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無観客試合こそがスポーツ産業の変革をリードすると気づいた話。

売り切れ

「本当にここで魚は釣れるの?」

2007年の夏、私はカナダのサスカチュワン州という田舎で暮らし、高校に通っていた。カナダ人に聞いても「サスカチュワン?そんな州あったけ?」と言われるくらい、一般的には馴染みのない地域だった。どこまでも続くキャノーラ畑に美しい湖。典型的な北米の田舎だったが、私の住んでいた州北部では冬になると自分の寝室からオーロラが眺められる様な、素晴らしい環境だった。

学校が夏休みに入ったころ、私はクラスメートから誘われて、みんなで釣りにいくことになった。友達のお父さんのトラックに運転に揺られ2時間以上のところにある湖にたどり着き、釣りを楽しんだ。そのお父さん曰く、よくくる湖で、たくさん釣れるらしい。そして、照りつける様な太陽の中、僕たちはほぼ半日を湖のボートの上で過ごした。しかし、この日は1匹も釣れなかった。

「本当にここで魚は釣れるの?」

わたしの口から出た言葉だった。せっかく釣りに来たのだから1匹ぐらい釣りたい、そんなことを考えていた。

「啓太、今日はアンラッキーだね。この湖に魚はいるから、また次はきっと釣れるよ。」

お父さんはこう返事をしてくれた。私は、そうか、ここに魚はいるけど釣れなかったのだ、とただ単に思い帰宅した。みんなで出かけ、ボートの上で過ごす夏の日は最高の思い出だったと今でも感じる。

無観客試合で開幕を迎える

先日、Jリーグの再開日程が発表された。6月末にJ2とJ3、そして7月頭にJ1が、それぞれ開催される。そしてその初戦は一律で無観客試合となることも決まった。無観客試合とは、文字通り、お客さんが1人もスタジアムにいない中で行う試合だ。ちなみに私がお手伝いしているチームは、今年からJリーグの仲間入りを果たしたため、クラブの歴史上はじめてとなるJリーグという舞台の初戦を無観客で実施するという、きっと後にも先にも二度と無いような状況を迎えることになった。

わたしの個人的な意見だが、満員のスタジアムには何事にも変えがたい幸福感みたいなものがあると思っている。隣に座る家族や数千人、数万人の見知らぬ人と一つのことに熱中し喜怒哀楽を分かち合う、そのときの高揚感や一体感から生まれる、なんとも表現しがたい幸福感がそこにはあると。これは、いまあるどんなテクノロジーを持ってしても、そう簡単には代替できるものでは無いと思っている。

しかし、現実問題、無観客試合はもう目の前に迫っている。それは変えられない事実だ。だからこそ、各クラブ、Jリーグ、そしてそれを応援するファンや企業みんなが無観客試合を少しでも楽しいものに、そして選手にとってためになる方法やアイデアに知恵を絞っている。(少し話はそれるが、このことはJリーグというものが、社会インフラがとてつもない価値を持っていることを改めて示したのではないかと感じている)

そしてこれの動きは、無観客試合に限ったことでは無い。

溶けた経済圏

J3であれば3月の開幕を迎えることなく延期が決まり、丸々3ヶ月の時が過ぎた。選手も練習ができない、スタッフもリモートワークが始まり、地域のありとありとあらゆる組織が様々な活動を自粛し、みんなが家で時間を過ごす。そんな中でも、各クラブはオンラインでのライブ配信や、選手によるトークショー、投げ銭企画、スタジアムグルメの県外展開、ECサイトの積極的な活用など、とにかくたくさんのアイデアを実行に移していたと思う。そして、そのほとんどはこれまでは実行していなかったものだったと思う。まさに「今だからできること」にそれにクラブ/サポーター/選手/地域が全力で取り組んだ結果だと思っている。そのような活動を通じて私は一つのことに気づいた。

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