しでも広く世に伝えたいと改めて思ったので、この機会に紹介しておきたい。

【1】問題の「スクープ」

 峯村氏が〈新聞協会賞をいただきました〉と誇らしげに語る「スクープ」がどういうものだったかをまず紹介しておきたい。それは、和歌山カレー事件の発生から1カ月になる1998年8月25日、朝日新聞大阪本社が朝刊1面に掲載した以下の記事である。

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 この記事の上部の見出しの「地区の民家」とは、この事件の犯人とされている林眞須美死刑囚の家のことだ。

 この事件では、あらゆるメディアが捜査段階から林死刑囚のことを犯人と決めつけた報道合戦を繰り広げ、世間の人たちに「和歌山カレー事件の犯人=林眞須美」と強烈に印象づけた。そのような林死刑囚に対するメディア総出の犯人視報道の口火を切ったのが、事件前に林死刑囚宅で飲食した2人がヒ素中毒に陥っていたかのように「スクープ」したこの記事だった。

 そして、朝日新聞大阪本社はこの「スクープ」により、1999年度の新聞協会賞を授賞している。日本新聞協会が発行する月刊誌『新聞研究』の1999年10月号(19ページ)によると、授賞理由は次の通り。

報道各社が激しい取材競争を展開する中、和歌山県警捜査本部が強制捜査に踏み切る方針を固めていたことをいち早くつかみ、他社に先駆けて報じたこのスクープは、その後保険金詐欺に発展し、十月四日の容疑者逮捕に至ったカレー事件の核心に迫り、事件解明の方向性を決定づけた報道として高く評価され、新聞協会賞に値する。

 周知の通り、林死刑囚は裁判でカレー事件の犯人だと認定されてはいるものの、本人は一貫して事件への関与を否定しており、世間的にも年々、林死刑囚の冤罪を疑う声が増えている。しかも、この『新聞研究』の1999年10月号が発売されたのは、林死刑囚の裁判の第一審がまだ始まったばかりの頃である。日本新聞協会はそんな時期に、林死刑囚に対するメディア総出の犯人視報道の口火を切った記事について、〈カレー事件の核心に迫り、事件解明の方向性を決定づけた報道として高く評価され、新聞協会賞に値する〉などと手放しで褒めたたえているのであり、その見識を疑わざるをえない。

 この記事の全文をテキスト化したうえ、とくに見過ごしがたい事実関係の間違いを太字にして示すと、以下の通りだ。太字にした各部分がどう間違っているのかは後掲の【2】で説明する。


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 事件前にもヒ素中毒
 和歌山毒物混入 地区の民家で飲食の2人

 
見出し)
 県警、関係者聴取へ
 毛髪からヒ素検出

リード)
 毒物混入事件のあった和歌山市園部地区をこれまで何度か訪れたことのある二人の男性が、今回の事件の発生以前に毒物中毒とみられる症状で入院していたことが二十四日、和歌山県警の調べで分かった。このうち一人は退院しており、毛髪などから猛毒のヒ素が検出された。二人は地区内の同じ民家で飲食をしていた可能性があることから、県警は、四人の犠牲者を出した毒物混入事件との関連について強い関心を寄せており、関係者から近く事情聴取する方針を固めた。
(31面に関係記事)

見出し)
 1人、なお入院中

本文)
 県警の調べによると、二人は毒物混入事件が起きた七月二十五日の以前に、園部地区の同じ民家に何回か別々に立ち寄ったという。それぞれこの民家には数時間いたとされるが、帰宅する途中や自宅に戻った後、激しい腹痛や吐き気に襲われたことが複数回あり、救急車で病院に運ばれたこともあったという。
 ともに入院して手当てを受け、一人は退院したが、一人が今も入院中という。県警はすでに二人の毛髪とつめを採取して鑑定。その結果、一人からヒ素が検出された。もう一人についても詳しい鑑定を進めている。
 関係者によると、この民家には家人の招きでひんぱんに人が訪れていたという。二人の男性はいずれも和歌山県内に在住し、家人とも数年前から顔見知りだった。
 県警は、毒物混入事件が発生する前にもヒ素によるとみられる中毒が起きていたことを重視し、二人をはじめ関係者から事情を聴くことにしている。さらに検出されたヒ素について詳しく分析している。
 カレーライスへの毒物混入事件では、園部第十四自治会が開いた夏祭りで出されたカレーを食べた六十七人が激しい吐き気や腹痛を訴え、このうち自治会長の谷中孝寿さん(六四)ら四人が死亡した。県警はカレーから青酸化合物とヒ素化合物の亜ヒ酸を検出した。

