見出し画像

Kelly: 30代で知る高所恐怖症

子供の頃、姉や妹と高いところに登って遊んでいたのだけれど、ホントはあまり得意ではなかった。
どうでもよい時に負けん気が強く、自分の弱みを見つけられるのが嫌で、怖くないふりをしていたことが原因だろう。自分自身ですら長いことそんな自分を忘れていた。

実際、正真正銘の高所恐怖症だと気が付いたのは、30台後半、カリフォルニアのナパバレーで熱気球に乗ったとき。

気球が膨らみ、ゆっくりと空へ上がり始めた最初の10秒は、とても幻想的でおとぎ話の中に迷い込んだお姫様になった気分だった。

ところが、見る見るうちに地上のすべてが小さくなり、あまりの怖さに目を上に向けると、熱気球の火がごうごうと音を立てて燃えていた。そこから再び目を背ける為、自分の足元に目をやると、私たちを乗せているバスケットの隙間から、蟻んこサイズの車やトラックが、早朝のフリーウェイを爆走しているのが見えた。


ここからの記憶が…
燃えてる~!!



しっ、しぇっ、しぇぇぇ〜っ!!!

それからの記憶は、ほぼ…ない。
そして私は、ついに高所恐怖症だと認めざるを得なかった。

意地を張って、騙しだまし隠してきた事実。自分自身に嘘をついていたことが、30歳も後半になって気がついた。全く求められていないところでも鎧を着ようとする、愚かでちっさい自分を責めることとなった。以来、高いところへは近づかないようにしている。

とは言え、長いこと「高所恐怖症ではない自分」を演じていたせいなのか、何も考えずに旅をすると、うっかり忘れてしまい、恐ろしい場面に出くわしてしまうことがある。

先日、仕事でポルトガルポルトに行ってきた。

しゃれではない。

ポルトと言えば、ジブリ映画「魔女の宅急便」の舞台のモデルになった美しい港町。ドウロ川に大きな橋が架かり、丘に栄えた街並みと、ポルトワインで有名なワインメーカーが点在する、ヨーロッパ屈指の観光地。

一緒に行くはずだったヨーロッパ在住の同僚が、急遽アメリカへ帰国することになり、私一人でこの美しい街を訪れることになった。

仕事の合間に、街を散策。ヨーロッパならではの石畳を歩く。アズレージョと言われる青い焼き物のタイルで飾られた建物が多く、街を飾っていた。2023年夏のポルトはどうやらトラムの増設中で、ただでさえ細い道路が歩行者であふれ、なかなか前へ進めないところもあった。街の中心にある全ての観光スポットは、夏のバカンスを楽しむ人でごった返していた。

アルマス聖堂(アズレージョ)

朗報!
飲ん兵衛諸君!!

橋の反対側には、有名ワインメーカーが軒を連ねるという、黄金情報を入手。ついでに世界遺産にも認定された反対側から見ることのできるポルトの美しい街並みも拝んで来よう! 

もちろん私の足取りは軽やか、鼻歌を歌い、踊る心を抑えようとして、ニヤニヤしていたであろう、おかしな顔も気にならなかった。

「ドン・ルイス1世橋」と言われるその巨大な橋にはトラムが走り、その脇、トラムとスレスレの細い歩道を歩くことが出来た。
橋の袂まで来た時、そこから見える向こう岸の景色の美しさに心を打たれた。

こんなロマンチックな街での一人旅は慣れてはいないが、美味しいワインに出会えるという街を目の前に、気分は最絶頂に達していた。

その橋を渡り始めの3m辺りで、突然、後ろから錆びた鉄をこするような音を立てて、大きな女王蜂のような顔をしたトラムが追い越していった。
ひかれまいと歩行者が一気に歩道に寄り、さらにトラムの振動が橋を揺らした。

その時。気が付いてしまった。その橋の歩道は(薄っぺらく見える)鉄板でできており、なんと、その隙から下の川の流れが見えた(泣)。

一瞬にして私の心を照らしていた光が消え、血の気が引いた。

いやいやせっかくここまで来たのだからと、自分を奮い立たせ、数歩、歩いてみたが、なぜだか体の中の臓器だけが、もうこれ以上前に進みたくないと悲鳴を上げた。何をどうして良いかわからないとはまさにこのこと。

そんな時、一人はとても寂しい。もし誰か隣にいてくれたら、腕をつかんで一緒に歩いてくれたら。えええぃ、もうこうなったら誰でも良いからしがみつかせてくれ(泣)

揺れる橋の上で、本来ならば心地よいであろう潮風や輝く太陽も、前に進もうとは一向に背中を押してはくれなかった。後戻りをするにも、震える膝を抑えるのに必死、まさに「命からがら」人ごみの中をかき分け橋の袂まで戻った。

恐るべし、ドン・ルイス1世橋、忌々しい高所恐怖症!
今宵の杯を奪われた私の後姿は、童話のラストシーンで獲物を奪われた魔女のようであっただろう。

ホテルのバーで、若いバーテンダー相手にそのことを泣く泣く話すと、牛みたいな鼻ピアスをした優しいお姉さんが教えてくれた。その橋には、もう一つのルートがあると。それは下の乗用車用のルートで、そこにも歩道があるとのこと。なんと!

明日、仕事が終わったら行ってみよう。
ありがとう。

自分に正直に生きていると思っていても、気がつかないうちに誤魔化していたこともあったのね。「強がり」は可愛くないと言われたこと、何度もあったっけ。
今更か。

何はともあれ、くれぐれも高所恐怖症の方、気をつけなされ。

Love,
Kelly


ドン・ルイス1世橋とポルトの街

この記事が参加している募集

#この街がすき

43,854件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?