目の前の、小さな世界に満足する
コミュニケーションって、なかなか難しいなぁ、なんだろうなぁ。
そう感じちゃう出来事ってありますね。
今更ですが、私が考えるのは、他者との情報の受け渡しツールであって、古来から自然にやっていることなんではないでしょうか。
難しいと思わせるものは、本当は全然なくて。
ツールという言葉のほうが共感しやすいと感じるのも、進化の証です。そんな言葉、私が中学生の頃はなかったな。
言語によるコミュニケーションがすでに流れゆくものの中にあるということですね。
アプリとか、ダウンロード、それ以上新しいと??(笑)なお年頃です。
なので古くさい言葉と態度で、綴っていきたいと思います。
レトロなコミニケーション、そう思ってついてきてください。
誰に言ってんだろ。
言葉って力があります
『ありがとう』
この言葉と気持ちを情報として伝えるためには、言語でたった5文字のことを表現するだけなのに、道具や方法がたくさんあります。
千差万別、とても書ききれないのです。
会って話す。
それだけで交換できるし、手紙でもいいですよね。
贈る
声、態度、顔、匂い、想い出、ペン、手紙、花束、どら焼き、クッキー缶、焼酎、、、
あれあれ、道具を考えるだけでなんだか自分の好きなものに近づいてます。
例えば、プレゼントするとして、ちゃんと気持ちを届けたいな、と思ったら、どんな道具で、どんな方法で送れば、相手は喜んでくれるか、、、悩みますよね。
かなり相手の情報が必要になってくるのだけれど、実際にはあまり知らないからつい、自分のことにシフトしていませんか。
『あなたが大好き、あなたがいてくれて嬉しい、あなたを愛してる』
私だったら、
『何もいらない、あなたの笑顔があれば』
でもそうはいかないですもんね。
経済界にも良くない。
そこでクリエイティブに人は、行動するのですね。
伝えたいことをどう伝えるか考えること、それは、発見でもあります。
自分と相手の間を埋めるもの、それは何だろうな。
渡して終わり、にはしたくないです。
そのせいで終わり、というのも嫌です。
時々、ドキドキするのは、そのせいで終わり、になってしまった記憶があるからなのですよね。
あなたも?
ものの価値観
思いを受け取る方って、満足の仕方もそれぞれでしょう。
私たちって受け取り方が、あまり上手くない気がします。
思い、そこには仕事も含めて、何かを受け渡し、共有したいっていう送り手の期待があります。
素直に受け取れないのは、受け取り側の、準備が間に合っていないのかもしれません。
愛情ですら時折、もういいからーと、遠慮してしまいたいわけだから、価値観はもともと違うと知っていることがとても大事です。
オーバーに言えば、個々に4千年の歴史があります。
想像を絶するけれど。
母の日に共有したいもの
母の日に、私は娘からクッキー缶をもらいました。
きゃー♡(> ਊ <)♡、と大喜びで開けて、匂いを嗅ぎ、写真も撮って、飲み物を淹れすぐに食べました。
もちろん、ありがとうネ(♡ω♡、とラインし。忙しいね?
母には、焼酎のプレゼントをしました。銘柄はいつもの銘柄、チーズをつけました。
嫌な顔をされたけど、もらってはくれました。
私の気が済むようにと。有り難い。
義母にとって、もののやり取りは、苦痛なことを知っています。
同居していることで気を使っているからなのかな、とも思いますが、友人、親戚すべての相手に、何かをもらったり、してもらうと、すごく嫌そうなのです。
怒ってしまうときもあって、ビビってしまいます。
畑でとれた大根、水菜から、高価な品物まで、いちいち迷惑がっています。
バナナを買いたいタイミングで、一房もらった時だけは、喜んでいます。
それでも、買い物に行けなくなったことには不満のようなので、笑ってしまいます。
四角四面か!!、心のなかで突っ込んでいます。
ごはんの時間、買い物のタイミングが違い、二世帯で分かれて生活していますか、病気になったときなどは、助け合える距離で、互いに安心です。
時折どうしょうもない心配事を、持ち込まれる以外は、ポジティブな二世帯同居で、将来息子が結婚でもすれば三世代も可能です。
嫌でしょうけれど。
この小さなコミュニティで、しっかり情報がやりとりが出来ているのは、全員が受け取り上手だからです。
ニヤニヤしています。
そうでもない、とか笑。
嬉しいとか、嫌だとかの表現があっても、喜びすぎず、少し我慢したり、頑張ったり、またそれをありがとうねと言っておいたり。
分かり合うことを目標にしません。
すれ違いのままでも程よい距離ってあります。
本当はそんなに必要でなくても受け取って、またいつかありがとうを返していく。
もちろん物質的なことは、所詮無駄と呼べるかもしれませんが、そんな時は、必要悪だと思っています。
この言葉、、古いのかな?
約束ができたようで私は嬉しいのです。
もらったものを返していく約束。
それまで生きていてほしいから。人生には限りがあるから有り難いのです。
年齢や距離を超えて、受け渡しし続けたい有り難いことがあります。
道具も方法もまだまだ使ったことがないのが色々あって、試すには困りませんね。
何度もやり取りができますね。
小さなコミュニティ
仕事も家庭も、こういったコミュニティの集まりだから、それそれがいろいろな当たり前の箱を持たされて、私の今が、幸せであることが約束されています。
まさに地球規模で。
生きるためのステージ
自分の心配や不安の箱を開けてしまった人が、何かを怒鳴っているように聞こえるとき、その人は、本当は、どうすればいい?って聞きたいんです。
応えて、しっかり泣いたところで、その人の声が大きすぎて聞こえていません。
聞こえるまで、放っておいていいので、泣かないでおきましょう。
古来から私たちは顔を合わせて何かを交換してきたと思います。
その長い間の情報は、記憶となり私達の頭の中に入っていて、ほんの少し感じれば、いろいろなことを知ることができます。
感受性が豊かな人は、これらを受け取りやすく、それ故の辛さがあるときは、受け取ったものの複雑さに、処理ができないのではないかと思います。
当たり前になっている世の中のことよりも、目の前の、小さな世界に対して、シンプルに感じて良いはずです。
小さな世界で、満足することを実現していると、色々なことがうまくいっていることに気がつくはずです。
怒っている人の前で、ビビらなくてもいいんです。
終わりがくるのは、当たり前の方ですもんね。
私からはそれだけ伝えたくて。
長々と書いてみました。
今日の記事はあなたに。
シンプルなあなたに。
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