【2】問題の「スクープ」の事実関係の間違い 

 問題の「スクープ」は上掲の通り、

事件前にもヒ素中毒 和歌山毒物混入 地区の民家で飲食の2人

 という大きな見出しを掲げ、リード部分でも、

毒物混入事件のあった和歌山市園部地区をこれまで何度か訪れたことのある二人の男性が、今回の事件の発生以前に毒物中毒とみられる症状で入院していたことが二十四日、和歌山県警の調べで分かった。

 と書いている。

 ここで「地区の民家で飲食の2人」「和歌山市園部地区をこれまで何度か訪れたことのある二人の男性」などと書かれているのは、事件前から林死刑囚宅に出入りしていた泉克典氏、土井武弘氏という2人の男性のことである。

 この朝日新聞大阪本社のスクープをきっかけに、この2人は様々なメディアで「保険金目当てにヒ素を飲まされ、ヒ素中毒に陥っていた被害者」であるかのように報じられた。そして、翌1999年5月に和歌山地裁で始まった林死刑囚の裁判においても、検察官がこの2人について、「カレー事件以前、林死刑囚に保険金目当てに殺されかけた被害者」であるかのように主張し、2人もこの検察官の主張に沿う証言をしている。

 しかし実際には、2人のうち、泉氏についてはたしかにヒ素中毒に陥っていた事実や、毒物中毒とみられる症状で入院していた事実があったものの、土井氏については、ヒ素中毒に陥った事実もなければ、毒物中毒とみられる症状で入院していた事実もなかったのである。

 換言すると、新聞協会賞を授賞した朝日新聞大阪本社の「スクープ」は、実際には存在しない「ヒ素中毒」や「毒物中毒とみられる症状での入院」が存在するかのように伝えた誤報だったということだ。


 そのエビデンスを2つ示す。

 1つ目は、林死刑囚の裁判の第一審で検察官が提出した論告要旨の5ページの以下の部分だ。

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 このように検察官は林死刑囚の裁判において、林死刑囚が1998年5月2日と同年7月2日の2回にわたり、死亡保険金目当てに土井氏を殺害しようとしたことがあったと主張した。しかし、検察官がこの「2回の事件」の存在を主張するにあたり、林死刑囚が土井氏を殺害するために飲ませたものとして挙げたのは「ヒ素」ではなく、「ハルシオン等の睡眠薬」だったのである。
 
 結局、林死刑囚の裁判では、検察官も土井氏について、ヒ素中毒に陥った事実や毒物中毒で入院していた事実があったようには一切主張していない。これはそもそも、そういう事実が存在しなかったからに他ならない。

 もう1つのエビデンスは、土井氏が2001年5月9日、林死刑囚の裁判の第一審第63回公判に証人出廷した際の速記録の1ページの以下の部分だ。

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 このように土井氏はカレー事件以前に4回、入院したことがあったのだが、この土井氏の証言をもとに4回の入院の内訳を改めてまとめると、以下の通りだ。

〈平成7年(引用者注・1995年)ごろに中江病院で胃潰瘍〉
〈平成8年(引用者注・1996年)の9月ごろと思いますけれども、ヘルニアで前田外科〉
〈平成10年(引用者注・1998年)の5月の嶋病院〉
〈平成10年(引用者注・1998年)の7月の中村了生(引用者注・病院名)〉

 嶋病院への入院と中村了生病院への入院については、土井氏はここでは事情を述べていないが、いずれの入院も林死刑囚に「ハルシオン等の睡眠薬」を飲まされ、交通事故を起こすなどしたとされていた上掲の「2回の事件」の際のことである。このように土井氏はよく入院する人物ではあったが、ヒ素中毒に陥っていた事実や、毒物中毒とみられる症状で入院していた事実など無いことが、土井氏本人の証言によっても明らかになっているわけである。

 ちなみに林死刑囚が2回にわたり、死亡保険金目当てに土井氏に「ハルシオン等の睡眠薬」を飲ませ、自動車による交通事故を起こさせるなどしたことがあったという検察官の主張については、林死刑囚はいずれも否定し、結果、裁判では検察官の主張は事実と認定されていない。

【3】問題の「スクープ」の誤報としての重大性

 朝日新聞大阪本社の問題の「スクープ」をきっかけに、当時、あらゆるメディアで「保険金目当てにヒ素を飲まされ、ヒ素中毒に陥っていた被害者」であるかのように報じられた泉氏と土井氏の2人だが、実は林死刑囚の裁判において、この2人はいずれも林死刑囚と夫の健治氏がはたらいていた保険金詐欺の共犯者だったことが判明している。

 それは、泉氏、土井氏共に認めていることであり、林死刑囚に対する和歌山地裁の確定死刑判決でも以下のように認定されている。

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▲林死刑囚の確定死刑判決の749ページ

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▲林死刑囚の確定死刑判決の767ページ

 泉氏と土井氏はこのように林死刑囚夫婦の保険金詐欺の共犯者でありながら、捜査当局はこの2人を逮捕も起訴もせず、刑事責任を一切問わずに済ませている。一方で、この2人は林死刑囚の裁判に“被害者”として登場し、「林眞須美は、保険金詐欺の共犯者である泉克典や土井武弘のことも死亡保険金目当てに殺そうとしていた」とする検察側の筋書きに沿う証言を重ねたため、この2人の証言の信用性は裁判の大きな争点になっている。ありていにいえば、この2人と捜査当局の間で利益誘導的なやりとりや、取引的なやりとりがあったのではないかということが問題になっていたのである。

 結果、泉氏については、林死刑囚の確定死刑判決で「林死刑囚から死亡保険金目当てにヒ素を飲まされたり、睡眠薬を飲まされてバイクを運転中に事故を起こしたりした被害者」であったかのように認定されてはいるのだが、林死刑囚は泉氏がヒ素中毒に陥ったり、バイクの事故を起こしたりしていた“真相”について、「夫の林健治と泉氏は、保険金をだまし取るために自分でヒ素を飲んでいた」「泉氏はバイクの事故も保険金をだまし取るために自分で起こしていた」と主張し、健治氏もこの林死刑囚の主張に沿う証言をしている。

 また、検察官の主張では、土井氏が2回にわたり、林死刑囚にハルシオン等の睡眠薬を飲まされ、交通事故を起こすなどしたとされていた件についても、林死刑囚は裁判で「土井氏が入院目的で、わざと起こした事故」であったと主張している。

 そして、事件から24年近くが過ぎた今も獄中で冤罪を訴え続け、再審請求を行っている林死刑囚はこれらの主張を維持しているのである。

 このように林死刑囚と泉氏、土井氏の関係には極めて複雑な事情があるところ、実際には存在しない「ヒ素中毒」や「毒物中毒とみられる症状での入院」が存在するかのように伝えた朝日新聞大阪本社の問題の「スクープ」は、林死刑囚に対するメディア総出の犯人視報道の口火を切り、和歌山カレー事件という「国民的な注目を集めた平成の大事件」の真相を見えづらくしたという点において、まさしく「重大な誤報」である。

【4】終わりに

 人は誰しも間違うものである。私自身も公の場で間違ったことを言ったり、書いたりすることはある。したがって、私は、朝日新聞大阪本社の新聞協会賞を授賞した「スクープ」が実際は誤報だったこと自体をことさらにあげつらうつもりはない。

 しかし、朝日新聞社がこのような重大な誤報について、訂正したり、謝罪したり、新聞協会賞を返上したりするなどの措置を何もとらずに放置しているだけならまだしも、この誤報に関与した同社の記者がインターネット上で、〈新聞協会賞をいただきました〉と誇らしげに語る様子を見るにいたっては、その神経を疑わざるをえない。

 そのような人物が自社以外のメディアの記者に対し、公表前の誌面を要求するなどの侮辱的かつ編集権の侵害にあたる行為を行ったうえ、相手方に対して謝罪の言葉1つ述べないどころか、インターネット上で〈重大な誤報を回避する使命感〉に基づく正当な行為だったかのように主張するというのは、勘違いも甚だしいと言わざるをえない。

 峯村氏は朝日新聞社を退社するそうだが、noteに公開した上掲の「朝日新聞社による不公正な処分についての見解」という記事において、

朝日新聞社に健全な経営体質へと改革していただくためにも、今回の処分の不当性については法的にも明らかにしてまいりたいと思っております。

 と表明している。

  峯村氏の今後の言動も観察しつつ、この件に関してはまた見解などを述べたいと思う。

(以上)

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【出典】
メインタイトル上の画像は、左が「峯村健司氏がツイッターで使用しているアイコン画像」、右は「朝日新聞大阪本社版1998年8月25日朝刊1面の記事」。


〈2024年2月21日に追記〉
この記事を公開したことについては、以下の通り、公開当日(2022年4月16日)に峯村健司さんにもツイッター(現在のX)で伝えています。


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